月別アーカイブ / 2020年08月

ご無沙汰しております。コロナが流行りだし、ブログを100日書き続けましたら、習慣になるどころか、ぱたりとペン…いやスマホを置いてしまい、更新を忘れておりました。皆様におかれましてはご清祥のこととお慶び申し上げます。
最近はインスタライブをゲリラ的に悪戯してみたり、YouTubeばかり編集して(仕事だから)更新し続け… 本当に何屋さんですか?と問われても致し方のないことですが、稽古も舞台も復活して身を入れ直しております。ご安心下さいませ。

ということで舞台の宣伝をさせて下さい。告知のご報告ができることの喜びを、改めて噛み締めております。

さて、
6月から延期となりました、東京 セルリアンタワー能楽堂における【渋谷能】にて「内外詣」のツレ(巫女)を勤めさせて頂きます。
チケット発売は1月のようです。内外詣は金剛流のみ持つ秘曲で、獅子に神楽と、「舞金剛」らしい舞尽くしの曲となっております。
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「能楽の明日を考える」シリーズの<序>として第一弾は、「坐禅からみる能」というテーマで対談をして参りました。下に簡単な内容説明も致しますが、是非ご覧いただけますと嬉しいです。



まず、対談では「興聖寺さんの取り組み」について伺いました。お寺とお能の歴史や関係を語るのも良かったのですが、ググればわかる事なので割愛しました。大前提として、お寺もお能も現代人離れが課題なので、そこの共通問題をクリアすべく、先ずは各々の現代における必要性を確認しました。前編では、禅宗の興聖寺さんにとって大切なもののひとつ「坐禅」の話を主に致しました。結局、人間が必要とされる仕事は何なのか、それは創造力、つまり原本を創る事なのだと。坐禅はそれを教えてくれる、勉強できる、ということをご住職は説きました。お寺というよりも人間の必要性を考える結果になりました。 

後編では、ご住職が観た能「羽衣」のストーリーや解釈の話から進め、能を観ることは現代人にとって何の意義があるのか、などを考えました。勿論、能は芸術でもありますから、楽しむことに意味なんて無いのです。ですが、今回は楽しみに加えられない能楽ということを前提に話をすすめ、意義や得られるものを考えました。結果、坐禅の世界のように、能を観ることは脳を鍛えることに繋がる、ということになりました。

近況報告
久しぶりの投稿です。この頃はテレビやSNSの情報はチェックしているものの、何が本当の事なのか判断が難しく、その時間さえ無駄な気がして参りました。能楽の舞台活動も少しずつ再開されながら、その上に行政による補助や助成金関係の仕事が舞い込んできました。最近は動画の編集や流儀の関係のサイト制作ばかりしており、自分が何屋さんなのか分からなくなっています。一つ言えることは、稽古だけしていては野垂れ死ぬということでしょうか。

能楽の明日を考える?シリーズ
さて、自分の明日さえも危ういなか「能楽の明日を考える」なんて大それたテーマを掲げて動画撮影を致しました。この活動は、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う京都市文化芸術活動緊急奨励金の採択事業ということで、進めさせて頂きました(まだ全ての編集と公開まで終えていませんが)。

当初、この奨励金の応募に関して、採択件数が150~200を予定と書いてあったので、相当頑張った企画をしなければ通らないと思い、それはそれは“いち”若手能楽師の分際で「能楽の明日を考える」なんて大それた企画を致したものです。結果、1071件もの応募があり、追加採択を含め994件が採択となりました。殆どの文化活動者を救おうという心意気が感じられ、大変素晴らしいと思い、また有難いと心から感じました。

ということで、企画の公開を少しずつリリースしておりますので是非ご覧いください。また、イイネやコメントで感想も頂けると非常に嬉しいです。



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