月別アーカイブ / 2019年10月

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悲しい崇徳上皇の話
本日は香川県の坂出市にて金剛流の能楽公演に出演。曲目は坂出市にゆかりのある「松山天狗」でした。
松山天狗を現在演じているのは金剛流のみとなっています。内容は保元の乱に敗れて讃岐松山に流された崇徳上皇のお話です。

保元の乱に敗れた崇徳上皇は、讃岐へ流され、雲井御所で約三年、後に国府の近く鼓岡にある木ノ丸殿で過ごされました。本日の公演はその鼓岡神社にて催されました。カンカン照りのお日様のもと、無事に終演致しました。崇徳上皇もお能を楽しまれていたのでしょうか…

さて、上皇が讃岐に移られてから三年、月日を費やして書き連ねた写経を京へ送られました。その際に添えられた歌をご紹介します。

浜千鳥 跡は都へ通えども 
身は松山に 音をのみぞなく

<浜千鳥の足跡は都へ飛び立つことができるが、この身は遠く離れた松山で悲しみの声をあげて泣くばかりだ>

浜千鳥の足跡と、崇徳上皇の書き記した写経の文字(筆跡)をかけています。文字は讃岐を飛び出して都に行けるけれど、自分は行くことが出来ず悲しい、ということです。

この思いを込めた写経は、“罪人の物だから”と都入りを断られ送り返されてしまいました。只でさえ不遇に嘆くなか、文字さえも都へ帰ることを拒まれてしまった。それは辛く悲しいことだったと察します。

坂出市のホームページに崇徳上皇の話や略年表など掲載されているので、参考に貼り付けます。
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讃岐の讃岐うどん
岡山行きの列車に乗る前に、讃岐うどんを頂いて帰りました。昨今は全国どこでも、讃岐うどんを食べることができますが、やはり“讃岐で食べる”という条件が加わることによって、喜びも一入。ご馳走さまでした。

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能繁期
横浜で野宮の地謡、京都の灰方神社での奉納、そして東京。ザ・能繁期(のうはんき)という感じのスケジュールとなり、毎日こなしていく事で精一杯となって参りました。
この能繁期になると、1ヶ月に20~30曲は覚えたり触れることは良くあることです(仕舞のような短い範囲のものも含んでの数字)。常に期限に迫られているので、基本的に謡本は手元にあり、丸1日予定が無くても休みにならないのが、能楽師あるあるです。
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尊い一杯
横浜の夜は仲良くしていただいてる先輩方とBARで乾杯しました。
50年代のディンプルと70年代のアンセスターなんて名前の、年月の経っている、しっかり醸された感じのお酒をマスターに紹介していただきました。
ここで10年前に交わした「修業終わりの一杯」の約束を先輩が叶えて下さいました。お酒は勿論美味しかったのですが、何よりもその先輩の気持ちが嬉しかったです。間違いなく心に残る思い出の一杯となりました。ご馳走さまでした。

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舞台が続いていたので、心と身体を休めようと思い休暇を頂きました。舞台が終わるとご褒美が貰える子方気分が、未だに抜けません。
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溢れるような
さて先日は伏見稲荷の奉納へ参りました。先生(お家元)が小鍛冶の能をお勤めになりました。先生の小鍛冶は数回拝見しておりますが、拝見する度に新しい発見があります。能は深い
それにしてもという枠組みからる先生の繊細で豪快な技には、いつも目を奪われるのです。枠の中から出ていくのではなく、コップに注いだ水が杯になり、じゃんじゃん溢れ出る感じ。人に伝わる芸は、かくあるべきと思う。

来月は定期能で江口のツレ。先生と一緒に舞台に上がらせて頂きま懸命に勤めます。
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本日は朝から打ち合わせ。いつも東京公演のチラシをお願いしている方に、稽古場案内の作成を依頼することになりました。稽古場というのは、能の教室のこと。つまり一般の方が舞や謡を勉強する場です。
わかりやすく、でも説明し過ぎず、品のある稽古場案内を作りたいと考えています。
のお稽古を始めると面白いことが沢山あります。多くの方に“能は習える”ことを知って頂きたいです。
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教えるのか、教わるのか
昨日の記事では、能楽師の仕事は「座る・覚える」がメインだということを書きましたが、それに加えて「教える」ことも、次に大切な仕事の一つです。
大抵の能楽師は修業を終え独立すると、お弟子さんを募集します。主に能楽普及が目的ですが、そのお弟子さんに稽古をつける事によって自らも勉強させられることが多くあります。(あくまで持論です)
能の上手・下手というのは、経験による知識や技量の有無だけではなく、個人の持つセンスや工夫が大きく関わります。お弟子さんの上手なところや、工夫の仕方などを知るという事は、私にとって貴重な経験になることがあります。

お弟子さん?生徒さん?
ここで言う“お弟子さん”とは、趣味で能を勉強する方を指します。つまり、習い事やお教室の生徒さんとほぼ同義となります。
能を習うということは、たとえ趣味であろうと、師弟関係が結ばれます。「~道」と付く類いのものと同じで、技芸を伝授する関係となります。従って“生徒さん”よりは、“お弟子さん”と呼ぶ方が正しい感覚なのだと、私は思います。
いずれにしても、教える側の責任が十分で、物事を習う側の心構えさえあれば、楽しいお稽古になることは間違いありません。是非お稽古始めてみませんか?

※ ちなみに…玄人志望のお弟子さんのことは“玄人弟子”と呼ぶことが多い。



正しく座り、美しく帰る
私が京都に楽屋入りをしたのは11年前。楽屋働きをしてから二年位経って、初めて能の地謡につけて頂きました。
その時、先輩に言われた事をよく覚えております。先ずは「正しく座り美しく帰る」ことが肝要だと。「立派に謡おうだなんて思うな」とも言われました。
背筋が曲がったり、顔が前に突き出たりしないように、長いあいだ気をつけて座る事を先ず求められました。それが出来てから初めて能のことを考えられるのです。
舞台に立つ人間は、見所(観客席)から見られるのだから、常に清潔で正しい姿勢であることが望ましいのです。その先輩は、玄人としての自覚を教えてくださったのだと、今でも深く感謝しております。
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すわる仕事
今日は、金剛流の先輩である種田道一先生の「山姥-白頭-」の申合(リハーサル)がありました。その後、夕方に能楽堂で学生観賞教室があり、帰宅。
能楽師という職業は覚えること」「座ることメインの仕事と言っても過言ではありません。能面装束を身にまとい、舞台で華麗に舞うばかりではございません。基本的には座って謡う仕事が圧倒的に多いのが事実です。
特に「座る」と言っても長い時間座ります。大曲になると2時間程の正座をして、出番が終わると即座に立ち、美しく帰ることが求められます。これが、ツレ等の役になると能面装束姿で立て膝をして座りますので、更に厳しくなります。
山姥の白頭のツレは大曲の類ですから、心して勤めねばなりません。もしお越しの方がいらっしゃいましたら、大きな拍手をお待ち申し上げます。

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