月別アーカイブ / 2018年09月

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歩けば清風を感じる良い季節になってまいりました。お空は曇りばかりで、まあるい光も見えつ隠れ致しますが、そろそろ美しくお顔をお出しになることでしょう。月は、日本中どこから見上げても同じものを見ることができ、また、毎晩と拝むことができます。いつでも夜になると現れるお月様は、たった一つしか世に存在しません。不変の真理といった、いつも変わることのなき正しい物事の道筋を、昔の人はこの月の光に例えることが多くございました。

現代の高層ビル群などから見ると、月の光はネオンの光に負けてしまい、実に微弱で非常にか弱い。月の光を知らない人がどれだけいるのだろうか。私も東京生まれで半分東京育ち、18の頃より京都におりますが、やはりこれには鈍感だと思う。

子供の時分に、山梨県の山奥にある知人宅にお泊りをしていたことがありました。そのあたりの道には街灯一つなく、夜になると出歩くことが困難なので、懐中電灯の光と、月の光だけが頼りです。山奥には虫が多く、イノシシ除けの大きい爆竹のような音が鳴り響き、部屋の電気を消すと目が慣れない程の闇を感じ、当時は非常に怖い思いをしたものでした。今考えれば、人が自然に生かされていることを感じた良い経験だったのだと思います。

昨今では数多の光が出現し人々はそれに魅せられております。また惑わされることも多いでしょう。時にそれは凶暴となり、何よりも恐ろしいと思います。昔、2000年問題や、やれエイリアン侵略などが騒がれていた時代がありましたが、恐らくはケータイ・スマートフォンの正体がそれだと確信しています。私自身も侵されつつあり、どうしたものかと頭を悩ませております。

人は光に向かって歩く習性があり、光を求める生き物といっても過言ではないでしょう。時にそれが姿を変えた侵略者であっても。このままでは、古人が見た月の光はもう二度と帰ってくることは無いのだろうと思います。


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さて、昨日は能のお仕事にて一休寺に参りました。この橋わたるな等、とんち話で有名な一休さんのお寺です。この日は雨がさらさらと降りましたが、多くのお客様にお越しいただいておりました。夜のお能というのも、雰囲気が静まり風情のあるものだと思いました。

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写真のように、楽屋に入りましたら鞄を置いて自分の場所といものを確保いたします。お寺や神社でのお能も、本舞台同様、気が引き締まります。

…この頃、涼しくなってまいりましたが、まだまだ水分補給などしながらお仕事をしなければいけません。気が抜けますと、夏の疲れがたたりますので、くれぐれも皆様もお気を付けください。

QOODsp7Cjr.jpg首途八幡宮例大祭奉納2018
夏もそろそろ勢いを無くして参りまして、いよいよ秋の気配を感じさせます。昨日は首途八幡宮例大祭(純之会としては第2回目)の能楽奉納でございました。日々の稽古で身につけた芸を1人ずつご奉納いたしました。
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社中の皆様を中心に、能の謡や仕舞をご奉納致しました。前日から続いた雨も始曲前には降りやみ、お越しいただいたお客様にもゆっくりとご覧いただけたかと思います。今回は私が在学中2年間入部していた同志社大学能楽部金剛会の方々にもお声を掛け、お越しいただきました。
_var_mobile_Media_DCIM_114APPLE_IMG_4866.JPGこの首途八幡宮は源義経が奥州へ下る際に旅の安全祈願として立ち寄られた場所として有名です。義経の大河ドラマのときは観光客が多くいらした事でしょう。

普段は社務所の間をお借りして社中のお稽古をしております。能は老若男女を問わず、誰でもが習うことができます。現在、お社中さんの中では最高齢が70歳で、最年少は4歳の方が稽古をしています。各々目標を持ち、楽しみながら稽古に励んでおります。
XqfEAHxZeR.jpgもう少しお稽古に関してお話をすると、お能のお稽古を始めるにあたり、各自色々な動機があるのかなとお察しします。それは、もちろん能の技術の習得であったり、何か別の芸の為の勉強、観能のためまたは健康の為、エクササイズ、ストレス発散、なんとなく、先生のファン…等々。

個人的には動機は何でも良いし、また入門後の目的も何でも良いと思っております。勿論お稽古場に来られている方でプロを目指す方は殆どいらっしゃいません。

そして私も、ひたすらお能しかお教えしません(できない)から、お社中の方々は能の稽古を通じて、またはお能の作品から、はたまた稽古に通うという習慣から、何かを得ているのだろうと思います。
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それでは、お稽古だったらお能でなくても何でも良いかも、と言われてしまえば、そうでしょう。
ただ一つ、お能の良いところを紹介すると、お能では見えないものを非常に大切にするところです。特に、 "心を込める" といった人間の内なる働きかけは、見ようとしなければ本当に見えない部分だけれど、人の所作の中では極めて美しいところだと思います。お稽古を通じて、身をもって知ることになると思います。

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最後に私も奉納いたしました。船弁慶のキリです。今回の番組は、お能をご存知の方はお気づきになったかと思いますが、義経に関わる曲をなるべく選曲しました。
_49uM3OzSu.jpgそしてお楽しみの… 奉納の後は、後席を設けて皆んなで乾杯。能のお稽古を通じて知り合った仲間との "ひととき" は何にも代えがたい、大切な時間となりました。値千金とはこのことですね。

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