月別アーカイブ / 2018年06月

この曲の眼目となっている「獅子」は文殊菩薩が乗る霊獣獅子が牡丹の花に戯れ狂うさまを模したものです。「石橋」「望月」「内外詣」の三曲があります。「石橋」は霊獣獅子が現れ戯れ狂うのですが、「望月」「内外詣」は宿の亭主、又は神官が舞う余興、奉納です。したがって演技の上でかなりの違いがあります。

獅子を舞う曲は3つあり、それぞれ曲の内容は別物ですから、獅子の舞い方も変えるべきだという話をよく聞きます。「石橋」の獅子舞は獅子そのもの、つまり生き物を演じる為に、力強く且つ俊敏に舞うことが必然となります(赤獅子において)
。それ以外の獅子の出る曲(「望月」・「内外詣」)では、あくまで物真似の獅子の舞のため、生き物の獅子のように見せてはいけない。さらには「望月」は場面が座敷なので、埃を立てないように飛び上がらないとか、「内外詣」では神官が本業だから舞は下手に舞うなど…諸先輩方から色々とお話を聞いております。
が、私は先生から厳密にどうしなさいとの話は聞いておりません。従って如何に舞うか、どの意見を参考にするかを、己で選択していかなければいけませんので、少々苦悩しているのが実のところです。この「望月」においては、常に敵である望月に意識して舞う、討つ機会、隙を狙いながらの舞であることが最大の見どころであることは間違いありません。本番では、私の顔の向きや型に是非ご注目ください。

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(上)楽屋での装束仕込みの様子
石橋では獅子口という面をつけますが、望月では赤頭に金扇二枚を合わせた獅子頭をつけ緋縮緬の覆面をします。終曲にシテがこの獅子頭をとると白鉢巻の敵討ち姿が現れ感動的です。

本公演のチラシの表面、ネットで望月とググればすぐに出てくる赤覆面姿がそれです。宿屋の主人が一度幕に入り、獅子舞のための格好になって再登場します。この衣装や小道具は楽屋でシテ自らが準備をします。重習の初演(披き)の場合はそれが当然で、望月の場合は獅子頭の作り方を先輩から教わるのが伝統となっています。
石橋、乱を披かせて頂いた時も、作り物から装束に至るまで全て自分で用意をしました。自身初めての披き物は石橋でしたが、その時に大先輩から教わったことがあります。それは、舞台の上のことだけではなく、能面能装束、小道具から作り物、当日の楽屋の事まで気に掛けて、やっと"披き"なのだ、ということです。
能楽師の道の中では誰もが通過する"働き"という仕事があります。これは主に舞台を裏から支える役で、幕上げ、装束の準備、発送、片付け、荷物持ち、そのほか多くの雑務をこなします(主に内弟子修行の間が多いですが)。これを長く勤めるということが大切とされ、披き事の際にこれが活きてくるので、下積みが非常に重要なことを多くの能楽師が痛感するようです。見えない事ですが、それは恐らく舞台上の能楽師には勿論、見所のお客様にまで伝わるものが在るのです。

むしろ、そう信じることが若手能楽師にとって一種の救いでもあります…
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働きに関しては、昔の記事ですが以下をご覧ください。

また、もう少し詳しい解説をご覧になりたい方は以下に祖父の望月の記事URLを載せますので、そちらをご参照ください。

南の方では台風が発生したようです。明後日の東京の気候が気になります。京都は晴れ間が終わり本日は雨にて。私は昨日、望月に向けて、体力と気力作りの為に、鰻を1匹買って食べて候。美味。有り難し。
以下、望月の雑記を続けます。
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この曲の敵を討ち取る場面はワキの胸ぐらをつまみますが、刺すところはワキが残した笠を敵に見立てます。能の手法が生きているのです。能の手法を堅持すれば、お芝居になる心配も少ないと思います。

最後 ワキ(望月)を討つ場面での型は、金剛流特有の型です。他流では、望月による「そも己は何者ぞ〜」の下りはないようです。江戸期分流の喜多流においては金剛流と同じとも聞きます。
その金剛流特有の型とは、ワキの胸ぐらをグッと掴むもので、少し生々しい表現ではあります。今回は相手が大先輩のワキ方 森常好さんなので、内心恐縮しています。勿論舞台なので滞りなく勤まるはずですが…。正直このような型は如何にも能らしい表現ではなく、実に演劇に近いように感じられます。それ故、他流では省かれたのでしょうか。若しくは当流で加えたのか。望月を手篭めにして花若(子方)と友房(シテ)が互いに名を明かしますと、ワキは笠を舞台上に残して、切戸口へ去ります。決して逃げたわけではなく、そこに居たままで討たれる体です。

望月のシテを勤めるにあたり、私としては胸中穏やかではなく、多々思うこと有りにて…

前回までは、主観と想像を交えた簡単なお話を書きましたが、望月のような有名な曲の解説は、既に多くの先輩方が書かれておられます故、さらに詳しくお知りになりたい方はそちらをお探しください…。従って、所謂 解説は割愛します。実に日本人的な他力本願ですが、ご勘弁ください。

ここでは、祖父の書いた望月の解説の一部を転載し、それに追記という形にて書き連ねようと思います。

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※ 上・京都水族館 チンアナゴ
劇能はリアルな表現が目立ち、ともすれば能の様式から外れ、いわゆるお芝居になりやすいといわれます。

まず、この曲のシテは能面を掛けません。能面を掛けないことを、直面(ひためん)といいます。直面の際の心得は、"自分の顔"という能面を掛けているつもりで勤めることです。従いまして、いわゆる顔芸をすることはありません。多少なりとも感情が顔にでることはあるかと思いますが、それは芸が未熟だということのようです。

ちなみに、友春の妻役であるツレのみ、曲見という面を用います。このツレには流儀の先輩 豊嶋晃嗣(てしまこうじ)さんにお願い致しました。本来、能楽会の暗黙のルールとしては自分の勤めるツレに先輩を配役することは滅多にございません。しかし、望月の初演(披き)においては例外として、ツレは自分よりも上手、また望月を開曲した者に依頼する伝統がございます。益々 心して掛からなければなりません。他にも当てはまる例外の曲はございますが、ここでは紹介を割愛します。


かくして、盲目の歌人に扮した友春の妻子と、甲屋の主人 友房は、望月のいる部屋へ訪れた。
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「もし…どなたかいらっしゃいませんか」
「なんだ」と下人が答える。
「この宿の主人です。夜が更けて寒うなっております。お酒をお持ちしたのですが、いかがでしょうか…」
「ちとお尋ねしてまいります。少し待っていてくれ」

「なんだか、宿屋の主人がお酒を持って見えていますが…用心のため断りましょうか」
「…それはかえって怪しまれるな。ま、お酒くらい一杯いただいておこう。この宿の者には関係のない事だ」

「かしこまりました」

下人は友房を部屋に引き入れた
「さあ、入ってくれ」

「遅くに失礼します。夜も更け寒くなっております。一献、お酒のご用意を致しました。いかがでしょうか」
「それは有難い、いただくことにしよう」

このうちに、友春の妻子も部屋へ入り、隅へ控えていた。

「あれ、そのお方たちは…?」

「これは、私が連れてきた盲目の歌人たちです。このあたりの宿屋で流行っています。お客様のお座敷に出ては謡をしております。」
「盲目の歌人だそうですよ、いかがされますか」
「ふむ、それは面白い。謡わせてみようか」
「おい、それでは何か一節謡ってくれ」

すると花若は言った
「一萬・箱王という兄弟が親の仇を討つお話を謡いましょう」

「おい、それは…ふさわしくなかろう。いや、主人は疲れておる。もっと面白いものはないのか」

下人は思った。
望月様は安田友春の件で専ら仇討ちを恐れているのに、不謹慎なやつらだ。辞めさせよう。いや、でもこの者たちは何ら知らないのだから、不思議に思われてしまうか…そう、考えたところで、

「いや、別によかろう。謡わせなさい」
と望月が言ったので少し安堵した。

「かしこまりました。」

「それでは、謡うてくだされ」


〽︎ここに河津の三郎が子に 
    一萬箱王とて
    兄弟の者のありけるが

ここに河津の三郎の子に一萬・箱王という兄弟があったが、五つや三つの頃に父を従弟に討たれた。その後年月が経って兄弟が七つ五つにもなると、幼い心にも父の仇を討ちたいと思う志が、顔色にも現れるようになったのは実に気の毒なさまであった。さてある時、兄弟は持仏堂に参って、兄の一萬がお香を焚いて花を仏に供えると弟の箱王は本尊をつくづくと見守って、「お兄様、この本尊の名は、わが敵の名と同じように工藤と申して、剣を提げ縄を持って、私たちを睨んで立ってお出でになるのが憎らしいから走りかかって、あのお首を落としましょう」というと、兄の一萬が聞いて、「何という頑是なさ、何を言うのだ、仏様は不動と申し、敵は工藤と言うのを知らないのか」「すると、やはりこれは仏さまなのですか」と箱王は抜いた刀を鞘にさし、「どうかお許し下さいませ、仏様」

そして敵を討たせてくださいませ…


花若は思わずこの言葉にに引き入れられ、望月を睨み、叫んだ。


「いざ、討とう!」



「なに、討とう、とは!なにごとだ!」
従者は驚き、咄嗟に刀の鯉口を切って応対し、望月も何事か、と構えた。

「お待ちください!何をお騒ぎになっているのですか」
友房は冷静だった。

「この幼い者が急に〝討とう″と言ってこちらを睨んだのだ」


「なるほど、この幼い者が言う〝ウとう″というのは、八撥(やつばち)を〝打とう″ということなのです。どうか、この幼い者に八撥を打たせてはくれませんか」

「八撥ならば八撥を打とうと言えばよいのに、人を驚かすではない」

下人は、内心ひやひやした。

「望月様、この者が八撥を打ちたいと申していますが」
「よい、打たせなさい。その主人には何か芸はないのか、他にも見たい」

「主人は獅子舞を舞います」
「それは面白い。ご主人、舞うてくれるか」

「…。私は獅子を舞ったことがないですが、何とか支度をしてきましょう。それではその間に、幼き者に八撥を打たせますのでそれをご覧になりお待ちください」

盲目に扮した友春の妻と、八撥の準備をしている花若を後に、上手に立ち回ってくれと祈り、友房は一人部屋を後にした。


花若による若々しい八撥を楽しみ、望月たちは良い気分になった。すると間もなく、友房による獅子舞が始まった。獅子舞は座敷舞と言えども、豪快なもので、見るものをあっと言わせる力強さであった。

秘曲とされる獅子の舞があまりに面白いので、望月もお付きの下人も、用心していることをすっかり忘れてしまい、盃を重ねた。しばらくすると、酒による酔いもめぐり、望月らはいよいよ眠気を覚え床に伏してしまった。


その瞬間を確かに見た友房は

「よし、今だ」獅子頭を脱いだ

「花若殿、もっと八撥をお打ちなさい」と、予め打ち合わせた相図の台詞を言った。

友房は目くばせをして、袖を振りつつ、舞を続ける体で、望月に近寄った。

寝入った事を再度確認した。


友房が望月にとびかかり首根っこを押さえつけると

望月は一瞬の出来事に驚き、目を覚まして、刀に手をかけた…!

が、遅かった。


背後に回った花若が刀を抜いていた。


「貴様らは何者だ!」
「おぬしの討った安田友春の子だ」
「何だと…では宿の主人のお前は、なぜ助太刀をしている!どうして私を騙したのだ」
「わしは友春様の家臣、小沢の刑部友房だ」

望月は手籠めにされながらも、腰を上げ応戦しようと試みたが、それも叶うはずは無く、あっけなく討ちとられた。


〽︎この年月の恨みの末
   今こそ返せ望月よとて
   思う敵は討ったりけり



こうして友房の知恵と花若の勇気により本望を達したのであった。そして、妻子は信濃国の領地に帰ると、元の家臣や下人たちも戻り、改めて統治することが叶った。

これを代々子孫に伝えたことにより、このお話が広く知れ渡ることとなった。

武士として名誉の高い、由緒ある物語なのである。


おわり

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「望月」の簡単なお話を最後までお読みくださり有難うございます。来週17日に東京国立能楽堂にて、この望月を舞わせていただきます。宜しくお願い申し上げます。
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望月
4 望月現る

守山の宿 甲屋にて友房と友春の妻子が偶然にも再開を果たした。その頃、都にいた信濃国の住人 望月秋長は、帰国のため道を急いでいた。望月は、同国の安田庄司友春を殺した罪により、この十数年の間、都に居た。長い間の抗議の末、望月に罪とがは無いという判決が下り、没収された領地の返還が叶った。そして久しく帰国を致せなかった信濃国へ帰ることが決まっていた。

彼らは道を急いだため、早くも近江国の守山に到着した。旅といえば辛いものと言われているが、このような故郷へ帰る楽しい旅ならば、誰も辛いと思う者はいないはずだ。

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「おいだれか」

と、望月は従えているお付きの下人を静かに呼んだ。

「はい。なにか。」

「今夜はこのあたりで泊まろう、宿をとってこい」

「かしこまりました」

「それから、色々と事情がある。決して俺の名は言うなよ」

「へえ」

罪は晴れたものの、望月は信濃への帰国が叶うまでは、十分に用心深くしていた。深編笠を被り、目立たぬようお付きは一人のみ連れ、名前を隠して旅を続けたのだ。

下人は宿屋を探した。付近にいくつかある宿屋のなか、甲屋という所が律儀な宿であると、行き交う人々の噂を立ち聞きし 甲屋を選んだ。

「すんません。どなたかおるかい」

「どなたでしょうか」
と、甲屋の主人 友房は奥より出てきた。

「信濃国へ行くのだが、夜も遅い、ここの部屋をかしてくれないかの」

「わかりました。部屋はまだ空いております…」

と、小沢は遠くに控える望月を見て、

「さて、あちらに見える方は御大名様のようなお偉い方に見えるのですが、お名前はなんと仰るのでしょうか」

「ああ、あちらは信濃国の有名な御大名で、望月秋…」











「いや、まあ、それなりのお方じゃ…」

と、下人はうっかり口に出してしまったことに気づき、はぐらかした。宿屋の主人は不審そうな顔もせず続けた。

「…。いやまあ、どちら様でも問題ございませぬ。どうぞ、お入りください」

お付きの者は、言うなと言われていたのに、ついつい口にしてしまったが、まあ良いかとも思いながら宿から離れ、望月のもとへ向かった。

「望月様、お宿が取れましたので、お入りください」




小沢は今夜の客にまた驚かされた。己の主君を討った望月が、守山の宿、しかも この甲屋に足を止めることになろうとは、思いもよらぬ事であった。

驚いたな…望月がこの宿へ来たとは…これは、直ぐにでも花若殿と奥様にお知らせせねばなるまいか…
小沢は友春の妻子の部屋へ向かった

「奥様と花若殿、申し上げます。先ほど、この宿に、あの望月が来ました…」
と小声で申し上げると、花若は興奮するように

「なに…!今、望月と言ったか?」
「お静かに…。すぐお近くにおります。聞こえるとまずいので、場所を変えましょう。こちらへ…」
と別室へ妻子を案内した。

「望月…私たちがこのような浅ましい姿になったのも、あの者のせいです。この悔しさをどうしようものかと毎日考えていたのです。」

「小沢よ、何とかして、あの望月を討ってしまいなさい」

「確かにこれは、望月に仇討ちをする絶好の機会であります。今すぐにでも討ち本望を遂げたい…と私も強く思っています。しかし、あの者はお付きも従えていて、随分と用心深くしております故、なかなか討つ隙がなさそうです…」

「そのようなことを言わずに…何でもよいから、何かお考えなさい」   

小沢は暫く黙りこむと

考えた末に申し上げた

「最近、甲屋の宿で流行っているのは、盲目の人による座敷謡です。奥様、盲目のふりをなさっていただけませんか」

友春の妻が困った顔をすると、「いえ、難しいことではございません。杖を持ち盲目の真似をして、花若殿に連れられるふりをなさるだけです。そして、座敷に出て謡をするのです。私は酒を持って後から参ります。後のことは、私にお任せください。何とか芝居をうってみせます。花若殿もお願い申し上げます」

「わかりました。この望みが叶うのならば、やってみましょう」

そうして友房は奥より杖を持ち出し、友春の妻に渡すと、姿を盲目の者に仕立て上げた。

昔、かの蝉丸という者が盲目の為に、危うい足取りであちこちの道を迷い歩いたという。この友春の妻子の身の上とて、悲しさや苦しさは、それに勝ることも、劣ることもない。

〽︎盲目の身の習い歌 
聞し召せや旅人よ 聞し召せや旅人

このような情けない身の上ながら
盲目の身の習わしで、歌を歌います
旅の方、どうぞ聞いてください…



望月

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