小沢の刑部友房が主人となり営む甲屋。今夜のお客は誰かと戸を開ける。これが亡き主君の妻子であろうとは、思いもよらぬことであった…
友春の妻「どなたかいませんか」
小沢「どなたでしょう」
友春の妻「今夜泊めていただけませんか」
小沢「旅人でしたか。部屋は空いております。さて、どちらから参られたのですか」
友春の妻「私たちは信濃国より参りました。とある人を尋ねて都に行く途中なのです」
小沢「なんと、信濃国から都ですか。お供の者も連れずに、お子さまとの長旅、気の毒なことだ…。さあさあ、お入りください」
小沢は夜遅くに訪ねてきた 女と子どもの疲れ切った様子を見て、急いで部屋へ案内した。
小沢は この母と子が、信濃国の住人であること、また 自分と同じ信濃国から来たこと、人探しのために都へ上ることなど…話を聞くうちに、何となく己の主君 友春の妻と子であるような気がした。
「さっきの女の人は信濃国と言っていたな…何か懐かしいような気がしたから、よくよく見てみれば、昔、お仕えしていた友春様の奥様とそのお子様のような
気がしてならん…。もしそうであれば、
こんなに不憫なことはない。間違いであってもよい。とにかく急いで自分の名を名乗りにゆこう」
小沢は急ぎ妻子の部屋に行く。
小沢「申し上げます。実はこの私、宿屋の主人というのは仮の姿でございます。元は信濃国で友春様に、お仕えしてございました。名を小沢の刑部友房と申します。」
友春の妻「これは…あの小沢の刑部友房ですか…!なんと、懐かしいこと…」
「仰る通り。私は友春の妻。そして、この子は 花若です」
小沢「お二方ともご無事で何よりでございます。このようなところで まさか再び巡り会うことができ誠に嬉しく…つい涙がこぼれてしまいます」
花若は、父に会ったような気分だと言って、小沢の近くに寄りついた。
小沢「亡くなられた友春様のお顔に本当によく似ておられる…。懐かしいことだ」
と、互いに手を取り組むと、懐かしさと悲しみに部屋はあふれた。