月別アーカイブ / 2016年11月

それは正直のこと
正直は一生の宝

生宝、宝生

先日 東京の水道橋
宝生流の宝生能楽堂に
お邪魔致しました

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宝生(ほうしょう)能楽堂でお仕事
がございましたので
ご挨拶に同年輩の能楽師たち
の修行部屋へ突入
「内弟子室」という

先日にサラメシという
テレビ番組にも出演した
強者たちである

現在 宝生流には内弟子が
10人ほどいらっしゃる

私は金剛能楽堂で修業を
させて頂きましたが
3年間1人で勤め
2年間を2人の生活であった

何だか仲間が多いことに
羨ましさを感じつつ
形だけ仲間入りを

修業仲間とは言えども
兄弟弟子の関係は一生続くので
色々大変そうである
人が多いのもまた一難

宝生流の先生曰く
内弟子の身分は人未満
能楽師もどき、
人もどき…など呼ばれる?

この楽しくも厳しき世界
これは内弟子経験者にしか
理解らぬ裏事情

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なぜか、モヤの掛かる写真
換気の問題か携帯の問題か

〈出演者の人物紹介〉

左から 宝生流の宇高竜成先輩
ではなくて…木谷哲也さん、
彼女の辰巳和磨くん、私、
めちゃ美白の写るは、
今井基さん

はじゅにゅんこと田崎甫氏は
間が悪く写ることなく

いつか舞台で共演できることを
願い

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これは以前に、応援して頂いている加賀ちゃん先生にお連れいただいた村上開新堂のディナーのおやつ



おはようございます
本日も寒うございます
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一難去ってまた一難
ではないが

一つ終われば
すぐまた一つ

この山場を乗り切る為の
大切なことは

大事にばかり囚われず
小事にも目を配ること

休むこともその一つ哉

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ぶらりと京都府庁前の
麩嘉(ふうか)さんへ

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美味しい麩饅頭が
いただけますので

観光で来京される方へ
おすすめ

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お持ち帰りも
お店でいただくことも可能

あまりの美味しさと
店員さんの下さる温かい
番茶が心に沁みる

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犬も寒かろう
服も着ていないのに
文句も言わず偉い

(かげ)はさながら霜夜(しもよ)にて
(つき)にや鐘(かね)は冴(さ)えぬらん 

(謡曲三井寺」より)


月の光で足元は白く
まるで霜夜のように澄む
突く鐘の音も冴え渡るだろう

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月をゆっくり眺める

私は日々の生活に追われて
なかなか観月の時間を設けることが出来ず
毎日を忙しくしてございましたが

先日は御縁を頂きまして
清水寺の夜の拝観を一般公開の前日より
させていただきました

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限定で参拝者が少ないこともあり
日中の喧噪とは真逆の
むしろ恐ろしい程の静けさが
この日の清水寺にはございました

夜は唯一
人間だけの世界ではないことを
実感できる時間でもある
(但し場所による)

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ライトアップは綺麗だが
何だか自然の草木や虫たちを
起こしてしまわないか、と心配になる
強い光であった

月の光だけでも十分に
美しいものだと感じた夜であった

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木造の清水寺本体も
申し分のない美しさである

長い歴史の中保たれたことには
人々の力と自然の寛大さの双方が
あることだろう

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清水寺 夜の一般公開は
十二月四日までされているので
お勧めです
(私は関係者ではないですが)

是非、月を眺めて頂きたい

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水を掬(きく)すれば月は手に在(あ)り

という禅語がございますが
ただ一つの真理と言われるものも
それは誰にでも手にすることができる
というような意味です

清水寺に行かずとも
両手の中に水を汲み
外に出て月を写してみてください

それをゆっくりと眺める心があれば
それで良いのだと私は思います

清水寺に行きても
その心がなければ
もともと観ることはできぬものです

下の写真は能の羽衣
月に住む天女の姿です
皆さんの考える天女は
どのようなものでしょうか

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羽衣 (シテ 山田伊純) 

先日 
東京 神楽坂 矢来能楽堂
純星会 秋の会の記録

 

芸父 山田純夫 の社中(お弟子さん)による
発表会がございました

私 山田伊純の社中も
京都より参加された


玄人(プロ)とお弟子様方の
舞台上での共演というものは
全国間違いなく
各お稽古場の発表会のみ

玄人は素人から学ぶことも
多くあると思いました

初心忘るべからず
とはよく言うが
その道を志した日のことなど
中々覚えていられないものだ
舞台経験の浅い方を見るたびに
己自身、省みるよう心掛ける


番外の仕舞を舞う私と祖父

山田伊純「野守」
山田純夫 「大江山」


私の心がけは
いかなる舞台も力を抜かぬこと
そして手も抜かぬ
(舞台が多く、これが中々難しい)

一生懸命することは
ある意味で格好の悪いことだ
しかも
己を別の視点で捉えていない
とすれば、世阿弥の言う
離見の見は体現できていない
ことになる

離見の見は、1つの例だが
舞台人としての目指す境地は
何処にあるのか
これは世阿弥さんだって
分からなかったはずだ

離見の見を体現している事
即ち良い舞台に繋がるとは
思えず

己が感じたように
良いと思う方向に
真っ直ぐ進むことのみが
正しい道である

時折分からない時は
自然の花や虫などに聞くのが
これまた一番良い


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