月別アーカイブ / 2015年08月


「桃栗三年柿八年」

この能装束を着付けることも
能楽師のシテ方(主役)の任務

完璧な技術になるまで
何年掛かると思いますか?






前後の二人で着付けを致しますが、

前10年、後5年

と言われております。



楽屋見習いでは、
先輩に針をお渡しする仕事や
物を押さえているだけの仕事、
見ているだけのところより、
始まります。



その間に先輩の仕事を見て覚えます。
誰も一から教えて頂くことは
無いのです。


だいたい怒られるか、
叩かれるかして、成長させて頂く。




立派なものになる為には
時間が掛かる、ということ。



学生の頃、
いわゆるマニュアルの無きことに
理不尽に感じていた時期もある。


マニュアルが無いために、
自分なりに思考を働かせ、
時には失敗をして、
先輩にコツを聞いて、
勉強を致す。
今でも凄まじい失敗をする時もる。

こうしてで覚えたことは、
なかなか忘れぬ。

ひとつずつ仕事にも責任を感じ、
自信が生まれる。

いかに小さい仕事に対しても、
美しいものを求める。
それが仕事に対する真心。

マニュアルの無いことは
遠まわりではなく、
美しい仕事のための近道なのだと
この頃知る。



では日記。

一昨日、
同流の今井清隆先生のお手伝いの為
母校の同志社大学へ行く。

テレビでも話題になりました
同志社の創立者である新島襄先生の
番組撮影にて。

グリークラブの美しい歌と能の舞
何故か謡も導入されていて、
それは何だか奇妙な感覚でした。
綺麗に編集していただけるのでしょう。
勿論、先輩である今井先生の舞は
美しいものでした。


卒業して再び訪れ思うことは多く。

本腰で勉強するべきであったなあ

とは口が裂けても言えぬ。
それでもまた入学したい程の
素晴らしい環境に惚れぼれ。
今でもたまに散歩を致す。


そして今日。

先生のお計らいで、習字を致す。
書道研究温知会の
神郡宇敬先生より書道の心得を
教えていただきました。
これから勉強させていただくことに。

書道は小学生以来。

本日は己の名前を書きました。
やはり大変難しいものだなあと
感じました。
身体を使うて書く方法を学びました。
有難や。

書道にも終わりなき。
長い長い。


この書生下駄の履き慣れる方が
早いことだろう。
伊と忠さんに入院させたものが戻り
早速履こうと思いましたが、

明日より2回目の東北公演。
気を引き締めて参ります。


これやこの ゆくもかへるも 
わかれては しるもしらぬも 
逢ふさかのせき

/ 蝉丸

左は成田奏くんで先日の養成会でお相手していただきました。
右は亀井洋佑さんで先日の潤星会の能で共演しました。

百人一首に出てくる有名なもので、
蝉丸(せみまる)という目の見えぬ
琵琶法師さんの歌です。

東の方から京へお帰りの人や、
これから東に行く人、
皆それぞれ、この逢坂の関で
出会い、そして別れるのだなあ。

というような意味で、
逢坂の関というところは
今の京都と滋賀県の境にありました。




能にもこれを題材にした曲が
ございます。

天皇の子にうまれながらも、
生まれつき盲目の蝉丸は
逢坂山(おうさかやま)に捨てられます。

また、妹に逆髪(さかがみ)という、
生まれつき髪の毛の逆さに生える
皇女がおりました。

彼は彼女と逢坂の関で出会います。
そしてお互いの悲運を嘆く。
割愛しましたが其のようなお話です。

皇族という裕福な地位に生まれながら
捨てられてしまう運命。
やりきれぬ本質的な悲しみは
地位も何も関係ないものだ。
それらは民の心を捉えたのでしょう。

左は田端眞人くんで金剛流の流友
右は宇高竜成さんでお世話になっている金剛流の先輩


そして、逢坂の関は滋賀県なので、
全く関係なく…おおさか!


東西合同養成会という
全国の若手能楽師が集まり、
研鑽の成果を舞台で発表する場、
大阪の大槻能楽堂でございました。

私は能の地謡。
沢山のことを勉強いたしました。

終演後にはシェラトンで講評会。
この道の大先輩から同年代の方々と
交流を致しました。


他の方の能を観るのみではなく、
お話をすることも勉強になりました。


同年代で同じ住込みの修行をする
方々と話しながら、ハッと
させられることが多くあった。 
それが切磋琢磨の本質なのだと思うた。


一つの石ころでも、じゃらじゃらと
隣り合い、擦れ、摩擦が起こる。
それは喧嘩をする意味ではなく、
考え方の違うもの同士が話すのみで
起こりうることであろう。

これは有難い収穫。

昨日は能楽師の先輩である
宇高徳成さんのワークショップへ
お手伝いに参りました。



ワークショップとは…

一般的に体験講座のことを指し、
本来は体験が主であることが多く、
つまりお客様が主体になりますね。

我々の能楽ワークショップの場合は、
基本的に「能楽講座」です。
先ずお客様に能楽についての知識を
お知り頂かなければならぬため。

そこに"体験"と"実演鑑賞"が
付いてワークショップという題に
なるわけですね。
※ 私は能楽講座として催しておりますが。



よくお尋ねして頂くことは…
ワークショップの価格設定

一言で申しますと、
体験と鑑賞の内容の違いと
その他のサービスの充実度。

💡"体験"
能面 能装束の触れ合い
どれだけ舞の体験ができるか
講師の能楽師の人数など

💡"実演"
能面能装束の使用有無
お囃子方の有無
曲目の違い ※人員やお装束の違い



この京都の岡崎別院
なんでも親鸞聖人が降りてこられて
始めにお住みになられたところ。
また、彼が流罪の際に、最後に
自身の姿を見た鏡池もございました。


昨日は大幅なキャンセルが入り
お客様が少ないため、ほぼ一対一の
ワークショップとなりました。
お客様は少し緊張されたと思いますが、
徳成先輩は、みっちり能楽の世界を
ご紹介しておられました。


帰りは少し休憩
学生の頃によく通うたインパルス。
マンデリンに砂糖とミルクを入れ
飲むのがお気に入りである。
是非。



残暑お見舞いの頃ですが
まだまだ本当に暑い。

私のワークショップは
豊橋市民ホールにて9/5です。
ほぼ満席のようでご予約はお早めに。

てきすいてきとう

  滴るごとに
 一滴一滴と凍る様子

人生の毎日、一瞬一瞬を
確かに踏み味わい生きれることは
幸せなことですね。


京都市立芸術大学

Summer 邦楽 concert
「日本音楽 ー 宝船」

夏休みの催しなのか。
能楽の仕舞「熊坂」地謡にて
これから出演して参ります。



芸大のキャンパス

二度目の参上ですが、
水の中に不思議な像を発見。

素足に草履が気持ちの良いこと。


このようなステージ

能舞台以外の上演も多いです。
響きすぎるホールでは、
声の調節が大変です。


幾何学的な建物は
自然と反対ですが、
外見は自然との調和が保たれている。
妙に感じました。



出演前にご飯を食べると
謡を忘れそうだなあと
先輩とお話し致しながら
お待ちしております。

雨が降り、祇園祭りが終わり、
大文字の送り火にお盆が過ぎ、
立秋はいつかと思えば、
ずいぶん前であり、
また雨が降りておる。




今日は今度の能楽講座の井筒より。




定めなき世の夢心
何の音にか覚めてまし

人の迷いは何の音によって悟り
覚めることができようか

謡曲『井筒』より


今日は九月のモスクワ公演のための
ビザ申請用の証明写真を撮りました。

最近は男前プラスという
画期的?なサービスが用意されていて
自信のない私などは(後輩も)、
ついつい余計なお金を支払い
電光板の"男前"を押しました。
で、ある。



最近、Instagramという
写真を載せて世界中の人々と
交流を図ることが致せる
インターネットサービスの虜
になりております。

元々、授業で行かせて頂いた学校の
女子生徒に教えていただいた。
若者を始め世界中で流行しているそう。

ー "これをしている男子にはオッてなる"
     というコトバに魅せられたのは内緒。


外国の方々と少し会話のような
たまに一方通行になるお話を
させて頂く機会があります。
これは閉じ籠りの内弟子には嬉しい。
この時ばかりは文明の利器に感謝。
語学のお勉強にもなり候。



能楽の主役は、
舞台の上で能面を掛けます。
感情を制限して、
特に伝えたいことを表現します。
そして、個人の感覚や感情が
大きく左右されぬように致します。
観客側の想像力にも委ねる為です。



この能面の話から、
とある外国の方とお話を致しました。
私は色々考えさせられました。



"本当の自分を隠す" 



それは実生活と似ている
と其の方は仰いました。

人々は普段の実社会の中で、
自分自身の、
特に自己を出すことはあまり少ない。


思うたこと感じたこと、
言いたいこと、
本当に伝えたいこと。
それらが私的な感情の場合は
隠し我慢することが多い。


ところが其の私的な感情こそが
本当の自分なのであります。



能面こそ掛けておりませぬが、
人間は社会において常より
見えぬ仮面を掛けているのですね。


それを外すのは、
何処でしょう。








祖父はいつも厠に入り
草花の本を読む
そして子供に怒られる

この間の帰省時もそうであった。

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