「能楽の明日を考える」シリーズの<序>として第一弾は、「坐禅からみる能」というテーマで対談をして参りました。下に簡単な内容説明も致しますが、是非ご覧いただけますと嬉しいです。



まず、対談では「興聖寺さんの取り組み」について伺いました。お寺とお能の歴史や関係を語るのも良かったのですが、ググればわかる事なので割愛しました。大前提として、お寺もお能も現代人離れが課題なので、そこの共通問題をクリアすべく、先ずは各々の現代における必要性を確認しました。前編では、禅宗の興聖寺さんにとって大切なもののひとつ「坐禅」の話を主に致しました。結局、人間が必要とされる仕事は何なのか、それは創造力、つまり原本を創る事なのだと。坐禅はそれを教えてくれる、勉強できる、ということをご住職は説きました。お寺というよりも人間の必要性を考える結果になりました。 

後編では、ご住職が観た能「羽衣」のストーリーや解釈の話から進め、能を観ることは現代人にとって何の意義があるのか、などを考えました。勿論、能は芸術でもありますから、楽しむことに意味なんて無いのです。ですが、今回は楽しみに加えられない能楽ということを前提に話をすすめ、意義や得られるものを考えました。結果、坐禅の世界のように、能を観ることは脳を鍛えることに繋がる、ということになりました。