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「石圧して笋斜めに出で」の如く、苦境に立たされても辛抱強く我慢すれば、後に必ず活路が見いだされる。それは、ただ我慢強く居ることに意味があるのではなく、少しずつでも前に進む気持ちを持つことが必要である。雨だれ石を穿つように、小さな動きは続けることにより大きな成果となる。


100日目にして、仕事の方は状況にあまり変化がない。確かに消えた舞台の数々、僅かながら舞台も復活し始めてはいるが、身になるものは少ない。そして中止となったものは二度と帰っては来ず、延期分もまだまだ先である。さらには、この先数年で能楽の在り方は変化していくと思われる。ミクロなところで言えば、コロナ禍のガイドライン等に対して上演形式や演出方法をどこまで対応するか、伝統の形を変えていくか、である。


然し乍ら、自分の考え方やモノの観方はあらゆる部分において変化をもたらした。仕事の事、家族の事、自分の事。


仕事で言えば、能楽界において大切な「伝統」について考える機会になった。これにおいては、今まで漠然と、ただ何となく考えてはいたが、実は自分は全く意識していなかったことが判明した。700年の伝統は自分には偉大で強大で、この問題に避けていたことは事実として否めない。

然し、コロナ禍で舞台が続けられないかもしれないという状況に立たされて、初めて、能楽界の未来を考えさせられた。そう、目の前の舞台をひたすら勤めることこそが「伝統」なのだと知った。

同時に、次世代を生きる方々へのバトンは自分にも持たされていたのだと、実感した。これは言葉だけでは表現しにくい。

それ故、能楽界に対する気持ちなどは包み隠さず、正直に発言していく権利があると思い、ブログに連ねたのであった。

を今さらとお思いになる方もいるかもしれないが、そんなものである。

さて、この100日間で“どう生きようか”と考えた末、見つけた現状の答えは、実に簡単であった。「シンプルに考える」ということ。シンプルと言えば能楽の得意とするところではないか、灯台下暗し。笑える話である。


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最後の日記はあえて書きなぐることにしました。従いまして乱文の可能性がありますがお許しください。ここまでご覧いただき有難うございました。今後も細々と更新いたします。100日すべてご覧いただいた方がいらっしゃったら、コメント下さい。それでは。