これより東北公演に行きます。

先ずは北海道へ
そして帯広、青森と続きます。

 
One’s destination is never a place, 
 but a new way of seeing things.
 
あまり行かないところ、
初めて参る地での生きものや空気を
感じたいと思います。

さらさらと 乾ける音は 竹やぶの
幾万の葉が こぞりたつ音


昨日、午前中に長岡京へ御使いに参りました。長岡天満宮の辺りでしたから、少し散歩を楽しみました。


亀が気持ちの良さそうに泳いでいたこと


長岡天満宮を参拝致し、本日のお引き合わせの御礼を申し上げました。

ご存知の通り、長岡京という地域は平城京と平安京の間の十年程度の都でございました。菅原道真様が、大宰府へ左遷される際に名残を惜しみましたことにより、見返り天神さんとお呼ばれになられているようです。

此処が都であったかと、思いを馳せつつ、一歩ずつ足を運ぶ。


人の居りません時にて、木々葉々の囁く音のよく聞こえることでございました。


かえりみち 蓮を見つけて 大興奮

紅蓮が既に花をつけて居りました。この大群には暫し目を奪われました。時間を気にしつつも、まったりを装い。


枕草子  「草は」の段に、蓮について書いてあります。

蓮葉、よろづの草よりもすぐれてめでたし。妙法蓮花のたとひにも、花は仏にたてまつり、実は数珠につらぬき、念仏して往生極楽の縁とすればよ。また、花なきころ、緑なる池の水に、紅に咲きたるも、いとをかし。

蓮葉はすべてのどの草よりも優れていて良く、初夏の他の花が無いとき、緑色の水の中に紅色の花をつける蓮には非常に趣がある、と書かれています。

まさにこの光景か。
緑色の葉も美しきこと。
有難き。


濁りに染まぬ蓮 とは、
汚れている環境におかれていても
美しく清廉 であること。

泥の中に美しき花を咲かせる蓮を見て、
己はいかに、と問いました。
清く正しい心を常に思い出したく。

古事記の話を致します。

イザナミ様がお亡くなりになり死者の国である黄泉の国にお行きになります。イザナギ様はイザナミ様にもう一度お会いされたい気持ちで黄泉の国へお行きになられます。しかし、イザナミ様の御姿は既に元と違いました。恐ろしいものを見たとお逃げになります。そして、ケガレ(穢れ・汚れ)を禊(みそぎ)によって落とします。その時に、御目を洗われ、左目よりアマテラス様、右目よりツクヨミ様という尊い神様がお生まれになりました。



」は古代より大切な部位として扱われました。三柱神といいまして、最も大切な神様がお生まれになる位ですから言うに及びませぬ。

始まり

其の様な意味がございます。
他にも がございますね。


植物の「」 (芽)

花が咲く前の段階が芽。花は植物の部位で一番華やかで力強いですね。その第一歩めが  なのです。



少し脱線ですが、花といえば、
人間のはな (鼻)はいかがですか。
顔より一番飛び出しており力強くありませぬか。神話では、御はなをお洗いになりましたら、力の強いスサノオが生まれます。
日本語は面白い。
これは能面のめ はな



ここより日記。
本日午前中、中学生の皆様に能楽鑑賞教室の解説を担当させて頂きました。

「能を観たことがありますか」尋ねましたら、全ての子どもたちが初めてであることが判りました。能楽の簡単な知識、能面と装束の紹介、そして仕舞の体験にて能の歩き方、お囃子の道具紹介、最後に舞囃子鑑賞をお見せしました。

鑑賞教室では子どもたちに日本文化の根源ともなる能楽をお知り頂きますが、好きになりなさいという事ではございませぬ。

「なぜ私たちは勉強の機会を与えられているのか」という疑問をお持ちいただきたいのです。

其の疑問が将来の はな のための
となりますように

どんみり空ゆり小ぬかあめ

紫陽花の目線「けふは くも ばかり」

 

 かかる仕事は

能楽師は作物(つくりもの)という、能に使用される大道具や小道具も製作致します。大道具において正しく言えば、組み立てるのです。

これはなにの業や

 ぱあ っとな

 ひとつに小いち時間
 ふたつ必要


 山、塚という、作物を組み立てまして、

 後輩たちよ 張りたまへ   張りたまふ


明日、能「土蜘蛛」にて使用致します。源頼光さんに襲いかかりて逃げ帰ります。それが此の塚。"独り武者チーム"といふ戦闘集団に成敗されます。

のびのびと3時間掛けて作りし塚

明日にはお家元の永謹先生の御手により

15秒ほどでお壊しになられます。

ああ、有り難き幸せ。

ああ、ちと寂し。



我が背子が来べき宵なり細蟹の
蜘蛛のふるまひかねてしるしも
(古今和歌集)

借問(しゃもん)す 游方(ゆうほう)の士(し)
(いず)くんぞ測(はか)らん
塵囂(じんごう)の外(そと)

ちょっとお尋ねするが、世俗の人よ、
けがれて騒々しい俗世の外のことを
考えてみたか。


日本の伝統芸能や文化の世界では、
内弟子修行という制度がございます。
先生の家に住み込みで働き、
合間にお稽古をつけて頂く勉強方法。
私は住み込み5年目に突入しました。

能を舞う為の技術習得のみではなく、
能の家のしきたり、空気、考え方、
そして能を舞う人のあるべき姿

決して教科書や他人から聞くのみでは
体得できないものを学びます。

育てていた苺の初もの。
有難く頂戴しました。


雨風を凌ぐことができ、
ご飯も水も十分に、
舞台にも立たせて頂ける。


程よく制限された生活に身を置き、
人の本質的な部分を少しだけ垣間見る。
そして、己のことも知る。


能面を掛けて表情を制限する。
そして最も伝えたい
感情の本質的なところを、みせる。
是れと似ていると思う。


冒頭の詩は、中国の漢と唐の間の時代の陶淵明(とうえんめい)という詩人のもので、日常生活の喜びなど素朴で且つ素敵な言葉の多いことから勉強致しております。

元気な身体と頭に感謝
然し、頭からはぷすぷすと音が。

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