QOODsp7Cjr.jpg首途八幡宮例大祭奉納2018
夏もそろそろ勢いを無くして参りまして、いよいよ秋の気配を感じさせます。昨日は首途八幡宮例大祭(純之会としては第2回目)の能楽奉納でございました。日々の稽古で身につけた芸を1人ずつご奉納いたしました。
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社中の皆様を中心に、能の謡や仕舞をご奉納致しました。前日から続いた雨も始曲前には降りやみ、お越しいただいたお客様にもゆっくりとご覧いただけたかと思います。今回は私が在学中2年間入部していた同志社大学能楽部金剛会の方々にもお声を掛け、お越しいただきました。
_var_mobile_Media_DCIM_114APPLE_IMG_4866.JPGこの首途八幡宮は源義経が奥州へ下る際に旅の安全祈願として立ち寄られた場所として有名です。義経の大河ドラマのときは観光客が多くいらした事でしょう。

普段は社務所の間をお借りして社中のお稽古をしております。能は老若男女を問わず、誰でもが習うことができます。現在、お社中さんの中では最高齢が70歳で、最年少は4歳の方が稽古をしています。各々目標を持ち、楽しみながら稽古に励んでおります。
XqfEAHxZeR.jpgもう少しお稽古に関してお話をすると、お能のお稽古を始めるにあたり、各自色々な動機があるのかなとお察しします。それは、もちろん能の技術の習得であったり、何か別の芸の為の勉強、観能のためまたは健康の為、エクササイズ、ストレス発散、なんとなく、先生のファン…等々。

個人的には動機は何でも良いし、また入門後の目的も何でも良いと思っております。勿論お稽古場に来られている方でプロを目指す方は殆どいらっしゃいません。

そして私も、ひたすらお能しかお教えしません(できない)から、お社中の方々は能の稽古を通じて、またはお能の作品から、はたまた稽古に通うという習慣から、何かを得ているのだろうと思います。
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それでは、お稽古だったらお能でなくても何でも良いかも、と言われてしまえば、そうでしょう。
ただ一つ、お能の良いところを紹介すると、お能では見えないものを非常に大切にするところです。特に、 "心を込める" といった人間の内なる働きかけは、見ようとしなければ本当に見えない部分だけれど、人の所作の中では極めて美しいところだと思います。お稽古を通じて、身をもって知ることになると思います。

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最後に私も奉納いたしました。船弁慶のキリです。今回の番組は、お能をご存知の方はお気づきになったかと思いますが、義経に関わる曲をなるべく選曲しました。
_49uM3OzSu.jpgそしてお楽しみの… 奉納の後は、後席を設けて皆んなで乾杯。能のお稽古を通じて知り合った仲間との "ひととき" は何にも代えがたい、大切な時間となりました。値千金とはこのことですね。

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笹の葉さらさら なんて題名のブログを書きかけて、下書き保存にしたまま時が流れておりました。この一週間、灼熱のように暑い毎日が続いて外の植物も我が体も干からびている。皆様はいかがお過ごしでしょうか。
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私は先日から、芸術センターで行われている夏の子ども教室の講師を勤めている。これは能楽の普及事業として、小学生から中学生の子どもを対象に毎年募集されているそうだ。1日90分の5日間の稽古を経て舞台に立つことができる、正に夢の企画である。

求められる内容は、仕舞や囃子を舞台までに繰り返しくりかえし稽古をして、ひたすら覚える事。

もしかすると子どもには能の本質部分を理解することは困難かもしれない。しかし、いずれ彼らが大人になってこの体験を思い出し、"能に触れてみよう"なんて思わせたらば、この事業はそこで成功したといえる。

その後、彼らは能を観に能楽堂もしくは薪能へ行く。そのとき初めて能楽師の真価が舞台上で問われる…決して今ではない。嗚呼、なんて遠い道程。いつも能の舞台はそこにあるのに、という悲しさ。普及とは何ぞや。

今はわからずとも、いつかはわかる。そういう世界はきっと存在する。

この普及は遠くもあるが近道でもある。私はこの催しが数ある能楽の普及事業の中では結構価値の高いものだと思う。折角の普及事業なので、是非多くの方々に参加をしていただきたいものである。


それにしても子どもの吸収、呑み込みの早さには驚かされ、また元気に圧倒されている。己の老いを一瞬感じてしまったことは悔しい。残りの2日分の稽古も、負けじと頑張ろう。




いよいよ梅雨が本領を発揮した。濡れた草木や雨音の心地良さはあるが、なかなか散歩という気持ちにはならぬ

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能「望月」…を振り返る

先月は潤星会に御来場の皆様、誠にありがとうございました。無謀な挑戦から早くも2週間以上が経ちて候。こうして、また恐ろしく早い時の流れを感じている。不思議なもので、一難去ればまた一難、次から次へと降ってくる。大きな難題が過ぎれば、次に大きな難は、もはや最大なのだ。難無き人生は無いといえる。

_var_mobile_Media_DCIM_114APPLE_IMG_4355.JPG上写真:花若<いざ討とう>のあたり

役者にとって舞台の成功・失敗に関しては答えにくいものがある。個人の芸の出来不出来は師匠が評価すれば良いが、舞台の成功においてはどうか。これには能楽師側と客席側の視点によって異なることもしばしばあるらしい。今回は、助演の役者による素晴らしいサポートにより、舞台は滞りなく勤められた。この点から、成功と言いたい。

さて、いち能楽師として「望月」の能に求められるべき芸を勤められたか。これに関していえば、成功とは言い難く、むしろ失敗であっただろう。

先ずひとつに、役に負けた。望月のシテ小沢友房は"何があっても動じない大人"で花若の<父に会いたる心地して>という台詞を言わせる程の、いかにも頼りがいのある父らしい風格が出し切れなかった。ただの若者に写ったはずだ。これには悔しくも望月を舞うことが決まってから、大先輩に言われた言葉を思い出す。

"望月を舞うのか。早すぎるわ。もっと君が舞うべき曲があるはずだ。望月のシテは武士の宿屋の主人だからね、もっと人生経験を積んだ人が勤めるべきものだ"

直面の能では、素の顔を面として使用するため、雰囲気や風格は己自身をさらけ出すことに等しい。若さや芸の未熟さなどがあった場合、それらを補うことは厳しい。逆に能面を使用するれば、それらを補うことは技術によって可能である。改めて能面の持つ力を感ぜずにはいられまい。この望月という曲では、身体から湧き出てくる風格が無ければ勤まらない、つまり能「望月」として成立しない、先述の大先輩は、それが言いたかったのであろう。
_var_mobile_Media_DCIM_114APPLE_IMG_4364.JPG上写真:獅子舞のところ

しかし、それは勤めなければわからない事でもあった。身の丈に合わぬ舞台も、勤めてしまえば良かったことばかりである。実際に稽古や舞台に対する試行錯誤の数々は有意義なものであった。また、大曲は当日を勤める事に意味があるのではなく、勤めるまでに本当の意味があると云われている。実際、初めての披きである石橋や、昨年の乱の稽古は苦労し、また何よりも、基礎が大切である意味を思い知らされた。
_var_mobile_Media_DCIM_114APPLE_IMG_4358.JPG上写真:獅子舞のところ

今回収穫となったことは、舞台の経験は言うまでもなく、これを機に思うようになった事。それは、すべてが挑戦でよい、ということ。今の自分が十分な能を舞ってやろうなんて思うても、おこがましい。先人や諸先輩方にすれば、ケツの青い若造に能の何がわかるのか、と笑われてしまうだろう。
挑戦において、それは当然、能楽師としての最低限の芸の上に成り立つものである。何をしても良いということではなく、玄人としての良識は持ちながらのことである。

そして会を支えるお客さまに対しては、自分の能を観て、心に響いた・感動したと1人でも多くの方に感じていただきたい。またそう思うて頂ければ、自分は舞台に立つ喜びを覚える。
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上写真:望月を手籠めにするところ

恥ずかしながら、何があっても動じないような友房を演じていたはずが、内心はワキの森常好さんの望月の風格と威勢に気負いした自分がいた。これには、まこと、道半ばと思わざるを得ない。


長々と書き連ねましたが、ここまでご高覧頂き有難うございました。


この曲の眼目となっている「獅子」は文殊菩薩が乗る霊獣獅子が牡丹の花に戯れ狂うさまを模したものです。「石橋」「望月」「内外詣」の三曲があります。「石橋」は霊獣獅子が現れ戯れ狂うのですが、「望月」「内外詣」は宿の亭主、又は神官が舞う余興、奉納です。したがって演技の上でかなりの違いがあります。

獅子を舞う曲は3つあり、それぞれ曲の内容は別物ですから、獅子の舞い方も変えるべきだという話をよく聞きます。「石橋」の獅子舞は獅子そのもの、つまり生き物を演じる為に、力強く且つ俊敏に舞うことが必然となります(赤獅子において)
。それ以外の獅子の出る曲(「望月」・「内外詣」)では、あくまで物真似の獅子の舞のため、生き物の獅子のように見せてはいけない。さらには「望月」は場面が座敷なので、埃を立てないように飛び上がらないとか、「内外詣」では神官が本業だから舞は下手に舞うなど…諸先輩方から色々とお話を聞いております。
が、私は先生から厳密にどうしなさいとの話は聞いておりません。従って如何に舞うか、どの意見を参考にするかを、己で選択していかなければいけませんので、少々苦悩しているのが実のところです。この「望月」においては、常に敵である望月に意識して舞う、討つ機会、隙を狙いながらの舞であることが最大の見どころであることは間違いありません。本番では、私の顔の向きや型に是非ご注目ください。

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(上)楽屋での装束仕込みの様子
石橋では獅子口という面をつけますが、望月では赤頭に金扇二枚を合わせた獅子頭をつけ緋縮緬の覆面をします。終曲にシテがこの獅子頭をとると白鉢巻の敵討ち姿が現れ感動的です。

本公演のチラシの表面、ネットで望月とググればすぐに出てくる赤覆面姿がそれです。宿屋の主人が一度幕に入り、獅子舞のための格好になって再登場します。この衣装や小道具は楽屋でシテ自らが準備をします。重習の初演(披き)の場合はそれが当然で、望月の場合は獅子頭の作り方を先輩から教わるのが伝統となっています。
石橋、乱を披かせて頂いた時も、作り物から装束に至るまで全て自分で用意をしました。自身初めての披き物は石橋でしたが、その時に大先輩から教わったことがあります。それは、舞台の上のことだけではなく、能面能装束、小道具から作り物、当日の楽屋の事まで気に掛けて、やっと"披き"なのだ、ということです。
能楽師の道の中では誰もが通過する"働き"という仕事があります。これは主に舞台を裏から支える役で、幕上げ、装束の準備、発送、片付け、荷物持ち、そのほか多くの雑務をこなします(主に内弟子修行の間が多いですが)。これを長く勤めるということが大切とされ、披き事の際にこれが活きてくるので、下積みが非常に重要なことを多くの能楽師が痛感するようです。見えない事ですが、それは恐らく舞台上の能楽師には勿論、見所のお客様にまで伝わるものが在るのです。

むしろ、そう信じることが若手能楽師にとって一種の救いでもあります…
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働きに関しては、昔の記事ですが以下をご覧ください。

また、もう少し詳しい解説をご覧になりたい方は以下に祖父の望月の記事URLを載せますので、そちらをご参照ください。

南の方では台風が発生したようです。明後日の東京の気候が気になります。京都は晴れ間が終わり本日は雨にて。私は昨日、望月に向けて、体力と気力作りの為に、鰻を1匹買って食べて候。美味。有り難し。
以下、望月の雑記を続けます。
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この曲の敵を討ち取る場面はワキの胸ぐらをつまみますが、刺すところはワキが残した笠を敵に見立てます。能の手法が生きているのです。能の手法を堅持すれば、お芝居になる心配も少ないと思います。

最後 ワキ(望月)を討つ場面での型は、金剛流特有の型です。他流では、望月による「そも己は何者ぞ〜」の下りはないようです。江戸期分流の喜多流においては金剛流と同じとも聞きます。
その金剛流特有の型とは、ワキの胸ぐらをグッと掴むもので、少し生々しい表現ではあります。今回は相手が大先輩のワキ方 森常好さんなので、内心恐縮しています。勿論舞台なので滞りなく勤まるはずですが…。正直このような型は如何にも能らしい表現ではなく、実に演劇に近いように感じられます。それ故、他流では省かれたのでしょうか。若しくは当流で加えたのか。望月を手篭めにして花若(子方)と友房(シテ)が互いに名を明かしますと、ワキは笠を舞台上に残して、切戸口へ去ります。決して逃げたわけではなく、そこに居たままで討たれる体です。

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