こんにちは。
京都ではちらほらと桜が咲き、いよいよ春の到来を感じます。皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、事務局よりお知らせです。
来る4月6日(土)に京都市上京区の興聖寺において花まつりが開催されます。今回、ご住職とのご縁で蔵の修繕費用の寄進をお願いするため、「蔵修繕勧進能」と題して、お寺の方丈で舞囃子を舞わせていただくことになりました。

事前にお寺へのお申込みが必要となります。入場は無料ですが、一口1,000円より寄進をお願いしております。

お問い合わせ・お申し込みは
興聖寺までお願いいたします。

電話 075(451)4722 (9時~18時)

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◎蔵修繕勧進能◎

日時 4月6日(土) 14時~15時半
場所 臨済宗 興聖寺
(京都市上京区堀川通寺之内上ル2丁目上天神町647)
最寄りバス停「天神公園口」
(市バス9・12系統)
地下鉄今出川駅より徒歩20分

内容 
◇解説
◇お囃子の紹介(笛・小鼓・大鼓・太鼓)
◇金剛流 仕舞「網之段」  豊嶋晃嗣
◇金剛流 仕舞「船弁慶キリ」宇高竜成
   -休憩-
◇金剛流 舞囃子「羽衣」 山田伊純

※仕舞とは... 
能の曲のなかで有名な部分や盛り上がる箇所を切り取り、地謡(コーラス)と、シテ(舞手)のみによって演出する形式を仕舞と呼びます。 紋付姿で舞います。

※舞囃子とは...
仕舞よりも少し長い寸法で、お囃子が入り演出されます。本来の演出と違う点は、ツレ(準主役)・ワキ(脇役)などの登場人物が省略され、仕舞と同じく、紋付姿で舞います。
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この機会にぜひ足をお運びいただけますと幸いでございます。清く澄んだお寺の空気のなかお能を楽しんでいただけることと思います。

皆様のお越しをお待ちしております。





    







本年も明けまして早十日余りが経ちました。鏡開きも終え、外はまた日常を取り戻しつつあります。能の仕事は元旦からありましたから、この数日だけ少々の寝正月を頂きました。ボーッとして感じたことは、正月というのは新年が明けてお目出度いが、何だか物寂しい。何ごとも表裏一体か。
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さて本年、私にとって大役の仕事が沢山舞い込んで参りました。 先ずは、5月の金剛定期能で若宗家との小袖曽我ツレ、6月には若手能の黒塚シテ、7月の東京国立にて邯鄲シテを勤めます。また改めてご案内いたしますので、是非ご来場賜りたく思います。
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寝正月は色々なことを考えた。

先ず、己の、人間の欲に関して。この頃の自分は無いものを望むばかりで、有るものへの感謝が薄れていたように思う。気づかぬうちに傲慢になっていく自分の姿を見て哀れだと思った。今、何も不自由なく暮らせることの有難さを忘れかけていた。

坐禅をするようになり、とうとう般若心経の本まで購入してしまった。般若心経の言葉に"是諸法空相" (ぜしょほうくうそう)というものがある。
世の中のすべてには実体が無く、人間も然り、喜びも悲しみも時に流されて留まることはないのだと、だから瞬間を大切にしないといけない、という事。
私たちは常に、"こんにちは、さようなら"を繰り返している。それが大きいものは誰でも知っているが、小さなものには気付き難い。その繰り返しを一つずつ丁寧にすることが、瞬間を大切にするということ。幸い人の頭には美しい出来事を思い出として記憶できる。携帯に任せてはいけないのだ。毎日幸せを感じることというのは、そう難しいことではないのだろうな、と思う。

さてさて、あまり書き進めると哲学路線になり、このブログの方向性を失うため辞めよう。続きは稽古場にお越しください。

兎にも角にも、多くの方にとって本年も素晴らしい一年になりますように。
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朝の後悔
このところ朝目が覚めても起きられずにいた。我が家では11ヵ月になる息子が最初に起きている。次に家内が朝食の支度を始め、出来上がる頃に1階から元気な息子の声が聞こえる。ここで私の身体がはじめて縦になる。そのような毎日が、ふと駄目な気がした。内弟子修行中、舞台が忙しくない日などは、きまって朝5~6時に御所へ散歩に出かけたものだ。師のもとから独立し3年目に突入した今、日々の生活には慣れたものの、どこか弛んでいる。無常迅速という言葉があるように、時は少しも待ってはくれないのだ。欠落した朝の時間を取り戻すべく、私は朝活を始めることにした。

坐禅との出会い
私は京都の堀川付近に住まいしている。車もないので移動手段は徒歩か自転車かバス。仕事場の舞台(金剛能楽堂)は歩いて10分、必要なものも近くで手に入る。バス停も徒歩3分。何とも便利な立地である。そのすぐ近くのお寺で座禅を始めることになった。十数年前、高校を卒業したての私は東京から京都へ住まいを移した。当初、お能の仕事でもお邪魔したことがあり、門前を幾度となく通り過ぎている。それが、つい先日のこと ” そういえば「坐禅 毎日」という看板がかかっていたな ” という具合にふと思い出したのである。これは誠なるご縁。早朝の坐禅を始めれば朝起きなければいけない理由ができるな、といった純粋な坐禅願望からではない心が動いてしまった。思い立ったが吉日、早速問い合わせを済ませた。決して、坐禅で己の心を見つめたい、などという優等生な理由からではないのが、浅ましいこと。

己との出会い
いざ朝6時過ぎに門前へ行く。和尚さんから直々に坐禅の説明を受けた後、数名の方々と共に坐禅を始めた。まず、無理なく足を組み、最悪しびれたら組み替えても良いとのこと。されど、足を組み替えるなど言語道断。1時間も2時間も座る能楽師にとっては譲れないところ。そして、背筋を伸ばして頭から一筋天に突き抜けるように、頭上を引っ張られるような姿勢を取る。手を輪っかにしてオヘソの前に楽に構え、息は鼻から吸い最後まで吐ききるそうだ。よく、煩悩が108などと聞くが、初めての座禅では色々なことを考えてしまうことが普通のようだ。コツは、己の姿勢の事を考えてゆっくりと呼吸をするそうだ。同じ座るにしても、能楽の舞台の間は何も考えていないことなど皆無と言ってよい。稀に舞の最中などは身体が勝手に動くこともあるが、地謡や後見など、舞台を補助する仕事の場合は実際色々なことを考えている。
さて、はじめての坐禅は本当に気持ちがよかった。言われた通り、何も考えないという境地は難しいので、ひたすら良い姿勢を保つことに専念した。これは能楽の修行と思えば耐えられることだと思った。それでも、同じ格好で同じ呼吸をするなど、改めて難しいことだと認識した。実際、頭の中には昨夜覚えた謡の文句や、回想、先ほどの和尚さんの顔など、次から次とふつふつ湧いてきてしまう。己の集中力というのか、無になれない凡庸さを知った。
坐禅生活一日目に感じた事ととしては、これが生活態度の改めのみならず、己を見直す良い機会なのだと知り、暫く頑張ってみようと決意した。



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「金剛流 能楽大連吟」 本公演
≪2018年12月8日(土)≫

●能楽大連吟では、プロの能楽師の演技に、参加者による大連吟を加え、能「高砂」(半能) を上演します。 また、別の部分の謡を 参加者が舞台にあがって大連吟するプログラムもあります。8月からお稽古を始められた参加者の50名強の方々は、12月に本番を迎えます。

●高砂のシテ(主役)は 山田伊純 が務めます。 金剛流の能面や能装束もご覧いただけます。"舞金剛"の 動きが豪快で華やかな舞台をお楽しみください。 

●ご興味のある方、お能を観るのが初めての方、もちろんお能通の方へも、お勧めです。是非、年末は金剛能楽堂へお越しいただき、大連吟による能楽をお楽しみください!

●ご覧いただくための チケットは1000円です。お求め頂く方は、山田伊純HPの問い合わせフォーム、または大連吟公式サイト、各講師より直接おもとめください。大連吟の詳細は こちら


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チケットのお問い合わせは 山田伊純HPの問い合わせフォーム まで

大連吟の詳細は こちら


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歩けば清風を感じる良い季節になってまいりました。お空は曇りばかりで、まあるい光も見えつ隠れ致しますが、そろそろ美しくお顔をお出しになることでしょう。月は、日本中どこから見上げても同じものを見ることができ、また、毎晩と拝むことができます。いつでも夜になると現れるお月様は、たった一つしか世に存在しません。不変の真理といった、いつも変わることのなき正しい物事の道筋を、昔の人はこの月の光に例えることが多くございました。

現代の高層ビル群などから見ると、月の光はネオンの光に負けてしまい、実に微弱で非常にか弱い。月の光を知らない人がどれだけいるのだろうか。私も東京生まれで半分東京育ち、18の頃より京都におりますが、やはりこれには鈍感だと思う。

子供の時分に、山梨県の山奥にある知人宅にお泊りをしていたことがありました。そのあたりの道には街灯一つなく、夜になると出歩くことが困難なので、懐中電灯の光と、月の光だけが頼りです。山奥には虫が多く、イノシシ除けの大きい爆竹のような音が鳴り響き、部屋の電気を消すと目が慣れない程の闇を感じ、当時は非常に怖い思いをしたものでした。今考えれば、人が自然に生かされていることを感じた良い経験だったのだと思います。

昨今では数多の光が出現し人々はそれに魅せられております。また惑わされることも多いでしょう。時にそれは凶暴となり、何よりも恐ろしいと思います。昔、2000年問題や、やれエイリアン侵略などが騒がれていた時代がありましたが、恐らくはケータイ・スマートフォンの正体がそれだと確信しています。私自身も侵されつつあり、どうしたものかと頭を悩ませております。

人は光に向かって歩く習性があり、光を求める生き物といっても過言ではないでしょう。時にそれが姿を変えた侵略者であっても。このままでは、古人が見た月の光はもう二度と帰ってくることは無いのだろうと思います。


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さて、昨日は能のお仕事にて一休寺に参りました。この橋わたるな等、とんち話で有名な一休さんのお寺です。この日は雨がさらさらと降りましたが、多くのお客様にお越しいただいておりました。夜のお能というのも、雰囲気が静まり風情のあるものだと思いました。

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写真のように、楽屋に入りましたら鞄を置いて自分の場所といものを確保いたします。お寺や神社でのお能も、本舞台同様、気が引き締まります。

…この頃、涼しくなってまいりましたが、まだまだ水分補給などしながらお仕事をしなければいけません。気が抜けますと、夏の疲れがたたりますので、くれぐれも皆様もお気を付けください。

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