昨日は米沢にある、伝国の杜置賜文化ホールさんの主催事業"能面から知る能の世界"に出演しました。沢山の方々にお越しいただき、誠に有難うございました。

私は半能「小鍛冶」のシテ(主役)と、舞囃子「高砂」のシテを勤めました。一日の中で二番勤めるのは稽古以外では初めての挑戦でしたので、大変勉強になりました。

舞台中のちょっとした息切れや、本日に残る筋肉痛など、少し運動不足を感じております。コロナのせいにしてはいけません…体力作りに励みます。

他にも、舞囃子二番と解説では、同流の先輩方のお力添えにより、無事に会は滞りなく成功したように思います。このような催しを通じて、少しでも能楽に興味を持たれる方が増えることを期待しています。


ちなみに米沢と能楽金剛流のご縁は、米沢藩主上杉家の四代目から代々、金剛流の能を嗜まれたことに依ります。現在でも、米沢には米沢金剛会という団体があり、金剛流の師範や能楽愛好家が沢山いらっしゃいます。

今回の催し前に、上杉神社へ参拝してご挨拶を済ませ…その後に上杉博物館の記念企画展を拝見しました。ゆかりの能面・能装束が一同に介して、豪華な展覧会となっておりました。個人的には、筋男と弱法師、平太の面が好みでした。これを掛けて能を勤めたら楽しいだろうなと思いました。
企画展は12月頭迄なので、お近くの方は是非お越しください。付近の米沢ラーメンや焼肉も美味です。

靴の思い出
私の趣味の一つ、革靴。履くことは勿論ですが、集めたり、磨いたりするのが好きで、舐めるほど…では無いですが、美しい靴を一日中眺めていても飽きない位、好きなのです。

本格的な内弟子修行に入る前、大学を卒業する22歳の頃に革靴デビューを果たしました。初めての革靴は思い出深いもので、アメリカのアレンエドモンド、パークアベニューの焦げ茶色の靴です。(10年選手で今も現役)

初めてピッタリの革靴を試着した時、お店のお兄さんに色々教えていただき、いかに今までデタラメな靴選びをしていたかを知りました。当時の私にとっては靴に5万円程度(現在は価格が異なります)の金額は大金でしたが、それこそ清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入に至りました。

学生の頃は数千円からせいぜい2万円程度までの靴を履き潰しては新しいものを購入するスタイルでしたが、革靴を履いてからは変わりました。踵がつぶれ、つま先が減っても、底が破れたとしても、何度でも直して履くようになりました。すると次第に愛着が湧いてきます。

革靴を履くメリットとして「経年変化を楽しめる」とあります。全く仰る通りで、靴は消費していくものではなく、育てていく楽しみになります。見た目で言えば革自体の色の変化、また履くうちにコルクが沈んで足にフィットする心地よさは、何とも言えません。

その革靴が自分のためだけの靴になった時、購入時の価値を大きく上回ります。物により初期投資はお高めに感じるかもしれませんが、作りの良い靴を手に入れられれば、超エコなのです。何と言いましても10年以上履けるのですから。



修理のはなし
そして、やっと本題。先日数年ぶりに購入した革靴がこちら。新幹線移動の多い私どもの職業にローファーは大活躍なのです…

この靴、まだ数回しか履いていないのですが、今回少し不具合があったのと、通勤用に改造して頂くために修理に出しました。


私の大事な靴のお直しは、田中さんという方にお願いしております。その田中さんが長い修行期間を終えられて、新しくお店を構えられました。(お店のご案内は下にあります。)

今回の修理の一つをご紹介します。写真のトゥスチールは、本物?の革靴好きには怒られるかもしれない改造のようです(ネットの情報)。つま先部分をトゥと呼ぶようですが、よく擦れる箇所の一つなので未然に防ぐために予めスチールにしてしまう技法です。以前、別の靴でもしていただいたのですが、田中さんの仕上げがまた美しいのです。舐めたく…はなりませんが、眺めていてニヤニヤしてしまいます。

靴は先にも述べたように、私にとって相棒のような長い付き合いになる大事な物なので、修理先も非常に大切と心得ます。私は田中さんで決まりですが、もしこのブログを見て革靴を始める方がもしいらっしゃったら信頼のおけるお店も同時に探すことをお勧めします。

私の失敗談として、こちらの希望を汲み取ろうとせず独断で修理を進められたり、靴がペチャンコで返ってきたり、直せないと門前払いをされたり…
是非とも靴への愛情のある方をお探し頂ければと思います。



ta shoerepair and
私の靴をいつも直して下さったり洗って下さる田中さんは人柄も素晴らしく、魅力的な御方です。新しいお店も素敵でした。

かつて市内にいらっしゃった時には、私が靴を持って行く度にわかりやすく靴の説明をして下さり、また他愛もない雑談にまでお付き合い下さりました。もちろん仕上げの仕事を見ただけでも、誠実さが伝わります。

先日訪れた時も、お客様の方が直った靴を取りに来られ、「また履けるわ」と嬉しそうにしていらっしゃいました。素敵な光景に、こちらも嬉しくなりました。大切な靴を長く履けることは本当に幸せです。

最後に、私のお気に入りとして、田中さんのお店をご案内させていただきます😊私の住まい京都市から2時間掛けても行く価値有りです。

ta shoerepair and
(タ シューリペア アンド)

📞0773-48-9925

📮〒620-0056 
京都府福知山市厚中町112-1
足立エステート1B 

🗒営業時間 11:00~19:00
🛌定休日 木曜

詳細はInstagramをご覧ください。
お近くの方は是非、お立ち寄りください。田中さんは革靴に限らずどんな靴でもご相談にのってくださると思います。



芸術の秋!食欲の秋!ということで、空いた時間には、お気に入りの靴を履いてお出掛したいですね。


或時は恋しく…

又は恨めしく…



…さて、今回も能にまつわるお話を致します。またまた今回の舞台は京都市下京区。さすが、古都は謡蹟の宝庫なり。至るところに能のお話に関わる所がございます。



万寿寺通、柳馬場通りを少しばかり上に歩きますと、西側に「鉄輪跡」と書かれた石碑があります。実際に訪問しましたが、予め場所を把握していないと通り過ぎてしまうくらい街並みに溶け込んでおりました。この石の横には門があり私有地のようでしたが、奥には自由に参拝ができるようになっております。




さて、本題ですが…「鉄輪跡」の、鉄輪(かなわ)とは火鉢や囲炉裏において鍋などをかける三本足の五徳の別称です。そしてお察しの通り、能にも「鉄輪」という曲がございます。


鉄輪の主人公はこの辺りに住んでいた女のひと。自分を捨てて他の女を妻とした前夫を怨み、貴船神社に毎晩、丑の刻詣をしていると、神社の人から神のお告げを聞かされたのでした。

そのお告げは、「赤い服を着て、顔を丹塗りにし、頭には鉄輪をいただき、三本の足に蝋燭の火を灯し、怒りの心を持つならば、たちまち鬼になって望みが叶う」というものでした。

<さあらば帰りて我が姿、神託の如くなるべし>

女のひとは、このお告げを聞いてから、みるみるうちに血相を変え、家へ急ぐのでした。



この女のひとの前夫は、最近長いこと悪い夢にうなされておりました。余りに続く悪夢のため気がかりになり、陰陽師 安倍晴明を訪ねて占ってもらいました。すると、晴明は男の顔を見ただけで判りました。

「あなたは女性から深く怨まれている。そして今夜にも命を失うでしょう…」


ここで安倍晴明をよくご存じない方のために説明を加えます。安倍晴明は平安時代の人で、少し前に映画でもブームになりましたね。彼はそのむかし勢力を誇っていた安倍氏といわれる一族の末裔です。陰陽道の祖と言われ、天文、地理をよく知っていて、呪術といった超自然的なことを操る達人といわれました。とにかく、普通の人に解決できない事象が起こったとき、何とかしてくれる人のひとりでした。当然、貴族からの信頼が厚く、陰陽博士、天文博士の官位を得て、従四位下まで進めた、凄い方で、色々と伝説を持つ有名人です。


晴明の話を聞いた男は驚き、すぐに事情を明かして、今晩からの祈祷をお願いしました。そうして、晴明は三重の高棚をしつらえ五色の幣を立て、夫婦の人形を作って一心に祈祷を行いました。

すると、女のひとの生霊が鬼の姿となって現れました。その生霊は数々の怨みつらみ、言葉を並べ、男を連れ去ろうとします。ところが晴明の懸命の祈祷が功を奏し、また、祭壇に祀られた三十番神によって追い立てられ、生霊は力尽き退散したのでした…

※三十番神 :1か月30日間、毎日交番で法華経を守護している日本の著名な30体の神たちのこと





能では女の人の生霊が晴明によって退散させられます。ある伝承では、調伏されて逃げてきた女のひとが、この井戸まで来て息絶えたと伝わっているようです。悲しいお話ですね。





この鉄輪の井は「縁切り井戸」として有名で、この井戸の水を飲ませると縁が切れる効果があったとか、無かったとか…多くの方が遠くからでも汲みに訪れていたようです。現在は水が枯れてしまい、井戸も金網で塞がれている為、汲むことは出来きません。






能「鉄輪」は上演頻度が高く人気曲の一つです。能では、シテ(主役)の下京の女のひとの嫉妬心に焦点を当てております。総じて抽象的な表現を好む能の手法からすると、実に写実的で生々しいので、いわゆるTHE幽玄なお能ではありません。

写実的な表現は、舞金剛とよばれる所以の、型の多い金剛流の得意分野でもあります。


今月より、日本全国アートキャラバンin京都『金剛流京都能楽紀行』と題した連続企画公演がございます。特設サイトがありますので是非チェックお願い致します!京都を舞台にした有名曲を選曲しています。今回ご紹介した「鉄輪」は10月16日にございます。




チケットご要望は、能楽堂へ電話とメールの他、上のフォームからも受付けます。価格は変わりませんが、山田伊純事務局受付なので、おまけ付きの特典があるかもしれません。是非こちらからお願い致します😊





(上記写真:金剛能楽堂公式サイトのページより転載)

私たち金剛流のホームである金剛能楽堂は、京都烏丸一条通を少し下がったところにあります。上には虎屋さんがあります。京都の人や京都通には大体お分かりになると思いますが、御所や同志社大学の付近です。

能楽堂を少し上がって一条通を西へまっすぐに行くと、堀川通りの手前に「小町通り」と書かれた石標が立っています。注意深く歩かないと、通り過ぎてしまう位に小さな石標です。


もう少し西へ行くと堀川で、一条戻橋があります。ここの河津桜が毎年美しいので、春になると人の足を留めています。

さて、かつてこの石標の付近は、平安時代の御所があったと言われています。標の横には「小野小町草紙洗水遺跡」と刻まれているようです。何があったのでしょう。



昔むかし、宮中の歌合(歌読み試合みたいなもの)を明日に控えた大伴黒主という男がいました。彼の相手は、小野小町という歌が極めて上手と呼ばれる、あの人。

とても勝てないと思い、黒主は小町の家に忍び行って、明日の歌合で小町が披露する予定の歌を立ち聞きしました。やがて、家に帰り黒主は盗み聞きした歌を万葉集に書き入れたのです。

歌合の当日、小町の歌が読み上げられると、黒主は言いました。

「それは万葉の古歌だ」

黒主の言葉に小町は驚いて、万葉集のどこに書いてあるのかと訊くと、黒主は前夜に工作した万葉集を差し出しました。

小町は直ぐに、それは入れ筆である、黒主が書き入れたのだ、と見破りました。小町は草紙を洗いたいと申し出ましたが、歌合に同席した皆は辞めた方が良いと言いました。もし入れ筆でなかったら恥の上塗りになるのでは?と、小町を思う心からでした。

小町は落胆して帰ろうとすると、紀貫之が呼び止め、「帝に許しを得て、草紙を洗おう」と言いました。(いいやつ!)

勅許を得た小町は草紙を洗うと、ことごとく入れ筆の墨が消えて行きました。小町の疑いは晴れ、黒主は面目を失ったのです。そうして、彼は自害をするため席を立ったのでした。

すると、小町は黒主を止めて、歌道に執心のあまり誰も間違えることはあるよ、と言って慰めました。

こうして白けた歌合の席は和んで、小町が舞を舞い、和歌の徳を讃え、おめでたく歌合の会を閉じたのでした…


(上記写真:金剛能楽堂公式サイトのページより転載)

以上が、能「草紙洗」のストーリーです。かつて、この石標付近で、このような事があったのかな〜なんて思いを馳せますと、楽しいものです。

来年1月に金剛能楽堂で草紙洗があります。いかがですか?
来月より日本全国アートキャラバンin京都『金剛流京都能楽紀行』と題した連続企画公演がございます。特設サイトがありますので是非チェックお願い致します!京都を舞台にした有名曲を選曲しています。

チケットご要望は、能楽堂へ電話とメールの他、上のフォームからも受付けます。価格は変わりませんが、山田伊純事務局受付なので、おまけ付きの特典があるかもしれません。



いま僕は、なかなかヤル気が出ず、だれている。詰まり、締まりがなく気持ちが緩んでいる。というより、萎えている、と囃子の先生に相談しました。

すると、先生から思わぬ言葉…

「おれも、だれている」

そうか、皆一緒なのですね。

結局は稽古するしかない。稽古、稽古。理想を、高いところへ。低いところに置いたら終わり、と続けられた。

先生には長々と下らない話を聞いてくださり感謝しかない。どうにかして自分を奮い立たせないといけませんね。さて、ご飯を食べよう。

↑このページのトップへ