前回、
「妄想旅行に出掛けます。👜」
言いましたが…
その翌日のことでした。



毎日、夜中に起きて
「トイレ行きよぉー。」
母に声を掛けるのが
日課となっていました。

…と、言っても
わざわざ、その為に起きるのではなく
私も、夜中にトイレに行きたくなる
お年頃なので、そのついでです。(笑)



一階に下りると、リビングの灯りが
ついたままでした。

母が、私が声を掛けるよりも早く起きて
トイレに行き、消し忘れたのだろう。💨ハァー
そう思いました。(よくあることです。)


私が、リビングの扉を開いて
スイッチに手をやろうとしたその時、







リビングの床に
仰向けに倒れている
母を発見しました😱❕




「どないしたん?転けたん?」

母は、目だけギョロっと私の方を向き
小さく頷きました。

「どないしょって転けたん?」
「トイレに行きよって…」

意識はありました。



「動かれへんの?」

また、小さく頷きました。

ケガをしたところがないか
探してみると、右肘から出血して
床に流れていました。

「腕ケガしとるなぁ、他に痛いとこは?」

以前、大腿骨を骨折した時も
動けなかったので、もしやと思って
母の足首を持って、ゆっくりと上下に
動かしてみました。

母は、「足の付け根が痛い。」と
小さな声で言いましたが
足に力が入っていたし、激しい痛みでは
無さそうなので、足の骨折はしてなさそう…

だけど、寝返りも出来ないと言うので、
どうすることもできません。☹️

救急車かぁー🤔🚑️


時刻は、夜中2時40分でした。

私が病院に行く準備が出来てから
119番に電話したので
🚑️が到着した時には、3時15分に
なっていました。

雨の降る中、担架で運ばれた母と一緒に
家の門前に停車中の救急車に
乗り込みました。

救急隊員は3人
母の血圧が200以上に上り
呼吸が浅いからと、酸素吸入器を
母の口につけたり、
私は事情聴取されたりで、
狭い救急車内が重々しくなりました。



運び込まれる病院が決まり
私は、家の戸締まりをしてから、
マイカーで追い掛けましたが
私が病院に到着した時は
母は、まだ救急車の中でした。

「今、コロナの結果待ちです。」

陰性患者しか病院内に
入れてもらえないとのことでした。

もし、陽性ならどうなるの?🙄

…と、チラッと思ったけど
そんな疑問など、母の時には210を越える
血圧が消してくれました。😣💦大丈夫なん?



診察室に入った時には
もう、4時前でした。🕓️

誰もいない、静かな病院の廊下で
1人で待っている時間は長かったです。😢




やっと、診察室に呼ばれた時は
5時を過ぎていました。



診断結果は、圧迫骨折!🦴
背骨を繋いでいる柔らかい骨が
べちゃっと潰れていました。

入院です。🏥





寝不足のせいでしょうか?

廊下で待っている間
不安で、不安で泣きそうだったのに
「入院」と聞いても、
意外と落ち着いていました。

入院すると、母に会えるのは、この後と、
ドクターから治療について説明を
受ける時と、後は退院の時だけだと
言われました。

たった3回しか会えないのかぁ💨
母をどう励まそう…🙄

そんなことを考える余裕がありました。



🚙🚙🚙🚙🚙

帰宅したのは、8時半…
お腹もペコペコでしたが、
入院用品を揃えなければなりません。

朝食を食べながら、買い忘れが無いよう
必要なものをメモしました。φ(..)メモメモ


🛒🛒🛒🛒🛒

もう1日遅かったら
「お客様感謝デー」やのになぁー!🤷‍♀️アーア

イオンの中を買い物巡りしていると
それまで、気が張って忘れていた腰痛が
ズキンズキンと痛み出します。

痛いのは、腰痛だけではありません。

パジャマや紙おしめなど
週に1度しか届けられないので
余分に買っていたら、
20000円近くの出費!👛➰💴

痛い、痛い!😖


夜中に起こされ、それからドタバタ続き
痛みを我慢して買った入院用品は
受付で手渡すだけで病棟には行けず、
もう母には会えませんでした。⤵️💨⤵️💨

心身共に疲れました。🙍‍♀️💨






そして、昨日
病院で、主治医から説明を受けました。

圧迫骨折と肺炎
2週間の入院予定


主治医から、「この年齢ですから…」
予定通りにはならない可能性もあることを

「もうええ!💢」って言いたくなるほど
念押しされました。

主治医だけではなく、
看護士や理学療法士からも
「退院出来ても、もう歩けないかも…」


留目を刺されました。🔪🩸🩸🩸😨ガーン




病室に行くと、
母は、ベッドを30度ほど起こし
ボーっとしていました。


「分かる?」
「分かるで、yuccoやろ!」

入院した時は、私のことを看護士と
間違えて、敬語で話していましたが
今は、落ち着いているようでした。

家では、母に苛立ってばかりの
私でしたが、病室では私も
落ち着いて話が出来ました。



ええか…
「退院したい」って思ってもアカンで
「したい…」は、希望やねん。
希望は、叶わへんことが多い。

「退院する!」って決意するねん。
決意したら、やらなアカンことが
見えてくる。
見えてきたことを、必ず、やる!
それで退院出来るからな。分かった?


母は、不安そうに頷きました。



家にいた時から、母は、1日1食しか
食べなくなっていました。
その1食も、いつもの半分ほどです。

入院してからも、1割程度しか食べないと
看護士から言われました。


この日が、退院までに母に会える
最後のチャンスです。

激励して、何とか食べてくれるよう
母にあれやこれやと話ました。


「リュウ🐱が待ってるねんで!」



母が入院した日
家に帰ってからの出来事です。🏘️



母は、入院する少し前にも転倒して
転倒した時は気付かなかったのですが
その時に腕をケガしていて、
シーツや敷きパッドを血で汚してしまい、
雨続きだったので洗えずにいました。

この機会に洗ってしまおう!

入院初日、病院から帰ったばかりで
疲れていましたが、母の寝室に入り
シーツをはがし、敷きパッドも…と
思ったら…



リュウが勢いよくベッドに上り
寝そべって動きません。

まるで
「おばあちゃんのん触るな!」
言っているようです。

普段は、掃除や片付けを邪魔することは
ありません。
邪魔になったとしても
「そこどいて!」と言えば
直ぐに、サッとどいてくれます。

なのに…、何度言っても動かないのです。


涙が出そうになりました。😢

こんな小さな身体で
母のことを心配している。
私が、母の寝具を片付けてしまったら
母が帰って来た時に、
寝ることが出来ないと
思っているのだろうか?

結局、その日1日
リュウは、母のベッドから
殆ど、動こうとはしませんでした。😢⤵️⤵️





その事を母に話すと
「あの子は、あまちゃんやからな。」

そう言って黙り込んでしまいました。





母が入院してから
母を支えたり、持ち上げたりしなくなって
私の腰は、段々と良くなっています。

今朝は、コルセット無しで
出勤しようか?…とも思いましたが
油断大敵と思って、念のためつけてます。

私の腰を労って、
母は入院してくれたのかな?

そう思うようにしていても
病院で主治医に言われたことが
頭から離れません。

無事に帰って来れないのだろうか?


腰痛が治まって、寝れるようになったのに
2時間毎に、目が覚めてしまいます。

心配性の悪いパターンに
嵌まってしまったようです。トホホ…








今回も、長い、長い話を
最後まで読んでいただいて
本当にありがとうございます。



気持ちの浮き沈みがありますが
ボチボチ、皆さんのところにも
おじゃまさせていただきますね。🍀




水曜日の朝…寝起き…

いつものルーティン通り
先ずはトイレへ…🚽


パンツに手を掛けた、その時…
にっぶぅーい痛み
私のヒップを撫でました!

🙄あれ?

…と思いながらも、気にせず
便器に座った途端

ぎゃぁぁぁー!😵💥

ガラスの腰が悲鳴を上げました。





腰痛生活 の始まりです。😢⤵️⤵️
(注)通販生活ではありません。





ウエストには、コルセット!
ヒップには、固定ベルトをガッチリ巻いて
ガチガチに固めていますが
それでも痛いです。😖💥



ノロリノロリとしか動かれへんから
当然、やること全てが遅くなり、
寝るのも遅くなります。💦

やっと、布団に入れても
どの向きに寝れば、痛みがないか
見つけるのに、一苦労します。💦💦
寝返りも簡単には出来ないからね。

やっと見つけた!
…って思っても、寝落ちする前に
また、痛みが出て来ます。😢⤵️寝られへんやん!




腰をかばっているせいか
背中、肩、足の付け根…で
痛みのカルテットを奏で始めました。😵💥


寝不足で、頭も漬物石のように重いです。




痛い、痛い、痛い、痛い…😫




考えた末…

空いている時間は、
少しでも寝ようと思います。



ちょっとの間…(痛みが治まるまで)

妄想旅行に出掛けます。👜
無事に帰って来たら
また、遊んでやってください。🙏








先週は、瀬戸内も30℃を越える
真夏日となりました。

まだ、6月なのに…
梅雨はどこに行ってん?
などと思っていたら…

土曜日は朝から小雨模様の
瀬戸内となりました。🌂



そんな雨の休日だったので

「紫陽花を見に行こかぁー!」🚐💨

相方と神戸の公園巡りをしました。



先ず、向かったのは
名谷あじさい公園











紫陽花の向こうには
野球少年たちの活気ある声が
響いていました。⚾

でも、「あじさい公園」って割には
紫陽花が少なかったです。🙊



紫陽花以外の花も
いっぱい咲いていたのですが
名前が分からず…🤷‍♀️ハテ?




雨上がりやったから、花と雫ちゃんとの
コラボも実現出来ました。😆




公園内にある丘の上は
一面に白い花が咲いていました。


🎶シロツメ草の花が咲いたら
     さぁ、行こう、ラスカル…🦝

…って、歌ってしまうのは私だけ?(笑)







次に向かったのは…🚐💨


舞子にある、苔谷公園
めっちゃ広いです。

                                                                                   借用画像

⬆️この緩やかな坂の上からは


明石海峡大橋に続く
トンネルの屋根は見えますが
肝心の橋がマンションに隠れています。💦


また、さっきの坂を下りて
少し横から見たのですが…



イマイチ!




諦めて、車で移動しました。🚐💨



着いたのは、明石の
大蔵海岸公園



やっぱり、明石海峡大橋は
横から見るのがいいですね。👍️(笑)




こうやって…
グルグルと公園巡りをしたのですが
公園内を2人で散歩している時、
相方は、マスクをしていません。

そんな相方を、スレ違いざま
怪訝そうにジロジロ見る人がいます。

スレ違うと言っても、広い公園です。
互いの間隔は、5mはありました。



コロナが騒がれ出した頃…
外でマスクをしてくれない相方のことが
正直、嫌でした。

だけど、相方は鼻腔が人より狭いようで
どうしても、口呼吸になってしまって
マスクをすると息苦しくて
たまらないようです。

建物内は、さすがにマスクをしますが
出た途端、慌ててマスクを外すと
ゼーハーゼーハーと苦しそうに
肩で息をしています。

その様子を見ると、私も強く
「マスクをして!」とは
言えませんでした。





そして、私も…

建物内に入る時
出入口に設置されている除菌スプレーを
私は使いません。

プッシュして除菌している人の側を
何もせずに、スッと店内に入ったら
私の背中に向かって
「あの人、除菌してへんで💢」
聞こえよがしに言われたことがあります。

聞こえないふりをして
そのまま進みましたが、胸のうちは
モヤモヤが広がります。😓




昨年の5月頃
蕁麻疹の治療で、皮膚科に通っていたので
ついでに、手荒れも診てもらいました。

冬場なら、手の甲が粉を吹いたみたいに
なって、指の内側の関節のところが
パッツンと割れてしまうことは
時たまありましたが
5月にそんな状態になったのは
初めてでした。


ドクターからは
「アンタは、絶対に
    アルコール消毒したらアカン!」
そう言われましたが…
周りが、消毒してから店内に入るのに
自分だけしないのは気が引けて
プシュってしていました。💦

でも、翌日には、手がカサカサになり
次の日には、パツンと割れてしまいます。

1度割れると、薬をつけても
1週間は、パカンと傷口が開いたままで
ズキズキと痛みました。😖💥


やっぱり、私はムリや!😞



コロナの感染が広まった頃、
感染者やその家族、
また、医療従事者に対するコロナ差別
問題になりました。

私の職場でも、現在24名の感染者が
出ていますが、
その名前は、勿論、所属部署も
明かされていません。

感染者への配慮が、少しずつ進む一方で
訳があって、マスクや消毒等の
感染予防が出来ない人がいるということは
周知されていません。

だから、「非常識人間」
決めつける人がいるのです。

少数派ってのは、いつも立場が
弱いですよね。💦













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