エピローグ


今でもたまに思い出す。あの夜以来まだ見る事のないあのコージの表情。突き付けられた現実への不安と徒労感に押し潰されそうだったメンバーは、もしあの時コージが弱音を吐くのを聞いてしまったとしたらどうなっていただろうか。それを理解しているからこそ、コージは何も言えなかった。いや、言わなかったのだと思う。コージは先頭に立つ人間が言ってはいけない言葉を本当によくわかっている。

僕達 Xmas Eileen はこれからいくつもの〝聖なる夜達〞に出会うだろう。一夜でも多く出会う、その為に生きている。あの観客数がたった五人だったファーストライブ。その何千倍、何万倍のお客さん達の前で笑いながら聞こう。

「あの時、諦めよっかな思たやろ?」

おそらく僕達 Xmas Eileen のリーダーは笑って答えるだろう。

「あほか、こっからどうカマしたろかな思てたんや!」

そう、いつかの聖なる夜に。
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Kiss me Kill me Tonight 編


僕達 Xmas Eileen の代表曲の一つとも言える『Kiss me Kill me Tonight』は最初のMV(ミュージックビデオ)制作曲である。ファーストライブで、後に糧にはなるものの苦い経験をしていた僕達は、「やっぱり広げるにはMV作って、まず見てもらわんと。」 と、MV制作に乗り出した。

曲はコージとオトザイ君とヒデが Xmas Eileen として初めて作った『Kiss me Kill me Tonight』にしようということになった。この曲のタイトルが決まった時の事をよく覚えている。 初めて曲を聴いて、イントロのギターが印象的だなと思った。

「ええやん、ノリええしカッコええわ。」 「曲名どうしよか?」

そんな話になった。誰かが言った。

「Kill me Tonight は?」 
「なんかホラー映画みたいやん、怖いわ。」

また誰かが言った。
「Kiss me Tonight は?」 
「なんかポップすぎるなー。夜のラジオ番組みたいやん。」

コージが言った。
「Kiss me Kill me Tonight にしよう。」 

全員が言った。
「それ、めちゃカッコいい!」

僕は思った。 『なんて単純なヤツらなんだ。』
これが今でもライブにはかかせない僕達の代表曲『Kiss me Kill me Tonight』が命名された瞬間なのである。 しかしメジャーデビューどころか、その頃まだ事務所スタッフにさえ出会っていなかった僕達には気持は溢れるほどあっても予算・・・。つまりお金は呆れるほど無かった。ただ、機材や撮影自体は映像ディレクターのテラがいる。数々のインディーズバンドが必ず直面するであろうその難点については僕達には本当に強み があった。しかも腕は、長年の付き合いで立証済み。そして撮影場所も、
「コージさんが新しいことを始めるのなら力になりたい。」 と、タイキの知り合いが場所を無償で提供してくれた。とはいえ後は本当に手作りである。今だから笑って 話せる事実なのだが、『Kiss me Kill me Tonight』のMVを観てもらえれば分かる通り、全員揃っている映像が無い。それは、撮影場所自体がライブハウスではなく、小さなステージがある飲食店だった為、七人全員が並んで立てないということもあるのだが、ぶっちゃけた話、誰かが演奏しているのをテラが撮影する時に、 別のメンバーが照明を当てたりする必要があった。そしてふんだんに使われているスモーク・・・。あれに ついては、そのシーンに映っていない他のメンバーが足元に寝転んでタバコをふかしまくっていたのだ。

「吸い過ぎて頭がクラクラする。」

そんな理由でしばし撮影中断なんて事が何度かあった 。そんなエピソードも含めて、僕達にとっては超思い入れのある初MVとなったのである。
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ファーストライブ編


各パートが決まり、コージとコンポーザーのヒデ、オトザイ君が次々に作った曲を固めていくうちに、 ファーストライブが決まった。ただ、こんな事を言うと本当に失礼かもしれないが、まずはお試し的な形で ライブがしたかったので知り合いにお願いして今までに活動していたところから少し離れた、僕達を知っている人が誰もいないライブハウスのブッキングライブに出演させてもらう事にした。
「最後の勝負として、元○○ではなく一から始めよう。」 その考えのもと始めた為、知り合いにも一切知らせる事無く顔もマスクで隠し、各メンバーの名前もノーネー ム。それではフライヤーに Xmas Eileenと載せても勿論、誰も知らない。僕達のお客さんなんて来るはず もないのに出演させてくれたイベンターさんやライブハウスには本当に感謝している。しかし、曲がりなりにも以前まである程度の数のお客さん達の前でライブをし、フロアとの一体感やライブが盛り上がっている 時の楽しさを知ってしまっている僕達にとってゼロからのスタートという『現実』は、分かっていたつもり ではあるが重すぎたのも事実だった。 それはそれで個人的には好きなのだが、超アンダーグラウンドな雰囲気を醸し出すライブハウス。これから 目指していく場所とはまた趣向が違った空間だった。平日の繁華街ではないごく普通の駅にあるライブハウ スだった為、そのライブハウス自体の常連さん = 所謂『ハコ客』もほぼいない。数人だけいた『ハコ客』もバーカウンターで馴染みのスタッフさんとお酒を酌み交わしているだけでライブを見る様子もなかった。情けな い話なのだが、初ライブを前に僕のテンションが下がるには十分な環境だった。
とにかく準備をして出番となる。が、SEが鳴ってステージに出ていくとフロアを見て愕然としてしまった。

「・・・フロアより、ステージの方が人多いやん。」

そう、僕達 Xmas Eileen の初ライブの観客数はたった五人だったのである。決して広くはないスペースに、 ただでさえ少ないお客さん達が点在している為、余計に『ガラガラ感』を醸し出している。人口密度的には どこかの離島レベルである。仮面をしていても、一番最初にステージに出た僕の戸惑いは隠し切れていなかったかもしれない。実際フロアにいたお客さん側も突然仮面とトレンチコートに身を包んだヤツらが七人も出てきて、興味と驚きが混在している空気感があった。ライブが始まっても後ろの方でボーッと見ているか、 よく見ないと分からない程、わずかに体を揺らしているだけだった。僕に至っては、誰を煽っていいのかわ
からない状態だった。今思えば地獄絵図である。今ではワンマンライブでのロングセットでも最終セクションに入る時に、 

「アレ?もう終わりか。」

と感じるぐらい楽しんでやれているのだが、正直な話、この時はたった三〜四曲のライブが物凄く長く感じ られた。今のライブとはまた違った冷たい汗でびしょびしょだった。『精神と時の部屋』の様な二十分弱の ライブが終わり、狭い楽屋で誰一人声を発する事無くコートを脱いだ。どこからともなく溜息さえ聞こえたが、 みんな少しでも早くこの空間から抜け出したいと思っていたのだろう、そそくさと汗を拭き私服に着替えるのを急いでいるようだった。その場でただ一人コージだけはコートを脱いだまま椅子に座ってずっと天井を見ていた。

あの時の表情を、僕は忘れられない。

いついかなる時も、恐れを知らず前向きに攻めの姿勢を崩すことのなかった彼が初めて見せたあの表情。長年の付き合いの僕でさえその時は聞く事ができなかったが、 もしかしたらあの時生まれて初めて『これは無理かもしれんなあ』と思っていたのかもしれない。
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