こんばんは、天海蓮音です。
今日は少し暗いような、寂しいような、でもどこかパワーがあるお話です。
途中で苦手だと思ったら戻ってください。


━2019.3.26.14:03 とらお 享年17歳8ヶ月━

初めての出会いは、今でも私が仲の良い2歳からの幼なじみ、Cの家に私が学校へ行く途中、ありきたりの「一緒に学校行こうー!」の何気ない毎日の初夏、6月30日の事。
玄関先からでてきた友達のおじいちゃんは、友達を呼んでからちょっと待ってねと振り返りその手の中にはまだ子供の片手に十分収まるサイズの虎茶の子猫がいた。

「その子、どうするの?」
ふと聞いたら、親猫に捨てられてたから捨てに行こうかなと思って。と言われその頃から動物大好きな私にとってなんの躊躇いもなく、「私が連れて帰る!」
と言い、ランドセルを背負ったままその子を両手に抱え自宅に猛ダッシュ。
玄関開けてすぐにお母さんが出てきて、何してるの?ときょとんとしてる顔に「この子!飼うから!」とだけ伝え託し、学校へ向かった。
その日は一日中早く学校が終わらないかソワソワして、終わった瞬間家に帰ったのを今でも覚えてる。

帰ってきて、すぐに「どう?」と聞くと、まだ目もあいてない産まれたばかりの子だと判断した母はスポイトと猫用のミルクが用意されており、その日から仔猫との生活は始まった。
動物の名前はずっと私が決めていたんだけど、その茶トラの男の子は手がとても大きかったのでトラになる!と思い「とらお」と名付けた。

とらおはみるみる名前の通り大きくなり、家族みんなに愛された。
中でも私ととらおはずっと一緒だった。
まだ幼かった私はとらおと毎日遊んだ。
紙で作った冠を頭にのせたり、お絵かきしたのを見せたり。
その頃丁度カメラ撮影ができる機能を搭載した携帯が登場した。
その携帯で一番最初に撮影したのがとらおだったのもよく記憶に残ってる。

それから3年頃の月日が流れると私の両親は複雑な形で離婚をした。
母の再婚相手も実の父も気性が荒く、しょっちゅう警察官が家に来ていた。
怖くて、とらおと一緒に隠れていたのを今でも覚えてる。
私が泣いていると心配してずっとそばにいてくれた。
毎日私の腕枕で寝ていた。

そんな毎日を過ごし、私は子供を20歳で産んだ。
しばらくは母と娘と私だけでの暮らしをしていたが、25歳の時に母との距離感が掴めず別々に暮らすことになった。

とらおは、母がひきとった。
私はほかの猫達をひきとった。

とらおはどんな猫よりも大きかった。
名前に相応しくとらのような猫だった。
正直、とらおも引き取りたかったが私は少し離れた場所で生活をすることが決まっていた為とらおの歳の負担も考え移動距離の短い母に託した。

度々、私の娘が私の母の家に泊まりに行くととらおは相変わらず娘の遊び相手になっていた。
冠を頭に乗せられたり、お店やさんごっこに付き合ったり。
もちろん寝る時は娘の腕枕で寝ていた。
娘が泣くとずっとそばにいてくれた。
面白いくらい私と一緒の道で少し大人になったとらおは娘の面倒をよく見てくれていた。

そして、2019年の3月、母から一通のメールが届いた。
「とらおそろそろだから、会いに来てね。」
その内容に私は仕事が忙しいと理由をつけてあまり会いに行かなかった。
その頃から私の心の調子もなんだか悪かった。

今思えば、とらおがそろそろ寿命だと言うことを信じたくなくて向き合いたくなくて逃げていただけだった。

先週の水曜日 2019.3.19 向き合わなきゃいけないことに気づき、心構えをして会いにいった。
とらおは痩せてはいたものの思ったより元気な姿で私を出迎えてくれた。

でも、トイレに行く時 ご飯を食べる時 5歩なんとか歩いてはへばるの繰り返し。
腹水も溜まっていた(腹水も血液の1種だから年齢的に抜かない方がいいと医師から診断されていた)

それを見た私は、とらおとの出会いから今までのこと全てをとらおに語りかけた。
ずっと目を見て聞いてくれて、飽きると寝ていた。
プレゼントで持っていった大好きなおやつも食べてくれた。

「3月いっぱいは大丈夫だね。」
私も母もそう思った。

次の日に鎌倉の鶴岡八幡宮へ行った。
長生きしてとはもう言わない、ただ苦しくなく辛くなく最期を迎えられるように、そしてまた会えるように泣きながら手を合わせた。
ペット御守りを貰った。
飼い猫にあげる用のものと飼い主がもつ用のものがあり、いつも首輪で身につけていた青色を選んで、30日に渡しに行こうときめていた。

一昨日 2019.3.25 母からもうあまり動かないという連絡があった。
目を逸らしたかった。
水も飲まない、何も口にしない、匂いをかごうとするがおやつも食べないと。

思ったより早くその時が来てしまった。

そして、今日 2019.3.26
午前中に自宅を出てとらおがまつ母の家へ向かった。
体調を聞くと、もう寝返りも打たない、おやつの匂いにも反応しないと言っていた。

心を決めて母の家に行き、着いたのが13時半頃だった。

家の中に入ると、好きな椅子の上にいるとらおがすぐ目に入った。
正直、だるくて何も口に出来ないだけなんじゃないかと思っていた私はスポイトやシリンジで水やおやつを与えようと思っていた
今日のとらおを見るまでは

とらおが寝る椅子の前に私が座ると深く呼吸をして一点を見据える目、少し空いた口にトイレに行けず漏らしてしまった痕跡があるとらおがいた。

それを見た瞬間に私は現実を受け入れざるを得なかった。
瞳孔もほぼ開き、もう今にも息が止まるという寸前だった。
深い呼吸は30分続いた。
私が話しかけると頷いてるように見えた。
目は乾き切ってたが私を見てるように思えた
何回か小さな声で返事をしてくれた。

御守りの話をして、お守りを渡した。
辛くないか苦しくないか、泣きながら何度も何度も聞いた。
ずっと頭を撫でながらまた何度も出会った時の話や昔の話や今の私の話をした。

2019.3.26 14:03

急に一瞬息が荒くなって、スーッとお腹が凹んでいった。
呼びかけにも反応せず、耳を触っても反射神経が働いてなかった。
息を引き取った瞬間だった。
10歳の頃からよく泣く私に17年もの間泣けばそばいたとらおは、最期の時まで変わらなかった。
いかないで欲しかった。
もっと沢山話したかった。

もうこれでもかってくらい、声を上げて泣いた。
どうしても、信じられなくて本当は生きてるんじゃないかと何度も何度も確認した。

息を引き取ったのは、私が家に着いてから30分の事だった。
まるで、待っていてくれてるようだった。
最期の最期まで、泣く時は自分のそばでと思ってくれていたんだね。
優しくて可愛くてフワフワで、沢山慰めてくれて元気をくれたとらおのことはずっとずっと忘れない。

愛するとらお。

別れてしまったけど、これは本当の別れではないと思ってる。

あまり泣いてたら安心して天国へ行けないからこの日記を記した後から私は泣く事をやめて強くなるね。
とらおはいっちゃったのに、生きるパワーを凄く貰ったよ。
家族の大切さを教えてくれた。
こんなに頭のいい猫、親バカからしたらもういないかもしれないけど、とらおはずっと私の心の中で生き続けている。
だから、前向きに
とらおのぶんまで人生を全うするよ。
神様がくれた最後のチャンス
生まれた時も最期の時も私の腕の中にいてくれて有難う。
長生きしてくれて有難う。

また逢えるよ、絶対にね。
ずっとずっと愛してる。
私の心の中でとらおは生き続けている。
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