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画像は、知る人ぞ知る、
仙台駅隣、アエル2Fに入っている
ホシヤマ珈琲店の入り口。



ここは、珈琲を淹れる人が
お客さんのイメージのカップで珈琲を出してくれる。
リクエストしたカップでも出してくれるそうで。



なので、毎回「さて、今日はどんなのかな?」
とワクワクする。



昨日は、東京から編集者が
わざわざ仙台まで来てくれて、
どんなカップが出てくるか楽しみに。



二人ともお揃いのカップが出てきたんだけど、
模様も何もないシンプルなカップ。
彼女はイエローで私はレッド。
ちょうど私はレッドのバッグを持っていたからかも。
彼女がイエローであるのは、なんとなくわかる。
確かに明るい彼女のイメージに合っている。



誰がカップを決めているのか?
店に入った途端に、珈琲を淹れる人が
直感でキャッチしているんでしょうね。



落ち着きた雰囲気のカフェであり、
仙台にしては1杯1200円というお高い珈琲だけど、
ゴージャズなカップと、
イメージで出してくれるという
小さな小さなそうしたサービス・・・
女性はそんなのが好きだったりする。



他人から見た自分のイメージを教えてもらうって、
意外に面白かったりする。
そして不思議と長年付き合っている人でも、
初対面であっても大体そのイメージは
当たっていたりする。



でも、なぜか私はよく
多くの人に言われることとして
「つかみどころがない」って。
「よくわからない人」。



自分でもわかる。
本当につかみどころがないから(笑)
そして、自分でも自分がよくわからなかったりする。



二面性どころじゃなくて多面的なのかも。
多面的だからこそ、私自身のイメージを
他人が言う時には、たいていの場合、
その人の中にあるものを言う人が多いかな。



例えば、タバコを吸っている人には
「ワタナベさん、タバコ吸っていますよね?」
って言われるし、人が大好きで
人といつも飲みに行っている人には
「ワタナベさん、なんかいつもみんなで飲んでそう」
とかも言われるから。



本当の本当の自分は、
案外自分でもわからなかったりするんだわね。
ニュートラル過ぎて、自分がなかったりするし、
こだわり過ぎて、頑固なところもあるし。



兄にはよく私は「平均的な人」 と言われる。
これはまさに自分でも納得できるイメージで、
すべてのことで、突き抜けているものがなく、
本当に平均であるとよく思う。



平均的であっても、続けていれば
何とか形になるってあるもんだな、と。



作家になってまだたったの3年。
こうして本を出し続けられるのも、
毎日ブログを書いているからなんだと思う。
継続は力なり、って本当だね。