月別アーカイブ / 2016年09月

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画像のブラウスは今季の
テロンテロンのベージュのブラウス。


大人になってから、
ベージュの色がすごく好きになった。
特に43歳以降。


2年くらい前から、
またベージュ熱が上がってきて、
ニットやらシャツやらコートやら
ベージュばかり買うようになった。


時に戦闘的になり、
トップス以外のファッションアイテムは
レッドだったりするんだけど、
なぜか長きにわたり
ベージュが本当に好き。


ヌーディーなベージュには
色気さえ感じる。


特にルブダンのエナメルのベージュは
ルブダンでしか出せない特殊で
クシーなベージュ。


ベージュって、安定とか穏やか、
という意味合いがあるらしいけど、
目立たない自然の色でもあるから、
逆に、この色を好む人は自信があったりする、
って何かで読んだことがあったけど、
ある意味当たっているかも。


なぜなら、好んで着るようになったのは、
43歳頃と書いたけど、この辺りから
会社を法人化させ、仕事に興味が
すごく沸いてきた頃だから。


昔は全くベージュには
惹かれたことがなかった。
むしろ、黒とかグレーとか暗い色ばかり。


昔は、もっと性格が明るかったから、
無意識にバランスを取っていたのかも。


しかし、ここ最近、安定しているのか
内なるところの自信がついてきたのか、
ベージュを着ることで本来の自分になれるような、
そして、落ち着く、癒される、そんな気がした。


これからどんどんベージュのような人生になると思う。
あ、セクシーって意味じゃなく(そうありたいけど)。


目立たないけど、
自分流、ありのまま、
そして自然な生き方に・・・


話はイキナリ変わるけど、
トップスのベージュって
質がいいものじゃないと、
安生地はバレバレになるから、
何か購入する時は、クオリティの高いものがお勧め。


といってもこれは
1万もしなかったけど(笑)
最近のお気に入りのブラウス。
これを着るとなんとなく女性らしく
見えたりするから不思議。
 

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昨年からマイケル先生の未来手帳
というのを執筆させていただき、
今年は2年目。


最初の年に
大体のフォーマットができていたので、
2年目はブラッシュアップして
世に再び送り出すことができた。


しかし、出来上がってみると、
また「あれ?これが抜けてた、
あれも入れたかった、
次回はあれを入れよう・・・」などど、
手帳を見ながらあれやこれやと考える。


ああ、こうやってもっともっといいものが
できていくんだろうな、と思った。


昔は手帳を使っていたけど、
今はあまり予定がないものだから、
手帳を持ち歩くこともなく、
予定はすべて自宅にあるカレンダーと
iPhoneのスケジュールで間に合っている。


じゃあ、執筆者である当人は
マイケル手帳を使っていないのか?


いや、使っています。
リストとあとは、ありとあらゆる余白に、
思いついたアイディアや、
今月の注意すべきことや、
やっておくべきことなど、書くだけで、
脳内インプットにもなるので、活用活用。


それだけで行動力が上がったりするのでね。


「手帳を使いこなせない!」
と嘆く人もいるけれど、
こなせなくてもいいんじゃないかな?と思う。


そして、書き出しが苦手な人も多いけれど、
苦手というレッテル、ブロック、
思い込みを外してみる。ただ単に癖なだけ。


自分に向き合うことを
今までしてこなかったりすると、
質問に答える、というのが慣れていないだけ。


やるとね、面白くて案外はまったりするから。


この手帳に限らず
書くと動きたくなる、というのは本当で、
脳内予習をやっていることになるから。


この脳内予習はそう動きたくなる、
という特性があるから、前日、または
早朝のToDoリストなんかはすごくおすすめ。


今回は金運アップの
落ち着いたゴールドなんだけど、
カバーは好きなのをつけてね。
持ってテンションが上がるのがおすすめ。


私は昨年のやりたいことリストが
結局今の時点で60個しか書いていないけど、
それでも、今まで先送りしてきたこと、
やりたいと思ってても
やれなかったことの多くが実現。
書くって素晴らしい!


先送りをやめると
人生が変わる!

先送りをやめる




FullSizeRender (96)

誰もが「マンモスウレピー!!」(死語)笑
みたいなこと以外に、
ほんの小さな喜びや嬉しいな、
と思うことが日々あると思う。


本当に本当に小さなことが。


例えば、我が子の寝顔を見て、
ホワワ~ンとした幸せを感じたり、
欲しいと思った本が買えて
好きなカフェオレ飲みながら読める喜びとか。


はたまた、いつもの道を歩いていて、
秋の風が気持ちよくて
空が青くて幸せ感じたり、
何にも、本当に何にもないのに、
洗濯してて外に干している時に感じる喜びとか・・・


ところがだよ?
こう言う小さな喜びに目を留めようとしなくて、
ついつい目に見えるものばかり追ってしまうとか、
はたまた忙しすぎて、こう言う小さな幸せを
感じる余裕が持てなかったりとか・・・


こう言うことって、
小さいからあってもなくてもいいや、
ではなくて、小さいけど、
人生の中でこういう小さな幸せと喜びを
いかに多く拾えるかで、
人生の質が全く違ってくるものだと実感。


それは私自身が20代、30代の時に、
忙しすぎて、自分を省みる時間も持たず、
空が青いことも、蝉の声が聞こえることも、
通勤路に生えている木の葉っぱの色が
変わっていくことさえも見えないくらい
殺伐とした生活をしていたから。


物質的な世の中にあって、
目に見える幸せの形ばかりを追おうとするのが
いつの時代も流行っているけど、
しかし、本当はそうじゃなくて、
どんな環境であっても、こういう
小さな喜びと幸せが拾えるかどうかで、
人生の質は決まってくるものだと、
50歳目の前にして本当にそう思う。


今、コーヒーを飲みながら、
これを打っているけど、こういう時間もまた
小さな喜びだなと感じる。


静かに流れる時間で、
足元にはマイケルがデーンと寝てて、
そして挽きたての豆で淹れた珈琲を
飲みながらの執筆。


これまた日常の小さいけれど、
とんでもなくありがたいことだと
改めて感じる日。

 
さて、今日は午後から
いくつの小さな幸せと
喜びを拾うことができるでしょう?
このクセづけが、大きな幸せを引き寄せる
ポイントとなってくるんだわね。
 

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