なんか色んな複雑な事などがあった時、
友というのは、本当にありがたい
存在だと思う事多々あり。


「最近どお?」たったこれだけなのに、
こちらの何か苦しそうなところを
読み取ってくれている。


特に、根掘り葉掘り
聞いてくるわけでもなく、
ただただ寄り添うその気持ちが嬉しくて。


そしてその心に、
温度までバイブレーションで
伝わってくるかのよう。


カウンセリングの基本も、
アドバイスをする事ではなくて
「寄り添うこと」。


それだけでなぜか、
重い荷が半分の軽さになったりする。


あなたが弱い時、私には力があって、
私が弱い時、あなたは力がある。


距離はいい感じに離れていて、
かといって、超離れているわけでもなく、
くっついているわけでもない。


この言語化できない
微妙な距離感もまた
本当に心地いい。 

FullSizeRender (73)


時々、なぜか親指にリングを
無性にはめたくなる時がある。


それはまるで、
ほとんど肉を口にしない私が、
無性に肉を食べたくなった時や、
赤いアイテムが無性に何か欲しくなった時と
似ている感覚。


右手の親指はダメ。
ペンやお箸を持つ時に、
リングにカチカチ当たって非常に邪魔だから。
親指リングは左と決めている。


2009年、指から色々なことを読み取れる
不思議な力を持つ男性に会ったことがあって、
その時に彼は私にこう言いました。


「親指リング、やめたほうがいい」と。


理由を聞いたら、闘争的であり、強すぎるから、
みたいなことを言われたんだったかな。


意味はなんとなくわかったんだけど、
その時の私は無性に親指にしたかった。
つまり、それが潜在意識からのメッセージ。


女性なら、小指にする
ピンキーリングなんて可愛いのに、
なぜかピンキーリングに惹かれたことはない。


左にする親指リングの意味は、
信念を貫きたい、とか
目標を達成したいときなどにいいらしい。


だけど、ちょっと女性性に欠けるイメージでもある。
確かに女性がするには強い感じがするのと、
人とちょっと違っている人、
クリエイティブなビジネスをしている人には
似合うような気がする。


・・・何も知識がないけど、
これは私の感覚、直感。指輪をどこにしたいかの感覚、
ちょっと大切にしてもいいかも。


なぜ、人差し指にしたいんだろう?とか、
なぜピンキーリングが欲しいのだろう?とかね。


あとで意味を調べた時に、
自分が欲していた何かがわかったりするから。


FullSizeRender (69)


画像の巨峰は母が作った巨峰。
母、巨峰歴約10年。


たぶん。毎年毎年、作ってるんだけど、
その年の気温や土の具合によって、
出来具合が全く違うようなきがする。


今回はあまり良くない方。
粒の大きさがバラバラ。


毎年試行錯誤して作っているみたいだけど、
何せうちは山の中だから、
この甘い巨峰はハクビシンに
狙われるものでもあるらしい。


いかに食べられないようにするかが毎年の課題。
母とハクビシンの戦い(笑)


母は、畑をやっているだけど、
どうもフルーツにチャレンジするのが好きみたい。
キウイとかブルーベリーとかスイカとか。


しかし、巨峰は結構長くやっている方。
売っている巨峰と違って、形もバラバラ、
大きかったり小さかったり。


しかし、なぜか売っているものと違って
安心して口にできるし、そして、
やはり、一番思うのは、
リウマチで体が思うように動かないのに、
一生懸命作っている、ということ。


人は一生懸命
何かをやっている人に感動するのだけど、
まさか、自分の母にそれを感じるとは
思ってもみなかった。


きっとあの思うように動かない手で
剪定も大変だろうし、収穫も大変なはず。


先日、マイケルを預けに行った時も、
袋にたくさん入れて二袋、
「ほれ、持ってけ」と持たせてくれた。


「一袋でいいよ」と言ったけど、
「いいから持ってけ」って譲らない。


簡単にできたものじゃないって、
知っているから食べる時も、
いろいろと考えて食べてしまう。
ちょっとジワワとなったりもしてね。


この歳になり、
両親にお小遣いをあげるときが楽しみになってる。
それでも私は時々、親不孝者だな、
と思うことも多々あり。


自分の人生だから
自分の苦しみは自分で背負います、
と思っているんだけど、
自分が苦しいことで母にこれまで
何度痛みを与えたことだろう?と思うと、
未だに胸が痛む。


母の晩年は穏やかであってほしい。
それは私の幸せにもかかっているような気がして。


私が幸せでいることが、
母の幸せにも100%じゃないまでも、
多少はつながっているから。
 


↑このページのトップへ