月別アーカイブ / 2016年02月

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メインの撮影部分が終わって、お世話になったPeterさん夫妻と食事に行った。夕食までの間に今まで撮った写真をおおまかにセレクトして、レストランでスライドショーができるようにした。いつもはしないんだけど、Peterさんたちにどんなことをしていたのかを見せたくて異例のやり方。

アペリティフ代わりにみんなに見せて喜んでもらえたので疲れも吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶというのは比喩なので、テーブルの上には特に何も飛んでいないと付け加えておく。

この前、桐島ローランドさんに「アニはテザー撮影はするの?」と聞かれた。「絶対にやらない」と言うと「さすが大御所は違うね」とイジられた。テザーというのはカメラとモニタを繋いで撮影することで、クライアントがモニタを眺めて、いいとか悪いとか言うスタイル。別に偉そうにしてるわけじゃなくて、俺は撮っているときに自分のペースが乱されるのがすごく苦手なだけ。

自分がデザインする場合は、最終的にどうレイアウトするのかまでを考えている。その条件で考え得る選択肢を検証してからひとつずつ排除して最後のアングルを決めているから、周りでモニタを見て「こうしたらいいんじゃないか」と何段階も前に却下した話をされると凹む。

そのアイデアは俺より先に進んでいない限りは取り入れる意味がない。ライティング、焦点距離、絞り、シャッタースピード、すべての集合がひとつの写真になる。ここを横から撮ったら、みたいにひとつのことだけを思いついたように言われても困るんです。

俺が仕事を引き受けるときには、ほぼすべてセレクト前の写真も見せない。使うのが1枚なら1枚いいのがあればいいんだからね。現場で確認していい写真がなく、クライアントや代理店がモニタを見ながら指示するんだったら、そのカメラマンをクビにした方が早い。モデルだってモニタの前に座っている人たちがNOばかり出していたらカメラマンの指示に戸惑ってしまう。

あとで写真を見たとき、みんなが同じように見ていた状況が「こんなに素晴らしく写っていたんだ」と感激させられないのなら、カメラマンなんてやめた方がいいと思ってるよ。

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いつも読んでいただいている方々に、スコットランドの地から残念なお知らせをしなければならないことをお詫びします。心臓の弱い方、お食事中の方は、これより先をお読みにならないよう、お願いします。

ただいま朝の6時。5時に目が覚めた。時差ボケではないけど、普段地獄のように不規則な生活をしているので、きちんと三度の食事をとり、ベッドで水平になるとあまりに快適すぎて熟睡し早起きしてしまう。こんな日が続いたら、最悪の場合は健康になっちゃうよ。

さてそんなヘルシーな昨日。午前中の撮影が終わり、博物館内にあるとは思えないほど快適なカフェテリアで美味しい食事をした。次は海岸に移動して撮影、というときのこと。この場合、確認しておくべきは「ドライブ・ロング?」だよね。移動撮影中には建物があるところで早め早めにトイレなどを済ませておくのが基本だ。

誰かの「トイレに行っておこう」という言葉を耳にしながらも、自分だけはなぜか平気、という過信、傲慢さに囚われていたのだろう。あのとき博物館のクリーンでデザイン性の高いトイレに行っておけば良かった。そう後悔してもあとの祭り。

1時間ほど山道を走る振動でシェイクされた「ほの暗い内臓の底」から違和感がこみ上げてくる。あれ、これはまさか。いやいやまさか。ロケ場所についていざ撮影が始まると集中して無になり、ほの暗い場所に何事もなかったかのように軽やかにシャッターを切り続ける。

ここで今日の撮影は終わりなので、みんなは記念写真を撮ったり、思い思いにのんびりビーチで貝を拾ったりし始めた。いや、早く帰ろう。街に戻ってトイレに行きたい、それどころか目の前の駐車場に停めたクルマまでも俺の下半身はもたないのではないか、これは数年前のスイス事件と同じ結果になるのでは、などと頭がクラクラしてきます。

女性ばかりの現場でエレガントに振る舞う余裕さえなくなったので諦め「俺、トイレに行きたいです!」とスラムダンクばりに宣言すると「草むらでやればいいじゃん」とみんなの軽い反応。水分だけの方だったら誰にも言わずに隠れてやってるっつーの。自己顕示欲満載の方だから困ってるのに。諦めたらそこで漏れちゃう!

さすがに俺のスクランブルな表情に気づいたのか「鼻セレブ」を渡され、俺はほとんど身を隠せない草むらの陰へ。52歳になりましたがシェットランドの快晴の空の下、おケツを出す運びとなりました。「犬のうんち禁止」と立て札がある場所で、50代の東洋人が脱力しながら脱糞している。これはありなのか。一瞬の罪悪感と恥ずかしさと爆発的な開放感。頬をなでる風、波の音。日本製ティッシュの上質な肌触り。これはまさに「尻セレブ」と言えましょう。

供養のために、ハムスターが死を迎えたときにやるようにそっと小さな枝を立てます。これが俗に言う「野グソの墓」というやつです。スイスのロケでも一度、壮大な大草原で便意をもよおし、どこまで行っても隠れる場所すらない中での野外フェスという蛮行に及んだ経験があります。しかし物心ついてからの野外フェスはたったこの2回だけです。俺は都会の人間ですからとにかく子供の頃であろうと野原でなんかしたことがないわけです。それが40過ぎてから二度も。これは円熟と言うよりも、加齢による何かの崩壊を感じます。

スコットランドの大自然、この感動的なまでに素晴らしい植物や動物の生態系に、自分が名刺代わりのウンコで微かながら関われたことを考えると「あいつロケの途中でウンコしたくなって恥ずかしい」というようなささいな被害妄想はどうでもよくなったが、これからは早めにトイレは済ませておこうと心に決めながら、おはようございます。

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