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自分が好きで「やりたいこと」に集中できると、他人のことが気にならなくなる。

自分がインディペンデントな存在であると思っている人は、属しているコミュニティに多くを望まない。会社員であれば会社に不平や不満を持つものだけど、それは「属している自分」がいつの間にか空中に浮いて、俯瞰で眺めてしまう間違いを起こす。これは客観性とは違っているし、集団のジレンマはそこにある。

昔から文壇バーなどという言葉を聞くと不思議な気がしたんだけど、小説家という孤独な職業だからこそ同業者と語る場が欲しいんだろう。独立した個人が集まってもデパート自体に意味はなく、全国物産展に出店しているお隣さんって関係なのかな。

もちろん自分がやりたいことは社会と直結しているから何かしらの集団やイデオロギーに接触するんだけど、繋がりながらも切り分ける、というスタンスにこそ個人の能力や倫理が問われる。

ネットの世界がそれをより加速させている。俺は自分のダメさを誤差の範囲にとどめようという姑息な戦略をとっている。1000回くらい何かを言うと、7回くらいの間違いは赦してくれるんじゃねえか、という方式。7/1000あの人は気にくわないってことで。

でも、年に2回だけ自分が得になる宣伝や告知をしたりすると「あいつ告知しかしねえな」というゴリ押した印象だけが残ってしまう。2/2、そう思われてしまう。

働きかけの有効性は、その人のプレゼンスにある。毎日会議に出ている人たちは、3年に一度会議に出てくる人の提案を素直には受け入れない。これはストラテジーなんて話じゃなくて「人情」ってヤツだ。いつもこういうことを主張している人のイベントに行く、という根拠はわかるが、イベントだけを放り込まれても誰も行かない。

小学生が言う友達というのは、たまたま同じ教室で毎日会ってるヤツのことで、決して唯一無二の存在ではない。大人もそれと大差ないよね。おはようございます。