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世の中がどんな次元で動いているかに興味がない人は多い
有権者として参加しているはずの政治にまったく関心がないとか、末端で仕事をしているから上層部の意向はわからないとか。

自分が関わっていない次元に想像が及ばないのは当然なんだけど、世界全体は同じひとつの動きで歯車が繋がっている。そこに希望を見いだすこともあれば、自分の無力さを感じることもある。それはバタフライ・エフェクトなんて言葉を使わなくても感じることができる。

昔、あるイベントで会場整理のアルバイトがいた。たぶん大学生くらいだろう。何もないだだっ広い敷地に工事用のコーンみたいなモノを立てて、その隣にいる。俺がそこを通ろうとすると立ちふさがり「こっちは出口です。入り口から入ってください」と言う。ちょっと待て。このコーンの左右にどんな意味があるのか。

こういうマニュアルバカというのは救いがない。アルバイトをするときに管理者からそう説明されたんだろう。クルマの進行方向ならわかる。車線を逆走したら危険だから。でも誰もいない「根拠のないコーン」の左右に何の効用があるというのか。

それはアルバイトの真面目さなんかで片付けたらいけない。何も考えずに命令に従う「判断の放棄」があらゆる場を支配している。言われてみれば混雑時以外になんでここを分ける必要があるんでしょうね、と疑うこともできるはずなのに。

「日本人はルールを守る国民ではなく、ルールを破る人を責め立てるのが好きな国民なのだ」と誰かがうまいことを言っていた。

この前もある立派なホテルの朝食に行ったら、時間が早かったので客は誰もいなかった。店の入り口にいた若い男の子が「順番にご案内しますのでお待ちください」と言った。もしかしたら俺にだけ見えていない爆買いしにきた団体観光客の幽霊でもいるのかと思った。爆霊って言うのかな

俺は嫌いだから味噌汁を飲まない。残すのはイヤなので店では先に「味噌汁はいりません」と言う。料理を持ってきた店員が「味噌汁のおかわりは無料です」と言う。もうね、スイッチを押すと誰にでも同じことを喋るマシーンですよ。

教えられたことを忠実に守ることは真面目なようでいて、とてもフマジメだとわかって欲しい。考えることを放棄して「決まりですから」と言ってしまうとそこに自分の責任が生まれない。何かすべてのトラブルを回避するように「なっております」「なります」という無責任な言葉を平然と使う。「俺が決めたわけじゃないですが、こうなっているらしいです」と言っている。

自分の次元を他人のフェーズに置き換える認知能力があればサービス業は向上するんだけど、あるときは奉仕し、ある時は奉仕されるという両面を理解できない人にはウンザリするんだよなあ。わかっていることは、サービスの悪い人は他人のサービスにことごとく厳しいよね。

昨日は初めて行った店でドラフト1位くらい失礼な店員がいた。俺が選んだ店じゃないから何も言わなかったけど、天文学的に疲れた。親戚全員のパスワードがわかんなくなれ、と思った。


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今日は少しだけTDWヘ。もう壁がすべて埋まったので、次からは入れ替えをして新しい写真を足すつもり。

撮影した人はほとんど友人。いつも仕事をしているモデルでも、ああいう場所で撮るのはなんとなくお互いに恥ずかしい。

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7日までです。よろしくお願いいたします。
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13-17日はParisでロケです。Parisチームの皆様、よろしくお願いいたします。

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