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『(仮)加入記念日』




FUJIです。




皆さんから教えて頂き気づきました。




8年前の本日。




2012年12月1日に僕はWANIMAに(仮)加入しました。




確か場所は高円寺Club ROOTSというライブハウス。




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↑その日から売り始めたLEFLAHのデザイナーpar-ceeさんが作ってくれたステッカー。




この日は違うバンドの冠イベント。




人様のバンドのイベントで(仮)加入を発表するという暴挙。




そんな暴挙を出演バンド全員が快諾してくれて発表に至りました。




確か出演者、お客さん含め皆が祝ってくれた。そんな気がします。




昔の記憶が曖昧になっていくここ最近ですが




この日何故かケンタくん、コウシンくんの強い意向でやった事もない中島美嘉さんのモノマネをライブ中に披露させられ、あまりの低クオリティにそこにいた人達全員が




「え?さっきまで加入祝ってくれてた人達ですよね?」




と同一人物なのか疑いたくなるほど無表情だった事を強く色濃く覚えています。




この日からモノマネしながらドラムを叩きあの無表情のお客さんを笑わせたいという裏テーマが出来ました。




しかもこの日は3人で初めて作った曲「昨日の歌」を初披露した。




(仮)加入でテンションが上がっている気持ちと、中島美嘉さんのモノマネで異次元の如くスベり倒し早く帰宅したい気持ちが入り混じり僕のカウントがいつもの8倍近いスピードになり




ケンタくんとコウシンくんが「嘘やろ?」といった表情でコチラを見た時には時すでに遅し。




初めて披露した「昨日の歌」は昨日どころか未だ日にちにさえ到着していないほどのスピード感と雰囲気でガチャガチャでした。




そんなこんなで8年目突入しました。




8年目の今日はケンタブログにも書いてあった通り夜通しスタジオに篭り気付けば朝でした。




とはいってもドラムを叩く以外ほぼ自由時間。




ケンタくんから




「ゴメン。ずっと鏡越しに見つめられると気が散るけんコーヒー買ってきてくれん?出来れば豆から…。」




8年目の朝6時…
池袋のスタジオから早朝でもやっている新宿のコーヒー屋さんにマシーン(チャリ)で向かい買ってきたコーヒーを飲んだコウシンくんの一言。




「これホットが冷めてアイスコーヒーになったと?」




鏡越しのケンタくんが爆笑している姿につられて笑わないようにしながら耐え忍んだ8年目の朝。




不束者ですがこれからもよろしくお願い致します。




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↑2012年12月7日。3人で初めて車をレンタルして回ったツアーの道中。高速サービスエリアの仮眠スペースにて同じ寝相で爆睡する我々。






P.S
間も無く12月17日Boil Down 2020の配信チケット発売日です。




12月5日の10:00から販売スタートです。




今年の締め括りに是非ともご参加よろしくお願い致します。




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↓特設サイトはこちら↓

WANIMA [Boil Down 2020] 特設サイト
WANIMA [Boil Down 2020] 2020.12.17(木) at 東京ガーデンシアター : 開場:17:30 /開演:19:00
boildown.net

毎年恒例のイベントになってくると思います。




皆さんとお逢い出来るのを楽しみにしております。




また更新します。

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『恩人』




FUJIです。




2連チャンで過去の話をして申し訳ありませんが、昨晩急展開をむかえた事があるのでこんな話をさせて下さい。




僕には人生のキーマンになっている恩人と呼べる先生が2人います。




1人は高校の時に所属していたハンドボール部の監督。




時には厳しく、時には更に厳しくご指導(鉄拳制裁)頂いた監督。




僕が練習試合中シュートを決めた時。




監督が




「藤原こっちに来い!!」




とベンチから呼んでくれたのでナイスシュート!!っと褒めてもらえるのかと思い駆け寄っていったら監督もこっちに走ってきて




助走有りでビンタ撃たれました。




あの時は予想外の出来事過ぎて記憶が熊本の澄んだ青空の彼方へと消えていった事を今思い出しました。

※その前に散々キーパーの脇下狙えって監督に言われていたのに無視して股下狙った僕が悪いんです。ちなみにポジションは逆サイドです。




そんな厳しい監督でしたが、、




高校後の進路を「東京に出てバンドで一花咲かせる」と高校入学当時から決めていた僕に担任の先生含め、周りの大人達は全員大反対。




どうせ実らない。時間の無駄。夢見過ぎだ。色々言われました。




今ではその言葉も優しさだったのかなと思えますが、その当時は随分とヤサグレました。




しかし、監督だけは「やりたか事があるなら精一杯東京でやって来い。その代わり偉くはなるなよ?立派になって来い。」と背中を押してくれました。




そんな監督に今でも感謝をしています。




それが恩人の1人。




そしてここからが本題なのですが…




もう1人の恩人。




前回の記録でも話した小6の演奏会で僕が演奏したティンパニーを褒めてくれた担任の先生。




その先生は当時まだ20代の新米女性教師。




しかし男性教師顔負けの負けん気の強さからか凄いオラオラ系で僕も幾度となく叱られた。




そんな普段は叱られてばかりの先生に




「ふっちゃんリズム感あるけんドラムやってみなっせ!」




と突然言われた。




先生の言葉に気分を良くした小6の僕は、ドラムなんかやった事もないのに絵の道に進みたいという夢をそっちのけでこの様な夢を卒業アルバムにて掲げます。

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名字の漢字が歪なのはさて置き、齢12にしてすぐ金儲けに考えを巡らせるあたり純朴さのカケラもない藤原。




そんなごんたくれも無事に小学校を卒業。晴れて春から中学生という時。




実はその先生は僕らが卒業すると同時にご結婚されて教師を退職されてしまいました。




その後、同級生の誰に聞いても行方もわからないし、連絡先も知らない。




同窓会を開こうにもどこにいるかもわからない状況でした。




「先生の言葉のおかげで今でも小6の時に掲げた夢を追ってバンドをやっています!!」




それを伝えるすべはなく月日は経ち早22年。




いつかお礼が言いたい。




あんなに先生に手を焼かせたけど。




僕今、夢に向かって走っています。




いつも心のどこか片隅にそんな気持ちがありました。




そして…




事態は急展開をむかえました。




昨晩。




なんとずっと行方不明だったその先生がケンタくんとコウシンくんの地元・天草の某所に結婚を機に転勤し、3人の子供を産んだのちに教師に返り咲いて、今でも教壇に立っているという情報が僕の耳に飛び込んできた。




この機会を逃したら一生連絡を取ることは出来ないかもしれない。




一生あの時のお礼が言えないかもしれない。




そう思い、あの手この手を使い…




なんと先生と連絡を取る事ができました。




僕は喜びで震えました。




「先生ご無沙汰しています!藤原です!」




すると先生は




「ご無沙汰しています。いつも活躍は見ていますよ。陰ながら応援しています!」




先生はちゃんと見てくれていた。




目頭が熱くなる。




そして先生は僕にこう言った。








「確か藤原くんは隣のクラスでしたよね?」





先生は僕の事全然覚えていなかった。




…また更新します。





p.s
卒業文集出てきたので載せておきます。暇な方は見てみて下さい。

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『油絵』




FUJIです。




ある日のCheddar Flavorの中身をどんなものにするかという会議中にケンタくんから突然




「フジくん油絵にチャレンジするか人間やめるかどっち?」




という2択を迫られた。




コウシンくんは横でほくそ笑んでいる。




僕は悩んだ。




以前ここの記録でも書かせて頂いたのですが




作詞作曲も出来なければ




モノマネもかじった程度しか出来ない私KOKI FUJIWARA。




自分の人生で今現在、人から褒められた事。




思い当たる事と言えば小6の時の演奏会で先生に褒められたティンパニーと小さい頃ばあちゃんに褒められた絵ぐらいのものです。




よくばあちゃんから裏に文字が入ってないチラシを貰ってはそこに絵を描いて「こうきは絵のうまかね〜」と褒めてもらえていたからか、昔から絵を描く事は好きではあった。




クラスメイトに「ふっちゃん(小さい頃のあだ名)絵上手ね!!」と褒められたい一心で小学校の夏休みの宿題のひとつである学校に提出する交通安全ポスターなんかも人一倍力を入れていました。




その結果、先生に「これ本当はお兄ちゃんに描いてもらったとだろ?」と疑われた時は揉めに揉めて小3にして出るとこまで出たろかと決意した事もありました。




それでも絵はやっぱり嫌いにはなれず学校行事などで絵を描く機会があれば率先して立候補していたり。




そんな事もあって中学3年生の時の高校受験。




僕はある一大決心をしました。




熊本に唯一美術科がある熊本県立第二高校に入学したいという事。




絵の道に進もう。




自分の人生を左右する大きな決断。




まずは意を決して先生に相談。




多感な時期の進路相談。




フレンドリーかつ親身に話しを聞いてくれるで有名な進路相談の先生から0.2秒の速さ&敬語で

「学力的に無理ですね」

との無表情スピード回答を頂き

『あ、この速さと冷徹さは本当に無理なんだろうな…』

と察し僕の絵への道はスタートラインに立つ前に大破しました。




絵を仕事にする事は出来なかったけど…僕にはまだドラムがある。




そう自分に言い聞かせて早20年。




僕はドラマーへの道を選んだのである。




そんな思い出達がケンタくんの言葉で走馬灯の様に僕の頭の中を駆け抜けていく。




コウシンくんは横でほくそ笑んでいる。




という事でこの度




2nd mini album「Cheddar Flavor」の歌詞カードの中で人生初めての油絵にチャレンジさせて頂きました。

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ピザの絵を描かせて頂きました。




ドンっと載せてもらえたので歌詞カード是非覗いてみて下さい。




僕はどっちかというとボールペン一本だけで絵を描く方が好きなのですが(とは言ったものの鼻で笑うレベルですが)




コウキです…。
油絵、奥が深かとです…。




何の道具をどうやって使うかもわからない油絵初心者の僕。




画材屋さんの店員さんが丁寧に教えてくれなかったら今頃僕は人間をやめることになっていたでしょう。




その店員さんがこの本をオススメしてくれました。

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ありがとう道具を一緒に揃えてくれた新宿世界堂のお兄さん。
読んでも初めて過ぎて全然わからんやったよ。




という事で…




WANIMAで色んなものを描かせて頂けるこの状況をありがたく思っている今日この頃。




また何か描かせて頂く機会をこっそり狙っています。




次回のCDジャケットは僕が描いた絵かもしれません。

いや、そのまえにドラム極めますね。

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本日はここまで。




また更新します。


2nd mini album
「Cheddar Flavor」

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