感覚が丸くなったなぁと思う。鋭かったソレはだんだんと、角が取れてドンドンと鋭敏ではなくなっていった。というか現在進行形で「なっていっている」そう言う感覚がある。なんだろうこれは。

 別にもう自分が世界を救う救世主でもないと、とっくに気づいているし、王子様が助けてくれるわけでもなくて、魔法使いもいないし、大抵の困ったことは、何もかも自分でやるしかないって知った。自分が悪くなくても、苦しいときやどうにもならないときがあって、そう言う理不尽から逃げられもしないことも知った。やらかしてしまった時は都合の悪い記憶が消えてくれるなんてことは、ありえないわけだ。かなしいかな。 

 自分は全然特別なんかじゃなくて、じゃあそのあとなにをしなきゃ行けないんだろう、このままじゃいけないことだけを自覚して、延々とよくわからない焦燥感に駆られて、すごく苦しい。ずっと苦しい。

 それでも忙しさに身を任せて、ひたすら仕事をするのは楽しかった。拘束時間とか、お金とか、将来のこととか、ぐちゃぐちゃのまま、それでも、仕事をしているときはなにも考えなくてよかったから、すごく楽しかった。

私はたまにこうやってブログを書くわけだけれど、いつだったかな、急にあの時の感覚が抜けていくような、あったものがなくなってしまったみたいな、そう言う寂しさがあった。昔はわかった、表現できていたことが、今はもう反応しなくなってしまっている。

 多分大人になるってこう言うことなのかもしれない、多分だけど。

 苦しいがわからなくなる、辛いがわからなくなる、その中にあるよくわかんないない交ぜな、嬉しさとか、喜びとか、驚きも一緒にわからなくなってしまっている。

この感覚は、なんだ。

 そろそろ仕事先につくので、書くのをやめるけれど、多分忙しさは、成長はたくさんの何かを与えてくれるけれど、奪い去りも、確実にする、それがもしかしたら自分の中ですごく大切なものだったんじゃないかって怖くなる。もちろん大人はそんな価値観は無意味だって切り捨てるけれど、それに縋って今まで生きてきたんだ。そんな私だ。

 そんじゃ今日も一日頑張るぞい。遅延してんの、笑えねぇ~。

 さよなら、またね。

22歳になりました。時間の流れとはめまぐるしいもので、何にも変わっていないと思いながらも、成人をしてから2年も、歳を重ねて、今、こんな感じです。皆さんいかがお過ごしですか。

1つ歳が増えたからといって、昨日と見える景色はなんら変わらないし、空は凛と澄んでいて、世界は何事もなく、そのままの様相を呈している。何にも変わんねえなあ。当たり前なんだけれど。レベルアップ音が鳴るわけでもなく、強くなれるわけでもなく、装備が増えるわけでもなく。

それでも高校生の自分から見たら、今の私は大人なんだよなあ。その中でも問題なのは「高校生の自分から、今の私はかっこいいと言ってもらえるか」だなと思ったりする。どう?みんなはどう?今がいくつか知らないけれど、高校生なら小学生でも中学生でも、ともかく、幼かった頃の自分にとって、格好のいい存在になれてるのかなぁ。なりたかった自分には、完璧にはなってあげられなかったけれど、それでも「まあまあいいんじゃない」って、及第点くらいくれるといいけれど。

今年一年いろんなことが、本当にいろろろろろろろろろろんなことがあったな。新しいことを始めた。所属する空間が増えた。夢が決まった。なりたいものが、決まりました。これに尽きる。ずっとなりたいものなんてなくて、今だってわからなくなるけれど、それでも、やりたいことは絶対これだな〜って、それだけは迷ったりしないもの。めちゃめちゃでかい。でかいな。どこまでできるかはわからないけれど、やれるとこまでやろうと思います。がんばるぞー!デザイナーやるって決めてるよ、って言ったら高校生の私も褒めてくれると思うんだけどな。

多分私は、あんまり生きるのがうまくなくて、不器用で、心の底から死んでしまいたいと思ったことも、もちろんあるし、自分の顔が嫌いで、うまく言っている人のことを妬ましくも思うし、現状のどうにもならなさを才能のせいにしたりして、努力もせず、ただただ嘆くだけ、みたいなつまんねー人になることも、あって。延々と自己否定を繰り返しては、精神的におかしくなったり(これは前書いた)変なことしたり、いろいろ。いろいろです。それでも、なんてことはない、普通の顔して生きていかなければいけないときもあって、やっぱり大変だなと思います。みんな大変。

くしゃくしゃになった紙が元に戻らないように、死にたいと思ったあの日から、ずっと、自分の居場所を探しながら、今まで生きてきましたが、あの日を境に「変わっているね」と言われることが増え、それが良いことなのか、悪いことなのか、答えが出ることもなく、死ぬまできっとわからず、それでも、前より自分を好いてくれる人が増えたことはまぎれもない事実で、今では死にたいと、思ったことが私の中で大きな糧になっていると強く感じます。

よくわかんない自分語りになってしまったけれど、人はこんな感じで無茶苦茶に生きて、成長していくのかな、とか思ったりしたので。そんなこんなで、今年もよろしく。そんじゃまたね!

昨日に引き続いてまたブログを書く。文章のアウトプットがしたい。ひどくそのような心境なのです。卒論の反動のようなところがあったりして。さてこれが絵師の絵が描けないから絵を描いて息抜きをしようなのか…と納得する日々。みなさん白い息吐いてますか。そうですか。

そんな毎日毎日書くことなんてなくて、じゃあ書くなって怒られちゃいそうなんですけど、でも書くのは楽しいので書きます。解放されて何でも楽しいんだから、仕方ないね。

昨日は自分の容姿について書きました。思うよりいいねがたくさんついていて、すごく嬉しく、それと同時に恥ずかしくも思います てれるなー てれちゃう。どうもありがとう。

自分は文章を書くとき、すごくリズムを大切にしていて「どこからどこまでを一続きで読むと気持ちが良いか」をこねくり回しながら文字を組み立てます。そういう意識です。そこらへんはみんなどう思うんでしょうか。伝わったりする?
ただまあ厳格じゃないから、そこらへんはなあなあ。そういう傾向があるよ、くらい。

さて、話は変わって。今日一日は割とかなり素敵なものでして。デザインの仕事が楽しかった。サイトデザインとグラフィック作りながら、こちゃこちゃやっていました。たのしー!

それはあんまどうでもよくて、ネガティブな感情はすごく人を惹きつけるなと、ふと思ったのです。なんでなんだろう。昨日書いたみたいな自己卑下の要素が含まれている、そういう感情ってサイコー!たのしー!ハッピー!ってより、純度が高く人を惹きつける気がします。これがすごく不思議。

なんでやろね 辛いことの方が人は考えて考えて考えて考えざるを得ないから、おもしろいものが書ける、みたいな理屈なのかなぁ。

家ついたからおわりー!またね。

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