社会人になり、半年くらい経ちました。デザイナーとしてはインターン期間を数えれば2年を終え、3年目になりました。そんなわたしです。

できることが増える一方で、できないことやできるようになるべきこと、が目の前には広がっているなあと感じる毎日です。

なんとなくデザインを作ること、だけならある程度のものが作れるようになり、(というよりデザイナーとしてデザインはできて当たり前として扱われる時期に来たのかもなあ)その先に自分は何を学べばいいのだろう。そしてその先でなにを身につければいいのだろう。
 
わからんなあ?と仕事を進めていく合間合間でそんな壁にぶち当たります。

選択肢があるだけ、悩むことができるだけ、幸せなのかなぁとか、そんなふうにも思ったり。

売り上げを上げるためのマーケティング的な視線であったり、サービスを作るための機能要件的な部分であったり、人と仕事をするためのディレクションであったり。
「足りない!!!!!」が悔しい。

もうちょいがんばらんとなあ…


いつかは書かないといけないと思っていたことをまとめる。

わたしがインターンをはじめたのは、まごうことなく就活がうまくいかなかったからだ。
そもそも就活のシステムに対して反発、反感を覚えていたし、サマーインターンなどは3年の夏からゆるく参加していたけれど本腰を入れていたわけではないし、なんとなく「なんとかなる」と思っていたからだ。自分は自分の能力でも「なんとかなる」ものだと就活を見下していた。

でも蓋を開けてみたら全然うまくいかない。面白いくらいに面接に通らない。と言ってもうけたところは10.20…?興味がないところもとりあえず受けてみるのスタンスで、用意もロクにしていなかったから、受からなくて当然なんだけれど、その「なんとかならなさ」にうちのめされて、すっかり疲れてきってしまった。どこにも所属できない、という不安感。なにものにもなることのできない自分の存在が許せなくて、ムカついた。

自分を守るために、悪いのは就活だ。画一化されたシステムで人を測ることはできないんだから。そんな風潮に乗っかって、真剣になりきれなかったのは、完全に私のおごりで、よくないことだったと今思えば、気づかされるけど、その時は全然理解しておらず、向き合うことから逃げていた。

どうやってやろうか。多分正当な方法ではもううまくいく気がしない。そう考えた時にまずやってみたことは、普通の一般的から少しだけ外れた就活のサイトに手を出してみる、そんな小さいことで(別にさほど特殊でもない)そのサイトで「新卒就活」ではなく「インターン」に間違って応募し、即連絡が返ってきて、あれよあれよという間に面接が決まった。こんなふうにするすると物事が運ぶことに少し恐怖感を抱きながらも、その当日桜の咲ききったころの渋谷に向かったことを覚えている。

面接は「なんできたの?」「なんでやるの?」に対して電車の中で考えた付け焼き刃の回答をお渡しする。ふぅん。返ってくる緩い返答。そのうち就活に行き詰まっている、苦しい、どうすればいいか分からない、自分がいま抱えていることについて話をした。ここには本当は新卒就活出来たら嬉しいけど、求められているのはインターンで、そもそもミスマッチ。「ただまあ…君放って置いたら死んでしまいそうだから、うちで働いてみなよ。捨てられた猫みたいな顔してるし」…。なるほど。
就活に時間を使わないといけないはずの私が、4月の半ばにインターンをはじめた理由がこれ。

何がどう転ぶかなんて、よくわかんないよなと、その当時を思い返して、ちょっとウケる。

そんな感じ。多分続きをかいたりするかも。

またね!

なんというか、大概の文章は電車の中で書いている。しかもだいたい立っている時。目の前の流れる風景と差し込んだり、途切れたりする光を視界の端で捉えながら携帯を眺めている時。

流石にもう23にもなったので、自分の得手不得手がそれなりにわかるようになった。青年期、みたいなものを抜けている、抜けかけている、そんな歳になった。自分の感覚器官が少しずつ、鈍く硬くなっていくのを感じながら、それでもあまり悲しくなることもなく、そういうものなんだろうなと、諦めを抱えている。

なにかを思ったり、感じたりする部分。それこそ未成年の時は、熟れた桃みたいに、鋭敏で触れたところから、黒ずんでいくように、世の中に反応していた。

今はソフトエンビくらいの、力を込めれば歪むかもしれないけれど、力を入れなければ、形を延々保っているような、そんな感じ。

だから、昔からならこうだったろうに、という事にさほど精神が磨耗しなくなった。自分の属する社会が大人になった、とも言えるし、踏み込まれなくなった、のかもしれないけれど。

それでも若い感性を見ると、眩しく、瑞々しく、綺麗で、尊いものだと思う。羨ましいと思う。昔の自分の物事の捉え方をたまらなく切ないものだと思ったりする。若いってそういうもんなのかな。擦れていない、何も知らない、だから柔らかく、魅力的だ。


今この瞬間が1番若いことだけは間違いないので、1番瑞々しくあれる文章をここに記す。

でも、私は私が大人になって、学び成長する未来も同じくらい貴重で価値があると、信じてもいる。

だれしも。


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