月別アーカイブ / 2017年07月

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おはようございます!
朝から雨が降ったり止んだり大気が不安定ですが、気持ちのバランスはとりたいところですね。言葉に出して叫ぶほどではないですが「(蒸しッとしてきたなぁ)」という無言の言葉が沸いてきますね。無言の言葉というのもおかしな話しですが。

美術予備校に通っていたころ、いまと変わらず絵がなかなか完成しなくて、よく講師の先生に怒らていました。いまはどうかしりませんが、当時は予備校でも先生方がけっこう厳しい言葉を浴びせていまして、芸術を目指すというのも穏やかじゃないなぁと思いつつ、めげずに描いていましたが、沸々とそこはかといない反抗心も芽生えてきます。

それまで疑うことをしなかったので、先輩や大人のいうことはそうかと素直に聞いていたのですが「お前の絵はいい絵じゃない」「芸術はそういうもんじゃない」というようなことを何度も言われると、それまで自分で「いい絵」だと思っていたことを考え直させられます。

そもそもジブリの背景画に憧れてアニメーターになりたいなと思ったのに、芸大受験の油画科なんかを目指したのが間違いのもとでしたが、「いい絵ってなんだ?」「芸術ってなんだ?」という至って素朴な問いですが、それが問うことの底なし沼のブラックホールへの入り口になってしまうとは思いもしませんでした。

そうです、無言で予備校の頃に訪れた無言館のことを思い出して脱線しましたが、予備校の頃のある日、いつものように描いていると先生が「お前には死ぬ気が足りない。」「明日休んでいいから、長野の無言館に行ってこい。」「戦争に行かなちゃいけくて死んでしまった人たちの残した絵を見てこい。」と言われました。

言われるままに翌日、新宿から長野上田まで電車を乗り継いで、観に行きました。戦没画学生の絵が、静かに並んでいました。家族や友人恋人とかの絵ばかりです。

美術館のキュレーションでそういうのなかもしれませんが、戦争に行く人の残した絵が近代芸術の理念とかではありませんでした。これから自分が戦争に行って死ぬかもしれないという時に人生で最後の一枚を描かせてくれるのならば何を描くのか、その人生にとって一番大事なことを描くだろうという単純なことがとても深く心に残りました。

絵も上手く描けないし浪人生という名の何でもない所在なく不安な時に、この無言館の絵に出会えたのは本当によかったと思います。予備校はぼくも潰れていいと思っていますが、その先生のご進言にはいまも感謝しています。

で、無言館から夕方東京に戻って南新宿にある代ゼミの造形学校に行って、先生に見てきましたと伝えましたらば、「どうだった?」というので「切実さをみました」と答えました。そしたら先生は「そうだろう、わかったか」と力強く言った後で一言、「でもみんなヘタだよな!」と言われて相当ズッコケたのでした。笑

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7月1日!夏、真っ盛り、海水浴解禁だ!と叫びたい東京はシトシト雨、午後は力強く100パーセント雨ってでてますね。せっかくの7月最初の週末が!

7月8月のソワソワ特別感というのはやはり夏休みのせいだと思うのですが、小学生当時の夏休みはかえって長過ぎて8月も中旬には休みに飽きていました。

あの頃の一日の長さを考えてみると、何かに取り組んでいる間は、先々の余計な時間配分を考えてなかった気はします。

心持ちですが、情報量が少なくてスピードも遅いけども、だからこそ、時間が長く感じていたのでしょうか。その少ないものがかえって無駄も無く自分の体験を満たしてくれていたような感じがします。

町によって夜の時間の長さも違って感じますが、人様の家の中の様子でも時間の長さが違って感じることがありますよね。

子供の頃持て余した夏休みの夜のように、今日体験したことをぼーっと振り返ってもういちど味わうことがなさすぎるのかなと思ったりもします。

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