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高校まではこんな快晴の空をみると成田空港から飛び立ってアメリカに行くという夢を景色に重ね合わせて想いえがいて見みてた。いまじゃ、いまここの日常で踠きながらつかの間現れる蜃気楼みたいになっているけども、そんな気持ちになることが嬉しい。
嬉しくなるときにはいまこの瞬間がもう二度とこないと思えるから、調子がいいというか、切ないというか。

夢中になってる人がそのときには、いま夢中ですと言わないことと繋がってるような気もする。

父や伯母が立て続けに病院で伏していたときに、一人の人生は経験と感じたことだけが宝物なんじゃないかと思った。

郷愁は過去ではなくて未来に向かって現れる夢のような気がする。

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