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新年のお祝いを!

 

へい!あけましておめでとうございます!

2022年の始まりですって!

 

いつも応援くださるみなさん。

いつもありがとうございます。

だけどあたしも応援してるよ。

精一杯でいいので生きてこね。

 

今年は気軽に発信したいな、今まで以上にね。

そんなきもちです。

今年もよろしくおねがいします。本厄だし、ひとつ頼んだよ。

 

2022 元旦 植田真梨恵



古蓮の抹茶クリーム白玉。

母と会えたので、久留米で食べた。

エマックス久留米駅内味のタウンの古蓮。
母は亀クリームを食べてた。
クリーム嬢ではない。いやネーミングよ。


ばあちゃんちでは、ばあちゃんがごはんを。
作ってくれて。


今回は妹の息子、私からすると甥っ子といっしょに父さんとばあちゃんちでお正月を迎える。

そんな年末年始が、あってもいいですか。
あってもいいです。

ばあちゃんほんと元気でいてくれてありがとう。


久しぶりに会った伯母ちゃんたちも。
優しくしてくれてありがとう。


夜中、へんなかんじで今おなかすいた。



ばあちゃんちでたべたもの。ばあちゃんのご飯。
柿の入ったサラダ。はやとうり。



福岡天神でおばと食べたもの。
10何年ぶりですかのピエトロが嬉しい。
海老とマロンのドリア。


ねえ。渡辺通りを私今日ひとりで歩いてみたけど、
コアの建物もなくてイムズもなくてもう、天神じゃないみたいやったよ。さみしい。
新天町と地下街は、冬の福岡の天神の色やったよ。



母と妹と久留米で食べたもの。清陽軒のラーメンと、焼き飯280円。並びすぎて40分待ち。
それから石橋文化センターで、母が焼いてきてくれたプリンをひっそりと。

白鳥さんがいなかった。
ワタリドリでどこかへいってしまったのか?
寒いから鳥類センターのあったかいとこで保護されているのか?
私は後者と予想!


甘い年末です。
びびってきた。
そこはかとない家族のあったかさに。
炭水化物食べすぎのおなかに。

いよいよ大晦日、
今年もありがとうございました。
真面目な文は今日はやめや、やめやあい。
らいねんはとらどし、トラってかっこかわいいよね!ねる。

飛び込んでゆこうよ
この手を掴め

改めてこうして書いてみると、いかにアルバイトの時期に出会った音楽が多かった事かと思う。
高校生になって、時期的に一人暮らしを始めたこと、音楽により触れるようになったこと、自分で作り始めたことも関係あるのだろうとは思うが。

中学生の頃はまだ、歌を作ったことはなくて、自分はとにかく歌手になるのだとばかり思っていた。
小学生の頃は宇多田ヒカル、MISIA、安室ちゃん、あゆ、歌姫!に私も続きたいと漠然と、つよめに思っていたけれど、中学生になったら「私にも歌詞なら少しは書けるかもしれないー、書いてみたいー」と思い始める。
それでaikoとか、YUKIとか、椎名林檎とか、ソングライティングする人の曲を、CDで借りてきてはMDに落として、夢中になってたくさん聴いて、しっかり影響を受けるのですが、これではいけないとも思う。影響を受けすぎる!

もっともっとたくさんの曲を聴かなくてはと、高校生の頃にバイトしたピザ屋さんではいろんなバンドを教えてもらって、その中に中村一義もあった。バイト代でアルバムを買った。金字塔。
自宅の部屋にはアンディウォーホルのマリリンモンローとBeatlesのREVOLVERのポスターがあった。思い返してみればまだ当時、REVOLVERのアルバムなんて聴いたことなかった。アンディウォーホルのポスターは今となっては絶対に貼りたくない。それっぽいポーズもいいとこである。


個性がわからなかった。
自分にしかないものってなんだろう。自分の書き口。癖。考え方。声。信念。大事にしていること。モットー。
たくさんのものを吸収すれば自ずと素敵なメロディになって現れるのか?と淡い期待を抱いていた。間違っていたかもしれない。それでも、期待を抱いてがむしゃらに書いたから、私っぽいものがほんのり、ほんーーのり足跡に残ってきている可能性がある。
個性は、いまだにわからない。軽く口にするなら陰キャとか陽キャとかと言うけど、それすらわからない。「明るいですね」と言われるけど、自分は明るいのかなあ?と思う。
能天気だなと思うし、神経質よなあと思う。ビビりでもある。気が強くもある。



当時に話を戻そう。
なんとか自分で曲を書き、1曲1曲と新たに書き連ねる日々の中で、iTunesで楽曲を配信しようと、今のマネージャーである佐藤さんが言ってくれた。すごい。うれしい。
でも、どういうこと?曲に編曲を施さないといけない。
まずは打ち込みでアレンジをしていく。当然自分ではできないので、どなたかにアレンジをお願いしていく。
それが打ち込みのまんまで外に出ることが、当時つらかった。きっと生音であるべきものを、シミュレーションで打ち込まれているのが、なんとなく違うと思っていたからだろう。
何を言うか、そんなことより語彙力も知識も乏しい(皆無に近い!)当時の私の意見を何度も聞き入れて、アレンジをしてくれた方々に、改めて感謝をしなければと思う。


その頃リリースしたインディーズ音源で、バンドサウンドであるにも関わらず全打ち込みの曲も残っている。
生音でレコーディングさせてもらえたとき、本当に嬉しかった。かっこいいテイクを聴くとわっくわくした。これだと思った。16,7歳の頃からレコーディング現場で楽器録りを何度も何度も経験させてもらって、現在のレコーディングが楽しい私がいる。


中村一義の音源を聴き、それが宅録と聞き、衝撃的だった。一人で、詞を書き曲を書き、編曲し、打ち込み、録音し、一人で完結。これぞシンガソングライターの表現のあるべき姿やろがいと思った。まして私もソロだ。にも関わらず、私はいまだにDTMができない。
声も、メロディーも、音も、あまりにも個性的だった。聴いたことない音が詰まってて、絵画的だった。
こんなふうになりたいと思った。今でも思っている。
しかし、アレンジが自分ではできないからこそ、メロディと歌詞に全部の存在感を込めようとした私もいた。


2016年という年はすごくて、ロックインジャパンフェス16にて、中村一義さんとKEN YOKOYAMAさんと、復活したザイエローモンキーに、会えた年だった。ライブを観られるだけでも嬉しいのに、私も出演していた。
音楽ってすごいなあ。ご褒美みたいなことが起きたんだなあと思った。
常にそんな、欠点とその反作用みたいな、逆も然りみたいな脆い自信の中にいた。


一人で音楽を聴いて生かされていた、手がかりになるのは「寂しい」ばっかりで、なんにもわからないまんまでずーっと曲を書いていた私は、
いまだに個性も、打ち込みもわからない。
金字塔を聴くと、一人で過ごしたララのいる白い部屋を思い出す。冬の寒い日。不安だけど、自分一人でいつかどこまで表現できるか、今はこの程度だ、と制作意欲に燃えていた日々を思い出す。



さて、クリスマスが終わって一気に年末モードです。私はお年賀を描いたら今年のお仕事はおわり。
大掃除をしながら、久しぶりに祖母の家へ行く準備を整えていました。
クリスマス、大事な友達に会って今年のことを話した。エリザベスと萌子。今年は思い返すと涙が出ることが多すぎたと。
思い返せば、何事もなかったかのように立てていたことすらがんばったなと思えた。今年起きたいろんなことに、なんのこれしきとがんばった人がたくさんいただろう。よくがんばりました。よくがんばりましたね。
ファンクラブの会報誌でさんざん今年1年を振り返りました。みなさんに届く日が楽しみです。
何かを作り、残すことにこの上ない喜びと達成感を感じています。それくらいしか真に心を満たす方法がないとも言えます。
HEARTBREAKERツアーと、たったひとりのワンマンライブ会いにきたよツアーと、「あいにゆくまち」という曲。
来年は新しい曲、新しいアルバム、新しいMVが目標です。
年が始まってすぐ、新しいツアーが決まっていることが嬉しい。
どれも最高にしよう。

今年もありがとうございました。居てくれて。聴いてくれて。読んでくれて。視てくれて。
みなさんよくがんばりました。
たいへんお疲れさまでした。


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