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heartbreakerMVを撮影してもらっている。

届いたMIXの確認をしながら曲を仕上げている。


お日様にいっぱいあたって、今日はよく眠れそうと思いながら、今週末までに自分がやらなければと思っているお仕事に手をつけて、筆がうまくすすまずにお風呂に入った。


ひとりで作っているものじゃない。

関わってくれているすべての人たちのセンスとこれまでの知識や経験で、作品にしている。

いろんな作り方がある。

メジャーデビューちょっと前から、わたしのとこのチームにはディレクターがいなくて、わたしの他に作品の指揮の役割をするような人物はいない。


「より多くの人へ届けるため」

1枚でも多く売るため」

「いい音楽を作るため」

いろんな目的がある。

「より幅広い人にすきになってもらうには」

とか、目的への近道のためだったり、

その目的の意図に沿うお仕事にするためにディレクターさんやプロデューサーさんがいるのかなあ。

でも植田真梨恵のチームにはそういう人はいない。


もちろんたくさんの人に届くなら嬉しい。

売れたならそりゃ嬉しい。

でも、たくさんとか売れるを目指して私が作品を作るのはちょっと難しい

結果的にそうなるならほんとすごい。


でもわからないから、いい!これが好き!と思っている方向に突き進んでいる。

せっかく私が歌って、私の名前で作品を作るなら。

責任を持って、いいものですと言える。

それが許されるなら。

心で感じて涙を流したり、わくわくしたりするものにしたい。

万人に好かれるものを作れるとは思っていない。

それなら全力で好きや本当を突き詰めておきたい。


全部をひとりで作詞作曲するわけではない今回は、

ひらめきを形にした、関わってくれた人がひとりひとり、

その人の思い描いたその曲のあるままの形を、まじりっけなく1曲かたちに残したい。

その人のセンスと経験を信じて、形にのこしたい。

せっかく関わってつくるなら、心が生きる形で作りあげたい。



ハートブレイカー、どんなアルバムになるだろう。

実際それが形になって完成を手にしたとき、わたしはどんな気持ちになるだろう。

まだまだ未熟で至らない部分もあるけど、ちゃんとずっしりと、関わってくれた人たちの想いがそこに在るように。

一作者としてはぎりぎりまで納得いくものにしたい。

そんな作品にしたい。

矛盾しているようにも感じるけど、人とつくるということの、醍醐味を味わっているのかもしれません。

ひとりでは生きていけないように。


MVの完成も楽しみです。どんなものに仕上がるでしょうか。わくわく。


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ものすごく色々込めたアルバム、もうすぐできあがるんです。

制作にとりかかったのは2020年に入ってから。新たに入れたい曲たちがメロディになって姿を見せ始めたのは今年、2月に入ってからでした。

色々、と一言で言うには、ほんとに色々ありすぎた。

永遠に続くかのような先の見えない制作でした。まだ渦中ですが、それもいつかもうすぐ終わります。

 

まだミックス作業中であり、またそれが今アルバムにおいて重要な工程なこともあり(そしてまだ録る曲もあり)

まだ出来上がったぞ!とは言えないタイミングではあるのですが

今日、

みなさんにアルバムの収録曲をおひろめなので、今日段階で書けるだけのことを書いておこうかと思い、書いてます。

 

今はわたしは自分の部屋で、寝床にてこれを。書いてます。

ミックスが上がってきた一部の曲たちを聴いていました。

今夜はなんとなく自分の耳に疑いが広がりまくり、今晩これ以上の判断をくだすことは無理!とだんねん、自分にざんねんになったところです。夜ごはんがそうめんだったので、おなかも空いてきました。がまんです。ミックス聴くのはいったん休んで、またあしたです。

何かをつくるときっていうのは、特にそれが仕上げの段階だと、ざわざわしますよ。ずっとそうだったように思う。

「これだ!」っていう確固たる自信がないときっていうのがいちばん、わたしにとっては息がしづらく、

逆に「これだー!」ってなってる時間が自分にとっては、生きていていちばんしあわせを感じる瞬間であります。

 

 

2009年に「センチメンタルなリズム」というアルバムを作っていました。

リリースになったのは実を言うと、出来上がってからしばらく時が経ってから。

当時19歳だったわたしは、色々と(これまた色々というには色々という言葉一つじゃ不足を感じるけども。)悩んでいて、
とにかく私のできる限りぜんぶぜんぶぜんぶを詰めた一枚をつくらねばと躍起になり

このあと力尽きてパタッ-----となってもしょうがない!と、いう気持ちで、そのアルバムを作った。作ったよ。

自分自身で作詞作曲をして歌たちを届けるということ。作るものたちのすべてに責任を持つということが、その時のわたしにとってもんのすごく重荷であり、大切であった。

何者でもないわたしに、一体どんなものが作れるんだろうか。一枚を作るという工程に、自分が0から1を生み出したとはいっても、たっくさんの要素があっていろんな人たちの手と力をお借りする。そして出来上がっていく。

 

今日、すべてのことを書いてしまおうってつもりはないけど、あれから10年経ち、私は29才になり、

このあとパタッ-----となってもしょうがないわ!という気持ちでまた、一枚つくれたらと思った。

今まで私に起きた出来事と出会いの中で、

そのすべてがお仕事とか日常の個人的な営みという垣根をこえて、私のすべてで表現できるものを目指して作った。作ってる。

こうだからできないよじゃなくて、でも今ここにはこれがあるよねっていうことを、見つけ、見つめたかった。

今私が置かれている状況や環境の中でしか、できないことが必ずあるはず。気づけないまま今を逃すと失うかもしれない。

正しい正しくないじゃないから、良い悪いではわかんない。今これをするのはむずかしいね、でもこれだったら今こんなにできるよってことがきっと、あるはずだった。

自分のひらめきだけを信じて、曲を書いていたときとは違う状況が、今に繋がってきていた。

10年前に初めましてだった人と、今では初めましての距離感じゃなくなってて、ちゃんとお互いのことを知っている人間同士になれた。

だからこそ、

今、たくさんのひらめきが詰まったアルバムを、作りたくなった。なんか、語弊を恐れずに書くと、なんとなーく売れそうねって、当たり障りなく聴けるねっていうものじゃなくて、ポップスというもののセオリーを度外視して、

ちょっと歪かもだけど、ちょっと変かもだけど、こんなメロディー素敵じゃない?こんな展開聴いたことなくない?っていうアイディアとか、わくわくが詰まった音楽たちを、新しく聴かせてもらいたかった。

幼少時から歌手になることが夢だった私は、いつか私が歌うための曲を、作曲家さんに書いてもらうこと、それを歌うことは夢のようなことだった。

叶えばいいなと思った。

ひょっとしたらいつの日か誰かが書いてくれるかもじゃなくて、私のために歌を書いてください。ってお願いをしないといけないと思った。

こうなったらいいのになー、ではあまりに他力本願すぎた。

それって人間関係でも、例えば恋人同士の関係でもそうするべきかもしれなかった。何の気持ちもつたえないままで、わかり合えないって自己完結して離れていくのって、ちょっとずるかった。もったいなかった。傷つけ合うことまでしなくとも、ただ一回伝えるだけのこと、してみたらよかった。めんどくさがらず。恥ずかしがらず。かっこつけず。お願いはお願いしないと、相手だって叶えてあげるなんてことできなかった。

 

いつのまにか出来上がってた自分の決まりや通例みたいなものに縛られずに、そのときどきのわくわくやときめきで全瞬間を選択して、一枚のアルバムになったらなって思った。

 

今日書いたことはほとんどが、制作に関しての心持ちの部分なので、アルバムの内容についてではなくなってしまった。

とにかくなにひとつ「できないね」で諦めずに、叶える形で一枚にしようとしているよ。そして恐らくちゃんと、ぜんぶ叶うよ。

826日、発売されたらきっと、聴いてね。

 

ものすごく長々と気持ちを書き連ねてしまって、今すでにちょっとへこんでいるわたしがいる。笑う。

なので今日のところはそろそろ書き終わろうと思う。唐突ですけれどごめんなさい。

あんまり長々説明するの

もうーー、ほんとにいやだ。伝わってほしいから、ぼやかさず書くけど、正直こんなの、アルバムの中身に関係ないもん。ってゆっても、これだって自分の意思で書いているのによ。

でもこれで、聴いてみよっかなってなってくれるならばすごく救われますよ。

わたしこのアルバム作るの、すごく楽しかったよ。作り終わるの、ちょっと寂しいよ。ずっとこんなふうに作っていきたいとすら思ってしまったよ。

 

それではこのあたりで。

また次はアルバムが出来上がったとき、何か書いてみようと思います。

渦巻きの隙間に入り込んだ空気がぐわりと髪を持ち上げて風の存在を目で見た

腹がたったことを福岡人は腹かいたという。腹かいたー。あの人、腹かかっしゃってから。福岡ローカルの通りもんのシーエムがテレビで流れてえっと思う。

大阪の街を歩いていた

13日前くらいの夜に。深夜散歩をしながら。建っている建物をまじまじと見ながら。どんな部屋で間取りでどんくらい空室があるんだろうかと考えながら。

14年前大阪に来たときに貸してもらった部屋。からっぽの部屋の中には空気で膨らむだけのベッドがあって、アイエイチのクッキングヒーターがあって、なんもなかったけどほどなくして子猫のララがきて、ほどなくして空気で膨らむだけのベッドは猫の爪によりだめになった。寝るときには膨らんでいるのに、朝起きるとぺしゃんこだった。長い夜の間の、たったひとばんのあいだにごくごく小さな音で空気漏れをしながら

そんな部屋の詳細を思い返しながら歩いていたら涙が出てきた。こころぼそくなって。今の自分の部屋にちゃんと帰ってくると、部屋の中にはわたしの好きなものが、というかぜんぶぜんぶわたしが選んだわたしの好きなものだけがあるべきところに鎮座。あるべきところにあるものと特にどこにいっていいかわからん様子で雑に散らかっているものと。

こころぼそくなったのは、当時の自分の所在なさげな。居場所のなさというよりは大きな違和感を思い出したから。「大阪?」いま私は大阪におるんか。見慣れない天気予報の天気図に映る地図。この部屋が私の部屋なのかあ。私の住んでいる街か。なんかちまっちまっと建物がぎゅうっと密集した街。あきらかに慣れていない、自分になじんでない街。自分がなじんでいない。交差点で。

どこに帰ったらいいのかわからないような気持ちになり。カーテンを縫ったりポスターを貼ったりしているうちだんだん私の部屋になった部屋。違和感満載の。引っ越したり物を捨てたりしてるうちにどんどん自分の部屋になってく。わたしだけがこの部屋にいるべき存在で、だってわたしの部屋なもので、そのことに安心したりにっこりしたりしたあと、眠る。


Airpodsをわざわざつけて、部屋のベッドで当時よく聴いていた音楽を聴きながらこれを書いている。春のおわりに梅雨がきた。春の間はそわそわと、心地よさといいかおりが街に溢れていて、ふあんげなじぶんの気持ちが気候とミスマッチなせいでコントラストが強く、よけいふあんに感じる。梅雨になると街にはあじさい。青紫のコントラストがきれい。青紫の色がさいきんのわたしは大好きなので思わず写真に撮る。フィルター無し。

じゅうなんねんまえとは音楽の聴き方が変わった。聴こえてくる音が変わった。MDコンポで聴いてた曲のよさはiphoneで聴くとそんなに出ない。そのことがせつない。

昔東京で何度かライブハウスで一緒になった女の人のことを思い出す。あの人いまどうしてるんだろうか、と思ってパッと調べたら結婚して子供が生まれてた。今ライブやってないんだな。雰囲気のある人だったな。うまくて、このあと自分がライブやるの緊張するなあとか、思ったな。曲、なんとなく歌詞も思い出せるなーと思いながら何曲かyoutubeで聴いてみた。私のことをそんなふうに思い出す人もいるんだろうか。私は結婚も子供もまだで、今が、今こそがそのときやでとばかりにアルバムを作っているよ。発売したら聴いてほしいよ。

今は妹のアルバムを聴きながら、キラキラした音たちに耳が包まれて、春のかきむしるようなもどかしさみたいなものは抜け出て、ぼんやりリラックスしている。

人と人。私の中で、実態がないと思っている言葉がふたつ。「愛」それと「永遠」

どちらもこの世界には形がないものなんじゃなかろうかと思っている。疑ってるというよりは確信に近い。もうひとつ「心」にも形がないけど、それは自分で触れたことがあるのでなんとなく、それは存在してるものなんじゃなかろうかと思える。

「愛」のほうはまだ存在するかもって可能性がある。なんても呼びようがないきもちすべてに愛と片付けることができるような気がするから。それがなんなのかとは説明しがたく、人それぞれな気もするけど。もしかしたらその存在を心痛く実感する日も、くるのかも。しれん。

「永遠」のほうはほんとにない感じする。愛、とか永遠とか、言葉を持たせることでなんとなくそのことを認識することはできるけど、ほとんど願いに近いんじゃないか。

「そんなまだ見たことないものをさあ、一回でも見てみたいから」って言ってた去年の111日の私は、今からでもまだ永遠を追いかけてみることはできるのでしょうか。15年前と、10年前と、今と、いつ始めても死ぬまで続けばそれはひとつの永遠って呼べるんでしょうか。ひとつの永遠ってなんや。つっこみどころ満載。ほとんどフィーリング。よくわからん。宇宙、ぐらい、よくわからん。

朝方の駄文。たまには。私は元気よ。無駄なことなんてひとつもなく、今日も。元気よって書いた方が元気なく見えるけど、ほんとに元気ですよ。健やかに、部屋でねむります。これからぐうぐう寝ます。


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