こんばんは!



25時間で作曲からMVまでつくってみた


なんと無事 MVまでできあがりました。


一重に応援しててくださったみなさんと、

それから心をひとつにして丁寧に情熱的にお力を重ねてくださったMV、配信、レコーディング、音響、デザイン、写真、スタッフ様、バンドメンバー、みなさまのおかげです。


ほんとにありがとうございました。


心に積まれたこの経験は凄まじいもので、

ほんとに今は安心と嬉しいでいっぱいです。


どうもありがとうございました。


1時間30分オーバーして26時間30分の配信になってしまいましたが、

長丁場お付き合いくださいましてありがとうございました!


まずはとにかく御礼を。


そしてみなさんとつくって、出来上がった歌詞をここに載せておきます。

わくわくすることから生まれた曲。



https://youtu.be/MeI22ZQeObM



I JUST WANNA BE A STAR


1.

夜に寝そべる猫を横目に

すべりこむ ベルが鳴り響けば

見上げたカーテンの向こうのシルエット

過去には心残りはないけど

古びたマッチ箱を擦れば

鼻にこびりつくいつかのバースデー


暗い空に流星を待ってる


I  JUST WANNA BE A STAR

LA LA LA LA 

憧れ描いていた 届いて 届くまで

I JUST WANNA BE LOVED

LA LA LA LA

変わらない愛の歌 叶える日まで


2.

体中がどっどっと音立て

踏み込むアクセル エンジンが響けば

迎えにゆくよ空港まで 待ってて

覚悟と落ちまくる集中力と

痛みを綿菓子で包んで

甘い甘い余裕の笑みを浮かべる


愉快な出来事を待ってる


I  JUST WANNA BE A STAR

LA LA LA LA 

諦めてばっかりで慣れてしまわないで


3.

明ける朝に秋風がひそむ

雲ひとつない晴天を見た

覗くファインダー 飛行機雲走る

おとぎ話のはじまりとおわり

バスとバスがすれすれですれ違う

ライトが落ちてもうすぐショータイムです


何を為して 生きていくのかも

わかんないまんまだ 歌う 


I  JUST WANNA BE A STAR

LA LA LA LA 

憧れて泣いていた 届いて 届くまで

I JUST WANNA BE LOVED

LA LA LA LA

変わらない愛の歌 叶える日まで

ツアーが終わりました。

先ずは来てくださったみなさん、ありがとうございました。


新しいフェーズに突入する植田真梨恵のライブを、ぜひ見に来てくださいと言っていました。

「どんなツアーになりますか?」と聞かれたとき、どのくらいの範囲でお話をちゃんとできるのかむずかしかった。もちろん構想やイメージはあるんだけど、正直、やってみないとわからないです。というのが本音。

でも間違いなく新フェーズのツアー。と言えたのは、

バンド編成だけど、F.A.R.W.A.H.2枚のアルバムを持ってまわる中で、心地よく、やわらかいバンド編成のライブにしたかったから、なると思ったから。そこが大切な肝の部分だったから。

大きな音で勢いに乗ったジャジャーーーンっていう今までのバンドツアーともまた違う、揺らぎや、ふわりとした心地よさをバンドで奏でることが今回大切だと思ったから。その中で必要なのは圧倒的なエネルギーや音圧も去ることながら、それ以上にみなさんとの調和を、無音の時間すらすみずみまで描くこと、だと思っていました。



F.A.R.をね、2月にリリースしたとき、

それを作ってる時から、W.A.H.とつながるブリッジのような役割をするインストを入れよう。そのインストをSEにして、W.A.H.の始まりの通りにライブをはじめよう。と構想を思い描いていました。

その後、思いがけずに猫のララさんが亡くなって、ステージに立ってちゃんと歌えるのか?私!歌ったりして泣かないのか?とか自分で自分の心配したりしながら、しかし観に来てくださるみなさんにはちゃんと出来上がった歌を届けたいから、歌では泣かないようにしよう。リハでいっぱい泣こう。と思いながら練習していました。はは。やーねえ。恥ずかしいねえ。プロだのに。

ララの鳴き声を入れたインスト曲は、ララがいなくなっちゃったことでより深く冒頭に意味を持たせる形になってしまって。悲しみに陶酔するのもさせるのも苦手だから、しょっぱなからそんなふうな空気にしてしまうのはいやだなあとかなり迷ったんだけど、もともとライブを思い描いて作っていたものですから。私の生きている日常音をそのままリアルにお届けすることが、当初からのイメージだったから。迷ったけどそのイメージを貫いてみました。

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そして 終わって

どんなライブになりましたか?と聞かれるとしたら今ツアーは「考えるツアー」になったな。と思いました。

それぞれのテーマ 大人の成長・和 を、大人の成長ってなんだろうなあ。自分が生まれた日本って、自分の感じる和って、これからも残っていく和って、どういう部分だろうなあ。ということを、私自身各会場で考えながら、来てくれたみなさんにお聞きしながら、みんなでひとつの空間を心地よく過ごせたツアーだったな、と思います。非常にどの会場も心地よい空気が流れていました。みなさんの集中力と、笑顔のおかげです。

日常的なことが要になってきているので、わたしはなるべくドラマチックにせずに、ロマンチックにせずに、ファンタジックにせずに、威圧的にせずに、緊張感持たせすぎずに、リラックスした状態でステージに立つ必要がありました。

でも逆を返せば、ドラマチックでロマンチックでファンタジックで威圧的で、緊張感のある、リラックスした時間でした。それは、日常の中にもそういう瞬間って、くるくるとひそひそと顔を出しているからです。


夢物語じゃないツアーにしたかった。

ちゃんと両足で立って、大声で歌ったりそばにいるみたいに歌わせてもらったりしながら、笑ったり泣いたりしたツアーになりました。


FAR」という曲で最後に 遠くなる 遠くなって 連れ去って、って歌っているんだけど、

そんな日々から遠くなること。日々から連れ去ってほしいこと。そういう意味でのFARなので、

結果的にすでに過去となった日常が、遠くなっていくイメージでツアーができました。当初は、今の日常を描くつもりまんまんだったけれど、運命とかタイミングとかというのはおもしろいです。導かれていくことひとつずつに意味ができてしまうんだなあと思ってしまうし、かといって、進みたい方向へ進んでいくべきだとも思います。


考えるツアーでしたから。だったからなのか?

今、かなり肩の力がふっと抜けました。別に、そんなに緊張しながらやっていたツアーじゃなかったから、終わってもそんなに心のウエイト感は変わらないかなと思っていたんですけど、そんなことなかったです。

ツアーが終わるのがさみしいな、っていうツアーでした。そんなことをこんなに心から思ったのは初めてでした。


それで、私はまだ考えています。

大人の成長。わざわざ大人にならなくてもいいんだけど、悩んだり迷ったりする中で、どんどん自分を知って弱くなっていく中で、今私はどんなことがしたいのか。

タイムリミットまでの間に、なにをしたくて、別に何をしなくたっていいのか。ぜんぶぜんぶ叶えるつもりもないので、ほんとうに自分のやりたいことを見つめて、そのために毎日を使っていきたいなと思います。


ライブに来てる人たちは。

生きながら、好きな歌を聴くことを選択して、その時間をちゃんと体で過ごしているから。好きなことできてて、尊敬しています。わたしも、逃さないように好きなことしていこう。好きな人に会って、好きな歌を作っていこう。と思います。


またみんなにライブで会えるの、楽しみにしています。

F.A.R./W.A.H.ツアー、仙台から始まって香川、福岡、名古屋、北海道、広島、大阪、石川、東京全9か所で会えたみなさん、お世話になったみなさん。どうもありがとうございました!

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日頃から植田真梨恵を応援してくださるみなさんに、とても寂しいお知らせがあります。


私が15才の頃より、私と生活を密着して過ごしてきてくれた、猫のララさんが、3月29日21時頃、お空へ旅立ちました。

2006年5月頃に私のもとに来て、その頃おそらく生後2ヵ月の子猫だったので、13歳でした。


1人暮らしの、まだ15才の私に、猫と暮らす資格なんてないと思っていました。

しかし、縁あって、久留米の貰い手の見つからない猫がいるということから、私のもとに巡ってきたララさんと、生活が始まりました。不安だったけど、とても嬉しい出来事でした。

右も左もわからない大阪の地で、ワンルームで、小さな小さなララさんと、1人と1匹の生活でした。誰よりもそばで、どんなつらいことも、普通の日常も、一緒に見ていてくれた存在でした。







去年あたりから足腰が弱って歩くのがままならなくなったり、病院に通って持ち直したりでした。日常生活を送れるようになってごはんもたくさん食べられるようになっていたので、この調子で少しでも長く、一緒に、ララにとって嬉しくて、美味しくて、幸せな時間が過ごせるといいなと、思いながらの日々でした。

いつもソファで眠っていることがとても多くなりました。



10日ほど前から本格的に調子が悪くなり、口を開けたまま呼吸をすることが時折見られました。

病院の診断では肥大性心筋症といって、心不全の一種でした。

心臓のまわりの筋肉が大きくなってしまい、その分心臓を圧迫して、ポンプするちからが弱まってしまい、

体の中に血液がうまく循環しなくなり、胸にお水がたまってしまう病気でした。ララさんはもともとの半分ほどの呼吸しかできなくなり、それで口を開けて呼吸している状態で、とても苦しかったと思います。

ららちゃんの心臓はもうくたくたになっていますと、先生はおっしゃいました。

病院でお水を抜いてもらって、帰宅するとまたたくさんごはんを食べて、ぐっすり一緒に眠りました。次の日、ベランダに出たがり、太陽の下で2時間もじっとひなたぼっこして過ごしました。太陽が体を元気にしてくれることを本能で知っていて、なんて賢い生き物なんだろうなと思いました。

この先長くはないかもしれないけど、病院に通いながら、とにかく良さそうなことは全てやっていこうと思いながら。なるべく日常的なままで、安心しておうちで穏やかに過ごせるようにと、先生も言ってくださいました。

少し落ち着いたかなという頃、そこからまた容態が急変し、28日の夜突然、歩けなくなってしまいました。


自宅に借りた酸素室の中で、ららのことを見てくれたり、好いてくれてた人たちが会いに来て、家族の中で、最後は私の腕の中で、息を引き取りました。

そんな風に最後を過ごす時間も奇跡でした。

ララさんがそれを待って、がんばってくれていたように感じました。

苦しそうで、酸素室からなかなか出してあげられなくて、最後に抱き上げたとき私の手をぎゅうっと抱きしめるようにして、眠りました。


最後の最後まで、すごくすごく頑張ってくれていたので、ララが少しでも苦しまないといいなという気持ちが、どんどん大きくなっていました。

ララはずっと、私の心配をしてくれていたように思います。

とても優しい猫でした。



softlyという曲で、やっとララの曲をちゃんと書くことができたと思えたんですが、思えば、どんな曲が生まれたときにも、ララの存在が近くにあって、歌ってみればどの曲にもララさんがいました。

周りに誰もいなかったときから私のそばで暮らしてくれたララさんは、もう私の一部のような存在です。



そんなララさんなので、みなさんにもたくさん愛していただきました。

新しいアルバムの中にもララの日常の声が入って、その前からDVDにも出演していて、ラインライブでもみなさんに愛されて、サンリオさんのキャラクターしにものぐるいでは、私の頭の上にララがいます。こんなに嬉しいことはないと思います。しにものぐるいで最後生きたららちゃんでした。

ららのためにちゅーるとか、ごはんとか、差し入れをくださった方たちも大勢いて、いっぱい、みなさんにかわいがって頂いて、本当にありがとうございます。

命ある限り、いつかは亡くなってしまう日が来ることはわかっていたんだけど、みなさんにこれをお伝えするのがどんなにつらいことになるとは、考えが至りませんでした。




3月31日、ららさんを火葬して、今お骨になってこの部屋にいます。

桜の木の上までららさんの煙が上がって、いっぱいの風になって私の体に染み込みました。

若かった私にもっと生活する力があって、もっともっと小さい頃からララさんによいことをしてあげられたらと、当時の至らなさを思います。ララさんに最後めいっぱい苦しまないようにできたのは、みなさんが私を応援してくださっての、今があるからだと思います。ありがとうございます。



どんな風にお伝えすればいいか、今もずっと迷いながらこれを書いていますが、

3/30のステージで泣きながら歌を歌ってしまって、みなさんにとても心配をおかけしてしまったので、とにかく、ちゃんとお伝えしたいと思いました。

しっかり歌ってからご報告するつもりいっぱいでいたんですが、もう全然涙が止まらなくて、ごめんなさい。


ステージでは「昨日悲しいことがあって」と言ってしまいましたが、悲しいことというよりは、とても寂しい事でした。

死んでしまって悲しいというより、死そのものはとても不思議な感じで、私の腕の中でひとつの命が終わるところ、ずっと私と同じ時間を生きてくれたことが、本当に不思議な感覚でした。もうふわふわの毛がさわれないこと、ぐるぐる言って一緒に眠れないこと、朝起きてご飯食べるららを見れないこと、もう会えないということがとってもさみしくて、日常の中にららの姿がないことが、大きな違和感です。


日頃は穏やかなのに、嫌なことをされるとワッと怒る子でした。毛玉ができてしまって処理するときとか、病院で痛いことがあるとものすごく怒るけど、ふだんは我慢強くものしずかな、とても優しい猫でした。



季節がまたこうして変わる中で、これからもららさんは私の中にいるんだなと思います。

生きている時から、なんだか猫というよりは概念に近いなと思っていました。ららさんがつよくやさしく生きた姿を見て、わたしも、そんな風に生きたいと思いました。

まっすぐなまっすぐな愛をずーーっとくれて、ららちゃんありがとう。

これからもいっぱい歌っていくから、心配しないで、安心してていいよ。そんな気持ちです。



長くなってしまいました。

私を応援してくださるみなさんにも、つらいお知らせになってしまいました。読んでくださって、ありがとうございました。


これからも大切に日々を歌っていこうと思います。

心からの感謝をこめて。



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