これはスマートフォンについているカメラが高解像度なものにどんどん進化していることも影響があるわけなのですが、先ごろSNSで新聞や雑誌などの記事を「写真撮影」してシェアしている人を結構な頻度で見かけます。

昔のガラケー時代のカメラであれば、写真から記事を全文読むことはかなり努力しなければいけませんでしたが、ほとんどのスマホが1000万画素以上のカメラを積んでいるので、昨今では、ちょっと拡大すれば誰も普通に読むことができます。
※Jelly Proでさえ800万画素のカメラを搭載しています



その昔、ガラケーにカメラがついた当時。いわゆる写メール、写メと言われた時代に、書店で情報誌などを買わずに写真に撮る行為が横行しました。これは俗にデジタルブックマークなんて言われましたが、書店は張り紙や、雑誌を開けないようにシールを貼るなど各種の方法で対抗して現在の状況がある。



著作権の侵害と言えるかどうか微妙なラインです。創作ではなく事実の伝聞(事件の記事など)は著作物にはあたらないという記載が著作憲法の中にあるからです。それでも、エッセイやコラムなどはあきらかに著作物にあたるし、読者投稿などのものも、たいていの場合は著作物と判断して良いと思うのです。もちろん、全文でなく一部であれば正当な引用であるという考え方もあるとは思いますが、大抵の場合は、全文のことが多いんですよね。




SNSでそういう写真が私のところまで伝わってくるわけなのですが。




そういう人に、すべてではないですが「他人の著作物を全部読める状態で共有して良いと思いますか?」と聞いてみることがあります。

ほとんどの人が「良い」と考えているのが実状のようです。

言い分は、
  • 自分はこの新聞(もしくは雑誌)を購入しているので良いと思っている
  • 広く知ってもらうためには必要なことなので良いと思っている
というものです。




雑誌/書籍/マンガなどなどなんでもそうですが、「読むための権利」を買っているのであって、それを「他人に貸す権利」や「無償で公開する権利」や、ましてや「販売する権利」を買っているわけではないわけです。

それでも、ほとんどの人が自分の行いは正しいと思っている。





新聞の記事、コラムなどではバリューが低いので、おそらくそれらをまとめたポータルサイトが登場しなかったものが、マンガという圧倒的なコンテンツバリューがあるものなので、そういうデーターをまとめたポータルサイトが出来てしまったわけです。



今、考えるべきは「人はインターネットの時代に何を買っているのか」ということを人が正しく認識しているかどうかなのではないでしょうか。


ふと、そんなことを思った年度末なのでした。