性同一性障害の方たちのために、性別適合手術を医療保険の対象にするという記事が出ていました。


このことについて、ブログに書くのは、気持ち的に「どうしようかな?」と思う部分があったのですが、少し思うところがあったので書いておきたいと思います。

もし、不快と思う人がいたらごめんなさい。先にお詫びしておきます。



この医療保険の適応の話は、一見して良い話のように見えます。しかし、ちょっとスタート地点の間違った話であるようにも思うのです。要するに性同一性障害の方が異なった性別の人として法律的にも認められて社会的な生活を営みたいという要件を国が認めていることの1つの形として「戸籍上の性別を変更する」という手続きが認められていることに起因しています。

もっとストレートに書くと「戸籍上の性別を変更するためには性別適合手術を必須要件としている」ということなのです。性別適合手術というのは、かなり高いリスクがあり、1度きりの手術だけのものではなく、その後、生きている間はずっと継続的な治療が必要となるものであることから、そういう手術を必須要件とすることは、人権保護という目線でみると「本来あってはいけないこと」とする考え方の方が、世界標準的な考え方だということは、多くの人が知っておくべきことなのではないかと思います。

国際的にも人生をどちらの性別で生きるかは、各個人の選択にゆだねる考え方の国も増えていて、さきごろドイツでは「男」「女」「それ以外」のような形で男性と女性というカテゴリーではないカテゴリーを認めるような動きをしている国もあります。(ただし、このドイツのケースは性同一性障害などのケースを想定したものではありません)



議論すべきポイントは「性同一性障害」というものが「権利(人権)」の話なのか「病気(医療)」の話なのかということなのではないかと思うのです。



医療保険は「病院にて行われる医療行為の対価を国として補助する」という仕組みなので、それが必ずしも病気である必然性ありません。

いまどき、一般的に認知度のある医療保険非適応の医療と言えば美容整形がありますが、美容整形とほぼ同じ医療行為でも、やけどの跡を目立たなくするなどの形成外科という医療行為であれば保険適応がされます。

こういうことからも想像されるように医療保険を適応することは、それすなわち多くの人に「それは病気である」と認知させることと同義になってしまってはいないかと思うのです。



「多くのお金がかかるから補助してあげよう」という考え方の中で安易に医療保険の適応にすることで、人権としての部分での議論が宙に浮いてしまうのではないかなという点に少し疑問を感じています。

そういう部分に議論がつくされていないうちに、やっつけ仕事的に医療保険を適応することは、時期尚早なのではないかと思うのです。



聞くところによれば、この改性ということは、新たな問題も生んでいるようです。日本の法律では、改性は1度だけしか認めないことになっています。1度に限定することは、性別を変更するということに重い意味をもたせるべきという点で、私は賛成なのですが、結果論として「元に戻したい」という人も出てきているようです。

私が聞いたケースでは性別を変更したことで仕事を失ったという話です。男性→女性という性別の変更を行った結果、それまでついていた定職を失い、「女性として就職活動を行ったところ、以前のような収入の得られる職業が見つからない」というようなニュアンスの話でした。

この文脈は「医療」の話として語られるなら「病気治ってよかったね」なのですが、実は、差別であるとか、いわゆる雇用機会均等などの面で、整備されているとは言い難い日本の現状を表しているわけです。



この記事を見て「本当に議論はきちんとされているのか」というところに疑問が残っています。



本質的には「戸籍上の性別」の問題ではなく、「見た目の性別」と「本人が自称する性別」に差異があるように見られるような状態を社会が受け入れていないことで、それを受け入れるようにすることの方なのではないかと思うのですが。

ちょっとまとまりがないのですが、まだ、この件を医療保険云々の文脈で語るのは早いのではないかと思っています。