北海道内テレビ6局合同キャンペーン「One Hokkaido Project」
北海道命名150年を記念したチャリティーソング「私たちの道」のMVが公開されました。


北海道出身のミュージシャンや俳優、アスリートにいたるまで著名な方々が歌ったバージョンです。
スタッフのみなさんの努力でこんな豪華なメンバーが集まって歌ってくれたことに本当に感謝しています。

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なかにし礼さん作詞、作曲と編曲プロデュースは僕がしました。

このお話を最初にいただいたのは昨年の3月くらいだったでしょうか、なかにし礼さんが作詞することが決定していて、歌うメンバーは全く未定だったのですが作曲は僕で行きたいと言っていただいたのがとても嬉しかったです。

その後なかにし先生からの歌詞の第一稿と伝言が送られてきたのですが「作詞家と作曲家は曲ができあがるまで会ってはいけない。これは戦いだから」という趣旨でした。
僕はその真意をよくわかっていないまま、その歌詞にすぐメロディをつけて返し、その後歌詞とメロディのやり取りがもう1回あり、今の形になりました。

作曲期間中なかにしさんとは結局会えなかったのですが、初めてお会いしたのは11月に札幌で開催されたこの曲の記者会見の本番15分前くらいの前室。
椅子に座り背を向けたなかにしさんに近寄ると先生は杖を持ち立ち上がりこちらに振り向き「素晴らしいメロディをありがとう」と固い握手をしてくれたのでした。

なかにしさんはコーデュロイの黒いジャケットに黒いシャツ、濃紺のタイと同系色のポケットチーフ、パンツはジャケットとは異素材の黒、杖のグリップはシルバーで靴はレザーだけどカジュアルなものでめちゃくちゃカッコいい。
記者会見などやったことがない僕はマネージャーに何を着ていけばいいか確認して、面接か?というような3ピースのカチっとした格好で行ったのですが「(あ、おれこういうのが嫌で音楽やってたはずなのにいつのまにか常識を気にするようになってだせぇな・・・)」なんて思う初対面でした。

その後スタッフの方が「なぜ蔦谷さんと会わなかったんですか?」という問いには、「作詞家と作曲家が会ってしまうと見えない部分で馴れ合いや気遣いが生まれてしまう。わたしの送った歌詞を見て最初に感じた情熱でも、喜びでも、嫌悪感でもなんでもいい、それをぶつけてもらいたかった」と。
あ、確かに嫌悪感ではないけど「はいはい、そっちがその気ならやりますよ、いいメロ書けばいいんでしょう」くらいの気持ちは僕の中に確実にありました。
おそらくそこまでお見通しだったのでしょう。

記者会見後、スタッフ関係者含めた食事会があったのですが、なかにしさんはそこへハットを被ってあらわれ、脱帽し櫛でオールバックを一度整えてから着席するダンディズム。

食事中、なかにしさんとスタッフ交えてのなにげない会話。

スタッフ「先生が今までで一番凄いと思った歌手は誰ですか?」
先生「そりゃ、ひばりだよ」
スタッフ「じゃあひばりさんはなしで!他に○○さんとか○○さんとかはどうでした?」
「あれはうまかったけど宿命を感じないんだよ。歌を途中で辞めるってことは宿命じゃないんだ。ひばりは歌とともに生きた。宿命のもと歌ってたんだ。わたしも若き日に物を書くことで生きていくという宿命を自分で背負った。そういう宿命を持った人間の作るものじゃないとダメなんだよ。(隣に座っていた僕に向かって)だって宝くじで3億当たったからって音楽やめないだろう?」
蔦谷「はい、そもそも宝くじ買いません」
先生「だろう、だからこの男の音は良いんだ。そういう人とやらないと意味がないんだ」
蔦谷「(おれ感嘆・・・)」

ここで「運命」ではなく「宿命」という言葉を瞬時にチョイスするのがさすが百戦錬磨の作詞家。

こんな会話もあった。
「先生が最近の音楽で響いたものありますか?」というスタッフの問いになかにしさんは「わたしが今聞いているのはショスタコービッチだったり往年のジャズやシャンソンだったりするが、最近の音楽は聞いてはいない。しかしそれは懐古主義ではなくわたしは自分の人生を確認する作業をしている。わたしが戦っていた頃とは時代も全然違うし今の音楽がダメなのではなくて確実に音楽は進化しているし進歩しているはずだ。彼(蔦谷)はそこで今戦っていて、わたしは今そこからは退いている、だからわたしに今の音楽を評価する権利はないんだよ」と。

さらになかにしさんはこの曲について、
「昭和の作詞家が歌詞を書き、平成の作曲家が曲を作り、次の元号へ歌い継がれていく曲になった」
と仰っていました。

自分のやってきたこと、生きてきた道に誇りを持ちながら、未来を支える若者を想う。
めちゃくちゃカッコよくないですかなかにし礼先生。

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なかにしさんと窪田副知事。

そしてまさに、この曲の最初のレコーディングは次の元号を支えていくであろう若者たちが歌ってくれたのです。

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市立札幌旭丘高校合唱部のみんな。

このレコーディングは全国大会の数日前という忙しい中、大会の練習を割いてまでこの曲のレコーディングのためにみんながんばってくれました。

今では北海道の小中高校など数多くの学生たちがこの曲を歌ってくれているようです。
その全ての始まりは、このレコーディングでした。

2月には北海道内テレビ6局が同時に特別番組をやるとのことで、詳細情報が楽しみですね。
なかにしさんの仰るように、次の元号へ、これから先何十年何百年と歌い継がれる曲になって欲しいと願っています。

北海道以外の方にも是非聞いてもらって、歌ってもらいたいです。

オフィシャルサイトから合唱用の楽譜もダウンロードできるので是非よろしくお願いします。
https://one-hokkaido.jp/