ブログ何書こうかなぁと
いつものように取るに足らない内容の
どうしようもない小話を考えていたら

・・・ゴゴゴゴゴゴ

私の住む横浜に
地鳴りと共に訪れた小さな揺れ。
その直後、テレビから鳴り響く
緊急地震速報。
とうとう首都直下地震が来たのかと
身構えていたら
思いもしなかった九州熊本で
大きな地震が起きていました。

震度7の揺れも
電気やガス、水道が使えない状況も
避難所での見知らぬ人との共同生活も
私には経験がありません。
被災した方々の大変さや辛さを
想像することは出来ても
本当の意味では解らないのかも
しれません。
ここに綴る言葉を
どうしても選べずにいました。

ですが、生まれ育った故郷が
慣れ親しんだ街並みが
見るも無残な姿になってしまった
悲しみは、よく知っています。

私一人に出来ることは少ない。
それは痛いほどに解っている。
それでも少しでも力になりたいと
心底思っています。

被災された方々が安心して眠れる日が
1日でもはやく訪れますように。


ひなた

相当バッサリと髪の毛を切りました。



元々これくらいあったのを


これくらいに。



こんなに短くしたのは久しぶり。
色んな意味で頭が軽くなりました。


いつもお世話になっている美容室
roraimaに程なく到着、というところに
見事な花を付けている樹が。

遠目には桜かな?と思いましたが
近づいてみると
なんだかちょっと様子が違います。
こんな桜見たことないぞ。


とっても綺麗だな思いつつ
上から下の方へしげしげと眺めていると
風にひらひら揺れるものを発見。


無知な私に
自ら名乗ってくださいました。

管理されている方の
御丁寧さに痛み入ったのと
名札を付ける程度には
この樹の名前を知らない人が
いるのであろうことに安堵した
わたくしめなのでした。


ひなた

まるで映画を観ているかのごとく
鮮やかな情景が目の前に広がる
そんな本に出会いました。




ギャンブル狂いで借金まみれの
どうしようもない父親と
夫の尻拭いに追われながら
ほとんど女手一つで娘を育て上げた
しっかり者で心配性の母。
大企業の課長職を
突然辞した39歳独身の娘、歩。
どうにも噛み合わなかった歯車が
父と娘に共通する映画への愛を
きっかけに、ゆっくりと動き出す。


題名でお察しのこととは存じますが
こちらの本、全編を通して映画の
お話が沢山出てきます。
そのほとんどが一般的に名画と
呼ばれるものばかりで
映画に明るくない私でも
親しみが持てます。
小説の中で戦うかのように
(いや実際戦っているのですが•••
    このやり取りが実に面白い!)
一つの映画に対して2つの方向から
解釈が書かれているものですから
ほうほう、なるほど。
そういう捉え方もあるのですね。と
大変勉強になりました。

作中で「映画は映画館で観るから良い」
という内容が何度も出てきます。
正直に申し上げますと
私は映画館が得意ではない。
真っ暗で時が止まったような空気に
息が詰まりそうだし
大きなスクリーンがいやに眩しくて
突然の大きな音に飛び上がる。
感動していても周りが気になって
それを表現できないし
飲み物を飲むタイミングにさえ
気を遣う。
一本観た後には疲労困憊であります。

ですがそんな私が
本当にあるならば是非行ってみたいと
心底思える映画館がありました。
キネマの神様に登場する名画座で
戦後まもなくから続くテアトル銀幕。

恥ずかしながら私は名画座なるものを
この本を読むまで知らなかったのですが
調べてみると数は少ないけれど
今でもあるものですね。

テアトル銀幕が物語において
重要な存在であるのは
間違いないのですが
ストーリーとの絡み方が
強く深く、ではなく
ただそっと寄り添うようにそこに在る。
暖かく優しい、ほっとする場所のように
思えてなりません。
ここならば思うがままに
大いに笑い、大いに泣いて
心地よい疲労感を
味わえるのかもしれないなあ。


自分の記憶を辿ってみる。

北上川河口の中洲(中瀬)に在った
老舗の映画館
岡田劇場での「ドラえもん」。
私はまだ幼稚園か
もっと前のことだったかもしれません。
母と姉と一緒だったと思いますが
他にも誰か居たような気もする
そんな曖昧な記憶。
タイトルもストーリーも
覚えていないけれど
劇場のフロントと呼ぶには
失礼ながらあまりにも狭すぎる
歩くとギシギシと音のなる通路で
映画のオマケで貰ったネコ型ロボットの
おもちゃを乗せた自分の小さな手と
足に伝わる床の感触を覚えています。

父と観たのは岡田劇場の近くにあった
別の映画館で、名前は思い出せません。
ディズニー映画の「アラジン」に
連れて行ってもらったのだけれど
始まった映画は字幕版。
なんとまぁ父らしいことこの上ない。
おそらくそこまでチェックして
いなかったのでしょうね。
当時小学校低学年だった私には
スクリーンに映る文字の中から
簡単な漢字とひらがなだけを抽出して
読む以外に方法がないので
ストーリーが全くわかりませんでした。

でもそれで良いのです。
幼かった私にとって
その時観た映画のストーリーは
取るに足らないことなのです。
覚えていなくたって問題ありません。
重要なのは「一緒に映画を観た」
という事実です。

大人になっても同じこと。
特別な時間を
大切な人たちと共有する。
それが人生において
最上の幸せであると感じさせてくれる
一冊でありました。

なんだか急に
映画館に行きたくなりました。
大切な人と一緒に映画を観たことを
心に刻みたい気分です。
もう大人ですから
ストーリーも添えて。


ひなた

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