発信することをサボってしばらくになります。

昨年秋くらいからの長いスパンでみると、純粋に環境に適応するコストを払う必要に迫られたのが一つ、悠長なことをいっていられなくなったのが一つ、一度継続を止めると、なかなか書く習慣というものも戻ってこないもんです。

ブログ自体、フリーランスを始めた際に人となりを知ってもらうことでお仕事の口になればと始めたものですが、再び就職した今となっては何を発信するのだろうというのもあり。そうやって気づけば、これまでいくつか試したSNSや個人サイトと同じように開店休業状態へとなっておるわけです。

書かなくなる要因の一つには、もしかしたら書く割に合わないと判断しているところもあります。やっぱ公に書く以上は何かの反応を期待しているところがゼロではないんですね。とはいえ、個人ブログというコンテンツの性質もあってか、少なくとも見た目上は何も反応がないようにみえるのです。

それで私はそんな器用な人間ではない自覚があるので、文章に思いを赤裸々に乗せるわけですが、すると実生活において思いもしないタイミングで登場することがあり。

そりゃまあ公に発信しているんだからそうなるだろうというのもあるのだけど、書いた記事に反応がないからといって、それが広がっていないわけではない、というのは今日日のネット発信の特徴だよなぁというのはほんに感じます。

とはいえ、基本的な実感として得られるのはネット上でのリアクションが大きく、そこだけを切り抜くと記事作成にかけた時間に対してリアクションは多くなく、さらにはその割に広い範囲に思考の過程が筒抜けというのも(書いている本人がいうのもアレですが)気持ち悪く感じられるタイミングもあり、書くのは割に合わんとなっていくわけですね。

その辺、気負わずやっちゃいなよYOUと思うところもありつつ、気負わずやれている人はこんなこと書かないってのもまた事実で。難儀なもんです。

元々、発信することは嫌な性格でないですし、発信することで頭の整理がなされることも少なくありません。最近では少しずつ発信していこうとは考えており、例えば
  • ネットに発信せず、紙に書き起こす(これは発信というよりは頭の整理術としてですね)
  • 完全プライベートなところで書いてみる(同上。英語ではdittoというらしい)
  • 全く関係ないSNSアカウントの公開ポストとして発信する(いわゆる裏アカウント。SNSでのつながりのしがらみ関係なく書ける)
  • マイナーなSNSを使う(それなりに閉じていた方がのびのび発言できることがある。そのへんmastodonとかいいなって思う)
などなど。
上に書いた継続のための自己報酬(やモチベーション)も含めたフレームワークとして良いやり方はないか、結構試しています。