月別アーカイブ / 2016年11月

正直に生きていこうと心に決めていても、失敗を認めることについてはなかなか難しいことです。「できなかった」と、自分の非を白日のもとに晒すのは恥ずかしいし、格好悪いしですね。
 
それで何とか醜いところを隠そうとして、でも後ろめたさは拭いきれなくて、明るく前向きに生きているつもりが、気づけばまごまごと何かに怯えながら過ごしている自分がいることすらあります。
  • 時間が足りなかった
  • 満足できる品質に達していなかった
  • 体調が悪かった
理由や言い訳はいくらでも出てくるもので、もちろん本当にそれらが影響していることもあるでしょう。が、結局できなかった、という事実は変わらず、それで凹んでしまって次の行動に悪い影響をもたらしてしまう。
 
悪い流れは断ち切らねば、頭を切り替えられねば、次の流れを掴むことはできません。ただ反省はするべきで、自分の弱さに負けたのではないか、くじけてしまったのではないか、また同じ過ちを繰り返さないように振り返りを行います。
 
何かに挑戦する限りは、未知の物事につきあたることは日常茶飯事です。何が正しいかが分からない状況を暗いトンネルを手探りで進んでいるようなものです。
 
できるできないで判断する限りは大抵のことはできないわけで、となると自信など持てようもありません。それだけ背伸びをしているのです。背伸びをすることを自分で選んだのであれば、虚勢を張ってでも立ち向かっていきたいものです。
 
きっと、やるかやらないか、それが大事なんでしょう。

何か物事をすすめる時、特にすぐに結果が出ないような場合は「進捗している」感が大事だと感じます。

プロジェクトを進めていく上で、例え最初はやる気に満ち満ちた類のものであっても時と共に当初の勢いは衰え、気がついたら辛さの部分しか残っていなかったということもよくあります。

モチベーションで仕事をするのはプロではないという向きもありますが、とはいえモチベーションが結果にもたらす影響は無視できません。大事なのはモチベーションに左右されることではなく、モチベーションを自分自身で管理することなのでしょう。

学生時代、確かアルゴリズムの授業で出てきたのですが、分割統治法という考え方があります。大きな問題を小さな問題に分けて、それぞれを解決して最後にまとめるというやり方です。言い方を変えると、悩みの因数分解の問題解決版です。

分割統治の考え方がないと、目的はぼやっとあるのだけれど、どう動いて良いか分からないという状況に陥ります。そして気づけばただただ、時間ばかりが過ぎていってしまっていたということになってしまうでしょう。

と考え方は分かっていても、仕事の上で難しいのはそもそも大元の形すら変わってしまう可能性があることです。大事なのは課題を見極めることであって、とはいえ課題を見極めるための十分な時間もない。特にスタートアップという環境では、そんなカオスな状況を走りながら考えるというスキルが必要になります。

批判というのは答えを見ているからこそできる訳で、当事者でありたいのであれば慎むべきです。全力を出していないから、進捗していないから愚痴が出る。コトをなしたいのなら、ただただ粛々と取り組むべきでしょう。

という当たり前のこともできていない自分を戒めながら、改めて「進捗している感」を意識して小さなことからコツコツとやっていかねばと思います。

日々、限られた時間をどう振り分けるかの決断の連続だと感じます。
仕事にあてるか、勉学にあてるか、他者にあてるか、はたまた休息にあてるか。

基本的に休息にあてる時間は、何の生産性もないため優先度が低くなされがちです。かといって休息をとらないとできることもできなくなるのは、過去の経験から自明のことといえます。

そこで休息をとる勇気なぞを振り絞ってみて形だけは休みとしてみても、頭の中は走っているプロジェクトのことでいっぱいであったりして。

休む時は休む、ということでパッとスイッチを切り替えられれば苦労もしないのでしょう。

が、そもそもその休みは必要なものなのか、ただサボっているだけじゃないのか、休みに入れるだけのアウトプット出せてる?なんて自分に問いかけてみると生煮えの返事以上のものは出てこない時もままあります。

行動と休息の配分を、生産性や成果を効果としてみた時に、費用対効果が最大となるような適切な配分をとれれば良いのです。

しかしながら究極、最大値を求める以上は現状がそれであるという感覚はそうそう得られるものではなく、常に自らに疑問を投げ続けることになります。

「適切な配分」にしても、今以上に効率的な働きを訓練によって得られるのではないか、という期待もしくは焦りもあります。

現状維持は衰退と同じ。言ってしまうのは簡単ですがそれを実際に行おうとする限りは自分で自分をいじめ続けなければなりません。
ベストじゃなくて、ベターを目指すんだ
高専時代に恩師によく言われたものでした。思い詰めている時は自然と肩肘張って、柔軟性がなくなっているものです。ふと力を抜いてみると全く違った見え方をすることもあるかもしれません。

とはいえ弱肉強食の昨今では求めないと与えられることはありませんし、訓練無くして成長はないでしょう。

そこで、例え誰から何を言われようと、まあ体が丈夫なうちは、精一杯背伸びの一つでもしてみようかと思われるのです。

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