久しぶりに秋葉原に出て、Project DIVAをプレイしてきました。3, 4年前、毎日のようにプレイしていた頃に比べると、えらく下手くそにはなっていましたが、ここのところずっと何だか沈み気味だった気分の高まりを感じました。

思えばここのところ「もう限界」とまではいかずとも無理をしていることは少なくありませんでした。極端な言い方をすればノイローゼ気味な状態になっていたのかもしれません。

休息が大事だといいながらどの程度、実践できていたものでしょうか。オンの状態が長く続きすぎて切り替えられてなかったのかもしれません。振り返ればいつだって自堕落な生活をしてみてようやく、自分を労っていない状態が続いていることに気が付かされます。

多忙の渦中にあっても、諸先輩方にそれとなく指摘いただいたり、また自分でも「何だか上手くいかないなぁ」と感じたりしていて実はダメな傾向に気づいていることは多いです。それで何とかしなければ、映画や運動、カラオケに瞑想、と活動してみるのです。

ただ厄介なのはその時々で最適な行動が違うのことである時は銭湯に行くのが効果的で、またある時は教会に行くのが良いこともある。今回はゲームだった。これが良い気晴らしになってくれた。多分次は違うでしょう。

また、全てのベースにある程度の身体的なコンディションがあって、ある程度の体力がないと大抵のことは効果がありません。その点で何だかんだ寝てしまうのは良い解決策かもしれません。この週末でいうと24日は日がな惰眠を貪っていました。

プロとして願わくば、よりストイックに向き合っていければと思うのですが、なかなかどうして、無理をするところと自由に行動するところのバランスというのも難しいものです。

土曜日にアイマスハッカソンを開催しました。
 
イベントとしては初めての開催で、準備はしたとはいえノウハウがない状態でしたが、皆様のご協力もあり無事に終えることができました。ありがとうございました。

技術、会社、アニメ、ゲーム、多くの業界において、自分が一番であれることはほとんどありません。何故かというと一番の椅子は一つしかないからです。何の軸で一番とするのか、というのはあるにしても。

マズローの欲求5段階などの各段階において、その欲求が満たされない時期が長く続くのはきっと良くなくて、その一方で仕事などは長期戦になることが多いです。それで自分が仕事の軸だけだと心が疲れちゃうから、息抜きの趣味があると良いよね、というのは割とよく聞く話であります。

私にとってはその息抜きの趣味の一つがアイマスでした。そしてアイマス界隈には「アイドルのプロデュースの方法(楽しみ方)はそれぞれあるよね」というのが業界の共通認識としてあります。それで、
アイドルを愛でる、アイマスにContributeする
を掲げて企画したのが今回のイベントでした。

初回ということもあり開催前は未知数な部分が多かったのですが、蓋を開けてみるとWebをはじめ、アプリや機械学習、低レイヤなところ(セキュリティ)まで、多岐に渡ったスキルセットを持つ方にご参加いただきました。

アイマスというコンテンツとファン活動に関する細かなごたくは8月のイベントでお話しましたのでそちらを参照ください。
 

一方で作中でも「目指せ!トップアイドル」と言っていたり、プロデューサー(ファン)の間でも特定の方面では自己顕示欲の勝負の様相を呈していることもあったり、競争らしきものもあります。

アイマスも趣味であるとはいえ、「最初は軽い気持ちで始めてみて、面白いからその世界にハマっていくんだけれど、気づくと周りがガチな人しかいなくなって辛くなっていくよねw」などと、@hamacoさんと打ち上げの場で冗談めいて話したように上(?)をみるとキリがないところであります。

初回開催は参加者の方のレベルが高いと言いますが、アイマスハッカソンでも例外ではなく「アイマス」のワードを抜いても第一線で活躍されている方に多くお越しいただきました。

イベント中の配信にて、「アイマスハッカソン怖そう」というコメントをいただきましたが、ええ私も怖かったですwただ、これはアイマスの楽曲の一つ、DREAMの歌詞にも
ねぇ……出来ないのならやるな だけどやれるのなら出来る
とあるように、きっとやるかやらないかが大事で。

当初感じた「アイマス x 技術」な集まりってないよねという課題意識に対するソリューションとして、
アイドルを愛でる、アイマスにContributeする
これを念頭にやっていければ、と私としては目論んでいるのであります。

ともあれ参加いただきました皆様、準備に際してご協力いただきました皆様、企画を一緒にやってくださいました皆様、ありがとうございました。

基本的に私は怠惰な性格で、束縛を嫌うくせに束縛がないとどこまでも堕ちていくような、そんな人間です。

自堕落な生活でいうとティーン・エイジャーの頃、冬休みでしたでしょうか朝起きてからパワプロ9のサクセス(野球ゲーム)をしていたり、もう少し学年が上がり留年が決まり不登校をしていた頃に朝から晩までSpecial Force(ネットのFPS)をやっていたり、もろに『ネトゲ廃人シュプレヒコール』の世界観でした。

個人的に多忙の中の清涼剤として取り入れる分には、フリーダムな一日も精神安定上良い気がするのですが、それにしたって長期に続けていくものではありません。そのことを直感として分かっているのでしょう、不思議なもので非生産的な暮らしを続けると何かをしなくてはという不安とも焦りともいえる感情が湧いてきます。

社会に出てからは流石に長期間何もしないということもできなくなりましたが、逆に多忙を極めすぎてまともな思考ができなくなることがあります。

元々は自分で決めた道のはずなのに、そこを突き進めば突き進むほど、道のつらさの部分だけが際立って見えるようになり、気づけば自信がなくなり、その顔面からは覇気がなくなってしまいます。

沈んだ表情や「疲れた」とか「つらい」という言葉も、無意識に出てしまうことがそのまま自分の身体から意識に向けた警鐘です。

ただ外から見えてしまうことはそのまま周りにも伝わってしまうことなので、ネガティブな発信をしてしまうという側面ではあまり褒められたものではありません。

警鐘に気づいてしまったならば取れる行動は二つに一つ、そこで休むか更に限界を攻めるかです。そして限界を攻める場合はぐっと抑え込むべきなのでしょう。

速度と品質、熟考と即決、開発と保守、トレードオフにあるものを全取りしようとするスタートアップは元から無茶苦茶です。無茶苦茶ですが、そこにベットしたならば走るしかないし弱音は見せてはいけないのです。厳しいことを言われても、また言わなくてはならなくなっても乗り越えなければならないのです。

つべこべ余計なことを考えずによそ見、脇道を自制できるだけの厳しさを持てるか。限界を攻めることができるのか。これは言葉にする以上に実践が難しいことで、どうしたって迷いは生まれるし、それでタイムロスをしていることも少なくないでしょう。

大元にあるのは価値提供であって、チームとしてはそこだけをみなくてはいけない。じゃあ自分としてはなんでチームと同じコトに向かって走っているんだろうと。

とにかく、揺れやすい自分なりの軸を持たねば、と強く思います。

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