久々の更新です。

大体これくらい間が空くと書くこと自体のハードルが高くなり、たわいのないことが書けなくなったり、あげく心機一転だとかで新しく別の場所でブログを始めたりするものなのですが、ふと思い立って頭の整理がてら書いてみようと思います。

前回の更新が通例の年始ポストでしたので、もう半年くらい経ちますね。

リモートワークをしています

4月の緊急事態宣言の期間中には、どんな人と話すにも、話題は外出自粛でどう過ごしているのか、だったり、今のコロナ下の情勢はいつどのような形で収まるのか、ということになるかと思います。

どちらかというとリモートワークを解除し始めたところも出始めてるのかな、というところなのですが、とはいえ東京都は緊急事態宣言の対象地域、5月いっぱいは在宅勤務、という方も多いのではないでしょうか。私の職場も例にもれず、原則在宅勤務体制で進めております。

リモートワークへの切り替えも早く、すでに2月にはリモートワーク推奨、3月には原則リモートワーク、という体制に移っていました。そんなこんなでまともに他人と物理的に同じ空間で接する機会が激減して3ヶ月が経とうとしているのが今の状況です。

環境大事

そんな3ヶ月、不穏な空気が流れ始めた2月も含めると3ヶ月半ほど気づいたことは何より環境が大事なんだな、ということでした。在宅期間を振り返ってみると、仕事上の活動や最低限の生活は送ることができている一方で、人と人が直に会うことで得られる刺激や、外出して得られる印象らしい印象もこれといってないまま、時間だけがすぎてしまっていることに気づかされます。

不要不急の外出を控えている以上、これらは当然といえば当然なのですが無意識化に自分自身に影響を与えていたようです。例えば、メンタルバランスの崩れだったり、ストレスの捌け口が限定されることで身内とのいらぬトラブルの原因になったり。

たちが悪いのは、今の状況が続いたとしても、生きていくことはできるのです。ただ、自分としては今の状況が続くことに対して漠然とした焦りというか、捉え所のない不安を抱えてしまうのです。外に出られないからといってただいたずらに時間を浪費するだけなのは果たして「人生を生きて」いるのか。

この問題、というかもしかしたら側からみたら問題ですらない自分の生み出した気持ちなのかもしれませんが、この内面に向き合っていくことが個人レベルでの「アフターコロナ」「ウィズコロナ」なのかもしれません。

活動の源泉がなくなった

俯瞰した自分自身として、大きな変化が訪れたのがやはりこれかな、と活動らしい活動がまったく行えていませんでした。昨今では登壇したり参加したりするオフラインのイベント・カンファレンスそのものが行えないため、当たり前といっちゃ当たり前なのですが、想像以上にその影響が大きいようです。

つまり、まったくと言っていいほど生産的な活動やそのための準備に時間を費やせていなかったのですね。振り返ってみて私の場合、人と会うというのが行動の源泉、モチベートにつながっていたのだと気づかされています。オフラインイベントでの登壇・出展・参加を目標に活動が行われていた、と。

技術書の出典の機会(技術書典、コミケ)もなくなりましたし、イベントでの登壇機会も現段階では見えません。もしかしたらポッドキャストの更新すらもオフラインでの刺激(コミュニケーション、フィードバック)が大きく作用して活動していたのではないかと思えるくらいです。

それであれば、オンラインで出せばいいでないか、と理論的にはそうなるのですが実際には状況の変化に適応できないまま、今日まで来てしまったのです。ああ、恥ずかしい。

状況にうまく適応するために

しばらく世情は変わらないだろうということと、そして私にとってはこれまでの行動フックがなくなった以上、どうやら意識を変えていかなければならないようだぞ、と気付き始めたのがここ2, 3週間の話で。まずは、私は私の現状がどうあるのか、そしてどうありたいのかということを考えるようにしてます。

そして元来、他人とのコラボレーションや企みといったことに関心を持っていることから、まずは他人とコミュニケーションをとっていけないか、ということに思い至りました。つまるところリモート飲み会・ランチですね。

巣篭もり生活に移行して、会社内やチーム単位では、しっかりと顔合わせできている実感がある一方で、社外やコミュニティといった単位でのコミュニケーションはこれまでオフライン会合ベースだったこともありなくなっていました。

それで思い切って社外の人と話す機会をセッティングし、いろいろなメンツでオンライン飲みを試しはじめているのが最近のことです。

もちろん実際に試してみると、大人数で飲み会をやっても一人しか話せなかったり、スピンオフのような形で数人で踏み込んだ話ができなかったり、とオフラインの場のようにいかないところもありますが、まあ夜に予定があるのは懐かしい感じがして良いです。オンライン飲みも欠点ばかりではなく、移動時間的なメリットだったり、さくっと切り上げられたりといった長所もありますしね。

次に、勉強会やカンファレンスで得られていた知的な刺激を得るためにこの機会にインプットというものにしっかり向き合おうと考えました。

ゲームやテレビといった娯楽とは得られるポイントが異なるだけで、本来読書や勉強も快楽が得られるものです。娯楽よりも生産性につながりやすいことから可処分時間を娯楽から引き剥がし、「知的生活」への投資に使おうと試みています。

改めまして、今年もよろしくお願いします。
仕事始めもしており今更感もありますが、備忘のため、昨年のダイジェストと今年の抱負を書いておきます。

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年末の国際展示場にて

2019年のダイジェスト
  • 職種をピボットした
  • きのこるエフエムの配信を開始した
  • カンファレンス等の運営活動を強化した
    • コアスタッフ : Vue Fes Japan
    • ボランティア・当日スタッフ : builderscon、EOF 2019
    • 責任者 : コミケの一部署
  • 最後の祖父が旅立った
  • 引っ越した
  • まさかの転職した
こうして振り返ってみると、仕事・プライベートともにダイナミックに動いた一年でした。課外活動の方も活発で、いろいろなコミュニティに顔を出していることが伺えます。
祖父の旅立ちはいつか訪れるものだったとはいえ、改めて死や人生について考えるきっかけになりました。何のために生きているのか、働くのかということを見つめた時に、ただ目の前にあるタスクや仕事だけを見るだけではいけないなと感じ入りました。青臭いですが、いつかくる死の間際に立った時に後悔しないような、長期のビジョンを描くそんな人生の経営者を目指そう、と思いました。

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夕暮れ時、明治神宮にて


さて、2019年初にざっくり立てたテーマですが、下記のように振り返ります。

プロフェッショナリズム
当初想定していただろう、機能開発者の方向とは違いますがビジネス職の中でエンジニアリングという側面では、ある種可能性を切り開けたでしょう。

チームプレイ
こちらも当初想定していた、開発者同士のチームプレイ、という方向とは違いますが職種の違うメンバーとのコラボレーションという点で大きく発展しました

メンタルケア
おおよそエンジニアとしてのキャリアについて思い悩んでいたのでしょうが、職種をピボットすることにより現時点である一定の解を出したと言えます。

2020年の目標

今今で考えていることもありますが、以下のように設定します。
  • 現職でのbizdevを達成するために、サービスを少なくとも一個、対外的にリリースする
  • 健康係数を取り戻すために、週に2回以上の運動を3ヶ月以上続ける
  • 英語を習得するために、カンファレンスで英語での雑談を一回以上行う
  • きのこるエフエムで一定の成果を出すためのアクションを3施策以上とる
  • 有利子負債(奨学金)を完済する
仕事では、新しい職務領域でのパターンというか自分なりの型を見つけたいという思いである程度測定可能なKPIを設定しました。もちろん、サービスを開発するだけが仕事ではないのですがあくまでインジケータとしてこちらの目標を置いています。

昨年の夏過ぎまでは、運動を習慣化できていたのでよかったのですが、ひょんなきっかけでその習慣もなくなってしまいました。直近の健康診断では、総合C判定と割と真面目に気をつけないとすぐに崩れてしまいます。この課題意識を解決するために運動の習慣化を目標に設定しました。

英語については割といつもいっている気もしますが。ただ漠然と勉強したいといった目標やアクションを先行とした施策はうまくはまらないことが分かっているので、私の生活の上で実利がある点に目標を設定しました。

きのこるエフエムに関連する活動は、もちろんそのコンテンツへの興味が根本にありますが、それ以外に企画やマーケティング、制作、マネジメント、営業など、開発以外の要素も実験的に試せるような場だと捉えています。なので特に営利目的でもないのですが、各種広告を打ってみたり、毎回発生する作業の外注をしてみたり、収録から公開・拡散までの全体のフローを整備してみたりしています。昨年は文字通り始動の年でしたが今年はこの活動について、ある一定の知見化をするところまで持っていけたら良いな、と考えています。

大学院以降の学費や生活費を学生支援機構の奨学金で賄った私ですが、賞与等臨時収入があったタイミングで繰上げ返済をしていた甲斐もあってか、利子付きのものについてはある程度の終わりが見えてきました。2020年良い機会ですし、ちょっと普段の散財を控える必要はありますが有利子負債の完済をめざしてみようかと考えています。

さて、近況としては年末に引っ越した際の片付けをガッと終わらせ、ようやく新生活が始まった感があります。そんなところで2020年も、気張っていきまっしょう。


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Facebookのニュースフィードに書いてすっかり満足してしまっていましたが、こちらにも。2019年12月をもってRepro株式会社を卒業しました。年始よりグローバル・ブレイン株式会社というベンチャーキャピタルでTech Talentとして働いております。

Repro株式会社には、2017年2月に入社しました。

就職しました - treby 公式ブログ

さらにその前フリーランスとして携わっていた時期も含めると3年半お世話になったことになります。これは私の社会人歴の上では最長でその分、感慨も大きいものです。というか、社会人生活も気づけば7年目が終わろうとしているのですね。1年1年は濃密でありつつも、振り返ってみるともうそんなに経つかと、歳も取るものですね。

Repro株式会社にいて良かったこととしては、なんといってもWeb業界の中でも技術的に真摯な環境で働けたことです。多くの会社でテクノロジー、エンジニアリングが必要なことはもはや説明の必要もないとは思いますが、その上でどこまで技術をつきつめていくのか、つきつめられるのかは会社によって様々です。もちろん技術は大事だし、優秀なWebエンジニアに来て欲しいよね、「とはいえ」今は実装を最優先にしよう、と合理的ではあるが技術者としてはぶっちゃけモニョるというのも良くあることではないでしょうか。

Reproの場合、月間1億ユーザー以上もの大規模データを扱うようなシステム(1年ほど前のデータですが、参考まで)を扱っているため、技術に甘んじると死ぬという特性があります。そのため、品質に振るパラメータの度合いは小さくありません。これはWeb技術者の働く環境としては理想に近いものといえるでしょう。

実際私もReproでの業務を通じて、入社前より2段も3段も上の「普通」を習得できたと思っています。今だから書きますが、2016年当初は私自身、技術力が足りなくてクビになるかどうかの瀬戸際を彷徨っていました。いやぁ、辛かったwでも、今となっては自分にとって良い経験だったな、と思っています。不思議なものです。

有り体な表現にはなりますが、一緒に働くメンバーが優秀なのも特徴です。対外的に目立つのはCTOの @joker1007 さんをはじめとする精力的に発信をしている人ですが、例え対外的な(SNS上の)発信がなくとも一緒に働くと素晴らしい人がたくさんいます。技術に真摯、とは書きましたが、それでありながらも職人気質すぎずビジネスサイド含め適切にコミュニケーションを取って仕事を進められるメンバーが多く、彼ら彼女らとは一緒に働きやすかったですし、勉強になることも多かったです。

現在、エンジニアの数は現在50人程度ですが、私がいうのもあれですが開発者の離職率がとても低く(2019年で私含め2,3人程度)、そのこともまたReproが良い環境であることの証左かもしれません。興味のある方はWantedlyなどから応募していただけると幸いです。

私がいたのは20人から250人規模までの、個人戦からチーム戦に変わり、制度の策定や管理の概念の導入が行われた時期でした。これからはグローバル展開やスケールに耐えうる強い組織の運用、そして会社としてのイグジット戦略に向けた動きなど、制度が整った環境が良い人、カオスな環境が好きな人、双方におすすめできる環境になっています。ぜひよろしくお願いします。



と、ここまで書いて、じゃあなぜ辞めたのかと自分でも不思議になるのですが、理由としては自分が戦いたいフィールド、キャリア観の変化、というのが大きいでしょう。私はReproではSoftware Engineerとして簡単なbugfixに始まり、一機能の開発、業務時間外アラート対応、チームリーダー、と一通りのことを任せてもらいました。それらがある程度の再現性があるレベルまでできるようになった時、会社に次にチャレンジしたいと提案したのがEngineering Managerでした。

当時、私は7人くらいのチームの取りまとめを任せてもらっていました。しかしながら職責上はSoftware Engineer、業務成果の判断基準は技術的なアウトプットでした。今となっては歪と分かりますが、当時はそんな状況でした。ちょうど、そのころ書かれた記事にそんなモヤモヤが現れていると思います。

それだったら、マネージャ業務を職責としてEngineering Managerをやらせて欲しいと、そう訴えたんですね。下記のスライドでは、Engineering Managerという肩書きにしようと書いています。


が、当時の開発者組織の考え方として、基本的にはマネージャを置かない方針だったのです *1

それで、代替として提案されたのがビジネスサイドと開発サイドの橋渡しを行う、ソリューションアーキテクトという職種の立ち上げでした。

自分自身が思っていた方向性とは異なりましたが、それまでの開発経験やRepro歴が生きる場所ということでまずはやってみることにしました*2。ソリューションアーキテクトは社内的にも目新しい役割ということで当初は仕事をする上で上手くいかないことも多かったのですが、年末頃までには周知も広がりましたし、また一定のフローを整えられました。さらには従来なかった橋渡し業務を行うことで割とビジネス職の多いad:tech toursという場でのモデレータ業にもつながりました。


実質的には1年弱くらいの期間でしたが、ソリューションアーキテクト業務を通じて気づいたのは開発者としてのキャリアとして、システム開発のみならずお客様・ビジネス職との橋渡しの役割に奥行きがあるということでした。

そんな折、Vue.js日本ユーザーグループのご縁で@kiaking85 さんにベンチャーキャピタルでの開発推進のポジションにお誘いいただきました。かねてよりベンチャーキャピタルという事業に興味はありました。まさか働くチャンスがあるとは思っていませんでしたが。

Reproはなんだかんだで開発者に理解のある会社です。反面ベンチャーキャピタルにおいては、昨今のWeb系企業でのエンジニア観とまた違った文化があります。

そんなどちらも魅力が大きい二者の選択肢の中で、最終的にはグローバル・ブレインでチャレンジすることに決めました。事業ドメインへの興味もそうですし、現実的なところでは待遇や条件といった面もありますが、何よりもエンジニアリングから遠い世界でどれだけ自分の力を発揮できるのか、というところに好奇心が湧いたことが大きな理由です。まあ、実際には勢いな部分も少なくありません。

ともあれ、遠い将来に振り返った際に後悔することのないようやっていけたらと思っています。
皆様方には引き続き、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。

  • ^*1 …… ちなみに2019年春にLeSS(大規模スクラム)というフレームワークが導入され、同じくらいの時期にEM職も正式なポジションとして設置されていますので、今は本文内の状況は解消されています。念のため。
  • ^*2 …… 私もパーソナリティを務めるきのこるエフエム ep. 11では、マネジメントの対象が人から業務フローに変わった、と表現していますね。 

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