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変わらなくてはと思っている。
でもその思いの強度が足りないから
変われないでいる。

最近よく「痩せましたね」と言われる。
確かに痩せてきている。
しかしそれはわたしの「変わらなくては」に自然に付随してくるちょっとしたアクシデントであり痩せることが目的なのではない。

わたしは変わりたい。
生きている以上、自分のことを、余すことなく好きになってみたい。
わたしのことを好きになってもらいたいと常々思ってきたけど、わたしは今わたしがわたしを好きになりたい。



これまでのわたしはなんというポンコツリンであっただろうか。
どれだけの貴重なエネルギーを浪費したろうか。そのエネルギーでもっともっと
素晴らしいなにかを生み出せたろうに。
わたしのこれまで。
思い返すに情けなく、恥ずかしく、恥ずかしさで赤面するどころか、恥ずかしさで顔からスペシウム光線が出てしまいそうだ。


生まれてからこのかた、40年も経ってしまったが、あらゆる瞬間に変革のチャンスは訪れていたはずだ。
そのあらゆる瞬間を軽視し
いや、
なにかを信じていたときもあったが
かりそめの敗北に負けたふりをして
妥協をし諦める。
しかし最近学んだことは、
諦めなんて嘘っぱちだということだ。
諦めなんて自分がラクしたいだけだ。
本当は今この瞬間にも
変革のチャンスがトグロを巻いているはずだ


そしてなによりそのことを教えてくれたひとたちにありがとうをしたい
自分では気づきようがなかったことを
教えてくれたひとたちに


さて
26.27日に迫ったライブ
初日はサプライズ多めだ
二度と見れない可能性があるものも、ある。
2日目も充実したものになる
あの曲この曲の新アレンジも気に入っている

そしてわたしのテーマは感謝だ

さきほどの「気づきを与えてくれた」ひとたちに対する感謝と、
ここではなにより、こんなわたしが半裸で何かするのを不思議なことに楽しみにしてくれているお客さんへの感謝である。
「ありがとうが爆発する夜」
というのは、矢沢永吉の50歳誕生日記念ライブのサブタイトルであるが、
まさにこんな感じである。

最近会えてないお客さんや、偶然カフェであって声をかけてくれたお客さん、はたまたこの場に来たくても来れないお客さん、もう勢いついてお客さんですらないひとたちにまで、もうありがとうのテロルである。ありがテロリストである。かたっぱしからである。ありがとうの流れ玉である。顔からありがとう光線である。

そんなわけで
久しぶりにアントーニオでした。

最近はツイッターもほとんど更新していませんが、元気です。
もし「変わること」ができたら、またツイッターとかになにかを書きたいと思っています。
もし変わることができたら、西さんと共同でブログを始めるかもしれません。
変われなくても、始めるかもしれません。
それで変われればよいだろうし


いまはひっそり、サイバースペース上のサイレンスを楽しんでいます。
沈黙を。
でもみなさんにはサイバーではないスペース上で会いたいと思っているので是非来てくださいね。1日目、2日目も。



頼みましたよ!

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