プロレスを始めてもう13年以上になる。
しかしながら、ときどき、試合前にこんな気分になることがある。

「俺、これ(プロレス)やるの初めてなんじゃないか?」

プロレスやるの初めてなんじゃないか、そんな気持ちはおかしなものだ。だって長いことやってきたはずだ。そんな気持ちは矛盾している。論理的に考えればそれは「初めてではない」。

プロレスを初めてやるという気分に陥ったとき、しかしながら、わたしはプロレスをやるのが不安になるわけではない。
ゴングが鳴れば、身体が覚えているのがわかるだろう。頭でプロレスがどんなものだったか思い出さなくたっていい。身体が覚えていて、それは自ずから働きだして、気がつけばファンキーなプロレスを炸裂させているアントーニオ本多がリング上で半裸で暴れている。


THE 夏の魔物のツアーファイナルがやってくる。
このツアー中に、わたしはメンバーのさまざまな様子を見てきた。出番前に控え室の端っこでうずくまって身体に染み込んだ緊張を抑えつけようとしているかのようなあの子。
出番後に自分のライブの出来を思い起こしては抑えきれない気持ちを涙ながらに吐露するあの子。それを聴いて慰めようとするあの子たち。
みんなひとつのものに向かって気持ちを大きく揺るがしたり涙に変えたりしている、そのひとつのもの、THE 夏の魔物を忘れなければ大丈夫。いや、忘れようはずがない、何故なら君たちはTHE 夏の魔物だからだ。


プロレスを初めてやるんじゃないかという不思議な気持ちに陥って、プロレスというものを忘れた錯覚に陥っても、わたしは決してプロレスを忘れることはできない。それはプロレスを忘れたと思った瞬間でさえも生き生きと働きだしてわたしを駆り立てる。アントーニオ本多を駆り立てる。

このツアーファイナルは、我々の初めてのライブではない。我々のなかのTHE 夏の魔物が働き出すのを見守ろうではないか。
頭で考えずとも、君にはTHE 夏の魔物が染み込んでいる。

そして、それと矛盾するようだが、このツアーファイナルは我々の「初めてのライブ」でもある。ライブとはすべて「初めて」である。
明日のライブを過去に経験したことはない。未来に経験することもない。

われわれは過去も未来もない瞬間にステージに立っている。だからそれを、ひとはライブと呼ぶのかと思う。ライブとはもちろん生きているということであり、それが今である。ひとは過去や未来に生きることはできない。どんなに過去や未来に生きたくともひとは今にしか生きることができない。過去や未来は幻想に過ぎない。
過去とは記憶であり、未来は想像でしかない。過去を思い出しているのは今であり未来を思い描いているのも今である。ひとは今以外を生きたことがないし、今以外を生きられないし、生きていることこそいまなのだからその今を心の底から抱きしめない理由はない。ライブとは今なのだから。

過去のなかに、大切なものやひと、たくさんのものが去ってゆく。過去のなかに、自分の気持ちが壊れることがなんどもなんどもなんどもなんどもあり、もう、やり直すことができないんではないかと思うことがなんどもなんどもなんどもなんども起こる。

しかしライブとは今なのだ。

それはすべてから自由になった瞬間だ。
その今が君に力を与えるだろう。
何も、考える必要はない。
何も、気に病む必要はない。
ライブとは今であり、まったく新鮮なものだ。
そのまったく新鮮なステージで、来てくれるお客さんたちに、ライブをさせてくれる、生きさせてくれる、その感謝を捧げよう。


life's just got started when
you find you can't begin again.

とこれはピーター・ハミル。

みなさん明日お会いいたしましょう!