『その先に』

〜未来に遺るものに、興味はない〜

自分が作品を作らなかった理由の一つ
これは「本音」だった

そもそも、「作品」というものを作ること自体が
自分にとって特別なことであり
特別な存在になって初めて、それが「許される行為」だという認識が
子供の頃からあったように記憶している。

それが「変わった」39歳。
ふと思った

『あぁ、このまま、何も起こさずに、死ぬんだなぁ』

それを望んですらいたはずなのに
それがなぜか、怖くなった。

40年近く生きて、自分の器はわかった
どのレベルが自分の天井なのかもわきまえた。
なりたいイメージはあった。
この器では、出来ないことを知ったのは比較的早かった。
その時点で、「この器から出るものは、遺るべきではない」と判断した。

20代で得たものを捨てて30代に突入し
30代で得たものもまた同様に捨てて
40代に突入している。それは僕の中での「RESET」

現状も相変わらず、この手に遺るものは、何もない。
何もないうちに、いなくなることができたら
どんなに楽だろうと、思って生きてきた。
早く、1日も早く。

そう思っていた、はずなのに。

怖くなった。

どうして、積み上げて来なかった?
どうして、捨てて生きる必要があった?
どうして、若くして「絶望」を受け入れてしまった?

屁理屈と怠惰によって、時間を食いつぶしつつある器から
いよいよ、意識を超えたところでの
何かしらのシグナルが出始めている

「終わり」が近づいている。

そこに、「向かう」ことで、生きている実感が得られた
しかし、それがリアルになってくればくるほど
「向かう」ことすら辞めて、「ただ、待つ」

向かうことでたどり着くところがなんとなく見えてしまった今
ただ、待つことによって
〜その先に〜
実は、それが「境地」なのかもしれないと、感じている。