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中国という巨大で、不透明な国を本当に多方面【政治と経済それも中央と地方、農村と都市、またエネルギーと環境、人口と労働市場、格差と腐敗】から詳細に描き出している上に、とても読みやすく、かつ、分かりやすい著書だ。
中国という国を、過大にでもなく過小にでもなく、なるべく実像として理解する手立てになる本だと思った。また特に、12章での中国のイノベーションと創造力に関しての著者の考察には同感する部分が、とても多かった。

☆経済成長と政治的な統制の間で、二者択一をしなければならないのはどんな時か
『中国の指導者たちは、政治システムをオープンにするか、経済が衰退するに任せて権力を維持するか、という選択を拒否してきた。そして成功している。
実際、現在の習近平政権は、野心的な経済改革のプログラムと、政治的な引き締めの運動とを組み合わせている。その理由は、経済成長と政治運動は補完しあうものであり、矛盾するものではないと考えているからだ。党の絶対的な力が、力強い経済発展を可能にするのであり、オープンな政治制度の下ではそうした政策は維持できない。さらには、中国共産党の指導者たちは、国際社会における国の力は、経済の力と直結していると認識してきた。
しかし、当然のことながら、経済改革の個々の政策では、国はある程度は力を放棄しなければならない場合も多い。国有企業の合理化は、国が保有する資産を大幅に削減することを意味する。金融を自由化すれば、国が優先させたいプロジェクトに資金を回しにくくなる。党主導の経済政策から生じる永遠のジレンマは「どの程度の、どんな形の経済成長を実現するために、中国指導部はどの程度のどんな種類の権力を犠牲にする用意があるか」ということだ。』

☆60%の価格で80%の品質
『中国ビジネスモデルを一言で言い表すとしたら「60%の価格で80%の品質」だ。これは、低コストの労働力と、良いインフラと、価格に敏感な国内消費者という組み合わせから生じたビジネスモデルだ。このビジネスモデルもまったく問題はないが、中国企業が最高レベルの市場に進出しようとしたり、第一級のイノベーションを開発したりする場合には不利になるだろう。』

☆成長モデルを変える
中国も、そろそろ、資源の投入による成長モデルから、資源の効率的な活用による成長モデルに移行するという課題に直面するだろう。
『1979年以降、中国は国が支配する計画経済から、市場や民間企業が重要な役割を果たす、ダイナミックな混合経済へと転換を行ってきた。ある視点から見ると、この転換は複雑で、金融や財政、企業や統治、法制度などを繰り返し改革していく必要があるものだった。しかし、別の視点から見ると、すべてに非常に単純な共通点があった。つまり、資源を次々に投入していくことである。
つまり過去30年から40年間、中国にとって最大の仕事だったのは資本ストック、つまり設備や建物、他の物的資本の合計の価値を増やすことだった。
―(中略)―そして、やがてどこかの段階で、国の資本ストックは豊かな国の水準に到達する。
すると、単に資本を投入するだけではほとんど効果が得られなくなる。企業は効果的に事業を行える設備をもはや持っている。そして、労働者の生産性はすでに高くなっており、新しい機械を使わせるだけでは生産性が2倍、3倍になることはない。さらに、その国に必要な道路や鉄道、港や発電所は建設済みだ。
こうなると、単純に資本を追加するだけでは力強い経済成長は実現できなくなる。成長を実現するには、1つの資本が生産できる量を増やしていかなければならない。つまり、資本活用の効率を高める必要があるのだ。そして、こうした変更を実行すると、経済の成長は緩やかになる。なぜなら、それまでは成長の源が「新しい資本の追加」と「生産性」の2つだったのに、それが1つ「生産性」だけになるからだ。
中国にとってこの議論の意味は明らかだ。改革期の高い成長率の要因は、2つにまとめることができる。①資源を投入し、国の資本ストックを大幅に増加させた。
②これらの資源の管理主体を徐々に国有企業から民間企業に移し、それによって、多少の投資は無駄になることがあったとしても、資源の利用効率が長期間の平均で見れば徐々に改善していった。
実際、もう中国は非常に多くの資本を形成してしまっており、資源投入の時代は終わりに近づいている。これからの成長は資本の追加よりも、効率の向上を中心に成し遂げなければならない。』

☆現実として、中国の成長モデルは変化しつつあるのか
『中国の成長モデルは、すでに変化し始めた証拠が見られる。問題はその変化が金融危機や深刻な経済停滞を妨げるほど、十分に幅広くスピードもあるものかということだ。プラスの面を見ると、中国は従来の工業・投資中心の経済から、サービス・消費中心の経済へと移行し始めている。また、これまでのところ、大きな経済成長を維持しながら変化を成し遂げている。
しかし、厳しいリセッションや金融危機を起こさずに、より持続可能な新しい成長モデルへの安定的な移行を実現していると結論づけるのはまだ早い。
というのは、中国全体としての高い成長率によって見えにくくなっているが、地域によってはすでにリセッションが起こっている。2015年の半ばまでに、中国の東北部と中央部のいくつかの省で、GDPの成長率がマイナスになった。主に天然資源の採掘と重工業に依存している省である。
また、さらに懸念されるのは、資本の生産性が向上しているのかどうか、まだ証拠が示されていないということだ。レバレッジは引き続き上昇しており、「中国が過去数年間うまく成長を続けてきたのも、企業や家計や地方政府がどんどん負債を積み増していくのを政府が認めたからに他ならない」という議論も妥当になっている。
2008年に米国が気づいたように、負債の増加を元にした経済成長は長続きしない。そして、資本生産性の低さに関しては、その根本原因である国有企業の過剰な規模と効率の低下という問題が解決されていない。したがつて、国有企業の再編や民営化の実施がはっきりと見えてくるまでは、また国有企業が独占している分野が解放されて民間企業との競争が活発になるまでは、資本生産性は低下し続けるだろう。加えて、成長スピードも低下し続け、レバレッジは拡大し続け、中国が新たな成長モデルにスムーズに移行できるのかという疑問も提示され続けるだろう。』

☆政治改革を行なわずに経済改革は実現できるのか
『西側の研究者や中国国内の批評家は、いずれ中国は、政治システムをもっと解放的な代議制に変える必要があり、そうしなければ経済成長は止まると論じている。
しかし、この予想はこれまで実現していない。習近平のトップダウンによる改革プログラムも、経済がもっと市場の効率性によって働くことを目指し、一方で党の権力は強化されることを狙っている。つまりある種の「レーニン主義的資本主義」を目指しているのである。この戦略は、少なくとも今後数年間は有効だと考えられ、それにはいくつか理由がある。
その理由のなかの一つとして、通常より開かれた政治システムを支持する階層の人たちが、中国ではあまり明確には変化を求めていないからだ。通常は都市の中間層が、開かれた政治を最も強く要求すると考えられている。しかし、中国では、このグループは急速に成長してはいるもののまだ少数派に属しており、非常に多く見積もって3憶人、全人口の4分の1以下である。また全体として、このグループは経済改革で過度の恩恵を受けてきた。特に国有住宅の私有化では、価値の高い資産を非課税で手にした。加えて、大学入学者の定員は歪んでいて、都市住民に有利になっている。代議制が機能している政治システムであれば、貧しい農村部の利益の方が、このグループの利益より優先される。農村部の人口は都市の中間層の2倍だからだ。しかし、中国は代議制ではない。したがって、中国共産党が生活水準の向上や、機会の拡大や、まあまあ確実な財産権などの形で良い結果を提供すれば、都市の中間層は政治的な変化を求めて人々を扇動するようなことはないと考えられる。
したがって習近平の「レーニン主義的資本主義」戦略により、市場経済と権威主義的な政治システムという、中国独自の組み合わせを維持できる可能性はまずまずあると言える。
しかし、この戦略に代償が伴わないかと言えば、まったくそんなことはない。明らかな犠牲となっているのは、「イノベーションと創造力」だ。
中国の指導者たちは頻繁に、中国はもっとイノベーションを起こせる社会になるべきだと口にする。しかし、人々が自分の意見を表明する権利や、情報を共有すること、社会問題を解決するために独自に組織をつくること、権威に立ち向かうこと、海外の志を同じくする人々と自由に協議することなどを中国が厳格に規制している限り、中国で創造力の花が開くと考えることは不可能だ。短期的には、イノベーションの欠如が経済を抑え込むことはないだろう。工業の効率化やサービス業の規制緩和など、まだ成長を絞りだせる部分は豊富に残っているからだ。
しかし、中国社会が高齢化し豊かになっていく中で、活気のある状態を維持したいならば、最終的にはもっとオープンでかつ偏執的でない政治システムが必要になってくるはずだ。』

「チャイナ・エコノミー  複雑で不透明な超大国 その見取り図と地政学へのインパクト」 著 アーサー・R・クローバー

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のんチャンネルより

私は、ほぼ毎日何気なくYouTubeを観ているが、正直その過去・現在・未来についてそれほど知識を持ち、また関心を持ったことがあるかと言えば、そうではなかった。
本書の著者であるロバート・キンセル氏は、YouTubeの副社長(Chief Business Officer)であり、この本はYouTubeを組織の中枢から描写しているのだが、それ以上に、これまで活躍したそして現在も活躍して成功に至ったYouTuberの豊富な事例集でもある。
そして更に、YouTubeを通して、現在そして未来のグローバルメディアとは、について考えるきっかけにもなる本である。
特に、ミレニアム世代の次の世代と言われているZ世代は、圧倒的にYouTube世代である。そういった世代におけるグローバルメディアとは?

☆グローバルメディアとしての地位を確立する
『テレビのネットワーク企業群のような、希少な資源―放送時間―を支配している企業は、番組や広告の枠を競売にかけ、一番高い値をつけた相手に売ることができた。しかしメディア業界では、希少が影響するところがもう一つある。それは国外へのコンテンツ配給の制限である。別の国のDVDを観ようとしたことがある人なら、国際的な権利がとても複雑なことがあるのを知っているはずだ。
たとえば私が以前、海外配給を担当していたHBOは、世界中でコンテンツを放送するために、数多くの違った方法を採用していた。国によってはHBOがネットワークを所有して(主にアジア全般)、米国のチャンネルの海外版を提供している。他の東欧や北欧では、地元のメディアとジョイント・ベンチャーをして、番組を放送する。さらにカナダやオーストラリア、ほとんどの西欧の国では、配給のライセンスを与える。
こうした複雑な取決めが存在するのは、会社にとって最も有利な条件に基づき、コンテンツの価値を最大限に高めることが可能になるからだ。それはHBOにとって、とてもいいことだ。コンテンツの制作費はすでに米国で支払われているので、国外での放映のためのライセンス供与は莫大な利益を生む。しかし、その結果、番組の初回放送の日時は市場によって違い、外国ではまったく放送されない番組も出てくる。
インターネットの棚のスペースは無限なので、デジタル事業のビジネスモデルは、希少ではなく豊富であることを前提に構築される。最高額を引き出すために市場ごとにコンテンツを競売にかけるのではなく、インターネットのプラットフォームは、そのコンテンツが国内外を問わずどこでも見られることを保証することで競ってユーザーやファンを増やし、儲けのことは後回しになっている。どこにいるどんなユーザーでも、サイトへの動画のアップロードと視聴のどちらも可能にしたことで、YouTubeは急激な成長を遂げ、本質的にグローバルなメディアサイトとしての地位を確立しつつある。』

☆「江南スタイル」成功にみる非英語圏パワー
『何十年もの間、コンテンツの輸出を阻んでいたのは言語の壁だった。
世界で話されている言語として英語は第三位であるが、従来のコンテンツ輸出は、西側から世界へという一方通行だった。しかしその動きが変わろうとしている。インターネットのおかげで、文化が新しいルートで、これまでなかった新しい方向―東から南や西にーで世界に広がるようになった。
そういったヒットが思いがけないところから生まれるという最高の例が、韓国の歌手PSYだろう。大ヒットした彼のK-POP曲「江南スタイル」は、視聴回数十億回を達成した初の動画となった。しかも五か月強という短い間でだ。さらに視聴回数二十億回を超えた初の動画となり、三十億回まで順調に記録が伸びていく間に、私たちの会社のエンジニアがカウンターでそれだけ大きな数字を表示できるようプログラムを修正しなければならなかった。
歌がYouTubeで広がったおかげで、「江南スタイル」はベルギー、ホンジュラス、スロベニアをはじめ、何十という国でチャートのトップを飾った。またオーストラリアでは百万枚突破を最速で達成したシングルとなり、米国では最終的に五百万枚を売り上げた。
「江南スタイル」が文化面に大きな影響をもたらしたのは確かだ。この曲がリリースされる以前、K-POPの視聴者層は、ほとんどアジア、オーストラリア、ニュージーランドで占められていた。一年後、その割合が大きく変わり、アクセスの大半がアジア太平洋地域以外、そして90%以上が韓国以外からのものになった。
「江南スタイル」は韓流の爆発的ヒットの一つに過ぎない。1990年代の韓国ブラックマーケットにおける日本の音楽、漫画、ゲーム人気の高まりを懸念し、韓国文化体育観光部は、国内でのコンテンツ制作に力を入れるようになった。90年代後半に金融危機に襲われた時、韓国経済がメディア重視に方向転換し始めたことで、しゃれたドラマや広まりやすいポップソング制作が増加し、短期間で外国の視聴者を獲得した。
(韓国のドラマが特に人気を集めているのは中東である。「宮廷女官チャングムの誓い」は、イランでは視聴率90%という驚くべき数字を記録し、一部の韓国人俳優は誰もが知る有名人となっている)』
☆韓国の世界戦略について
『こんにち韓国ほど自国の文化の輸出を重視し、熱心に取り組んでいる国はない。K-POPグループの育成は、オリンピックチームの育成に似ている。ポップスのスターたちは公開オーディションで選ばれ、何年も歌、ダンス、演技の訓練を受け、平行して外国語を学ぶことも多い。この過酷なプロセスを経てようやく、メンバーが入れ替わりながら活動するスーパーグループの一員となる。
韓国の主要なエンターテイメント・グループ、SMエンターテイメントの創設者でありプロデューサーである李秀満は、自社のプロデュース過程について、YouTube企業サミットで次のように説明している。
「いまのマーケット状況や消費者のトレンドを分析するプロデュース委員会と、個々のアーティストにあった歌を選択、プロデュースするA&Rチームがある」と彼は語る。「プロデュース委員会はビジュアル・パフォーマンスを担当する。ミュージック・ビデオをつくったり舞台でのパフォーマンスを制作したり、新しいファッションスタイルの戦略を練ることさえある。A&Rチームは、毎日、世界中の作詞家、作曲家から集めた何千という曲を吟味して、それぞれのアーティストにいちばん合うものを選びだす」
SMエンターテイメントは、世界的な作曲家、作詞家、振付師、映像監督のネットワークをつくり、定期的に世界中から才能ある作詞家を集めるキャンプを開催している。「互いに会ったことのないヨーロッパやハリウッドの作詞家が招待され、数週間から数か月、われわれの作曲家やプロデューサーと過ごし、うちのシンガーたちとその場で仕事をする。」と李は言う。「たった四分の新曲のために一年以上かかることもある」
東方神起、少女時代といったSMに所属するK-POPグループもYouTubeで、標準中国語、英語を含め、複数言語で曲をリリースしている。世界ツアーではその国の言語が話せるシンガーが中心となって舞台を務めるが、バンドによっては標準中国語や日本語が話せるメンバーでサブグループをつくることさえある。
現在、人気ナンバーワンの男性グループEXOは、韓国と中国で同時に、二つの違う“ユニット”EXO-K(韓国語で歌う)、EXO-M(標準中国語で歌う)としてデビューした。違う二つの言語で歌う同じ曲を、同時にリリースするのだ。
「世界の歴史を見ると、いつも経済が先で文化は後だった。ヨーロッパやアメリカ経済の世界的な強さが、文化の浸透につながった。私はなんとか逆のアプローチを取ろうとした。文化が先で、経済があとに続くように」
このアプローチは創造以上の成功を収めている。韓国語を話す人口は八千万人(そのうち二千五百万人はインターネットの普及率が最低の北朝鮮)にすぎないのに、K-POP人気は世界中で高まっている。  ー(中略)ー  
しかし、機械学習アルゴリズムによって翻訳の正確さは急速に向上しているため、文化の伝播において言語が障害となる時代はまもなく終わるかもしれない。そして、次世代の消費者は、私のように娯楽のために西に目を向けて育つのではなく、東や南に目を向けて育つかもしれない。

どんな方向でも、おもしろいものがあるところに目は向けられる。』

☆ジャスティン・ビーバーとピコ太郎
『2007年、スクーター・ブラウンはYouTubeで、ジャスティン・ビーバーという12歳のカナダ人の少年がスター発掘番組で歌っているのを見かけた。八方手を尽くして、ようやくジャスティンの母親、パティ・マレットに電話で連絡をつけることができた。そして二時間かけて、息子をアトランタに連れてくるよう説得した。  ー(中略)一  その後、1年半の間、彼はジャスティンのYouTubeのチャンネルに大きな注目を集めようと取り組んだ。初期のビデオはジャスティンがカバー曲をギターを弾きながら歌うもので、ドラムを叩く短いものもあった。長さは三分間のものもあれば、三十秒と短いものもあったが、スクーターはそのすべてに同じルールを課した。「ジャスティンには、『ぼくの名前はジャスティン・ビーバーです。聞いてください』とは言わせなかった。『ただ弾いて歌えばいい。カメラを見る必要もない』と教えた。視聴者がのぞき見しているようにしたかった。本当は見るつもりはなかったものを見ているような気分になってほしかった。そうするともっと親密さを感じるだろうと思われた。」
そのビデオはゆっくりと視聴回数は増えていったが、スクーターが想定していたようなつながりはできなかった。彼らは次々と動画を撮影し、ジャスティンがクリス・ブラウンの『ウィズ・ユー』を歌っている16本目の動画がようやくヒットした。ひと晩で視聴回数数百万回を超え、そのハロー効果が他のビデオにも及んだ。まもなくすべてのビデオが視聴回数数百万回を超えた。
「ぼくらはNetflix方式だった」とスクーターは言う。「1シーズン無料、一気に観るためのカタログもある。世間の人たちは、そうやって動画を見ていたからね」  ー(中略)ー
新たにアーティストを発見することは、まさに歩き回って靴底をへらすような大変なコストをともなう事業だった。ミュージシャンの卵は、自分たちの音楽を聴いてもらえるかもしれないという思いで無料のギグで演奏し、音楽プロデューサーたちは何か新しいものを見つけようと、あらゆるギグに参加したりミックステープを聴いたりして、次の大物を探すしかなかった。
いまその大部分を、視聴者がすることができる。ネットで人気に火がつく一本のミュージック・ビデオがあれば、有望なアーティストは契約を引き寄せることが可能になった。それは多くの人にとって、大ブレイクするおおきなチャンスがあるということだ。自分たちが登場する以前はモデルが存在しなかった。音楽業界ではYouTubeには、次の二つしかないとみなされていた。メジャーなアーティストの公式ミュージック・ビデオと、アマチュアの動画である。スクーターが実際にやってのけるまで、スーパースターを見つける場所とは思われていなかった。
しかし、今は大衆が直接映像向きのアーティストを彼らに教えてくれるのだ。YouTubeはもともと視覚メディアなので、そこで成功するアーティストは音楽的にも視覚的にも魅力があるということになる。そして何よりそれはグローバルだった。スターたちはどこにいてもいい。彼らの音楽は国を問わず誰の心にも響く力があった。
そのジャスティンがお気に入りの動画と発言したことで大ブレイクしたのが、ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポ―ペン」だ。
また、いま日本で一番有名なYouTuberであるHIKAKINは、もともとボイスパーカッションの動画をYouTubeにアップしていて、当時は海外からのアクセスのほうが圧倒的に多かったという。
アイドルとヘビーメタルを融合させ、世界で絶大な人気を誇るBABYMETALは、結成4年目の2014年に、テレビではなくYouTube公式チャンネルに動画をアップして世界進出に踏み出した。
つまり、パフォーマンスを行うアーティストにとって、YouTubeは国境という壁に阻まれず世界に打って出るための最高のプラットフォームなのだ。』

☆月10ドルのYouTube Red
『世界中にちらばる15憶人の潜在的顧客―しかも多くの視聴者が広告から解放されることをのぞんでいる―を前に、私たちは特別な定額制のプラットフォーム、YouTube Redの開発に着手した。
最初から私たちは、YouTube Redのターゲットをモバイル視聴者に定めていた。NetflixやHBO NOWといった定額制の映像配信サービスを携帯電話で観ることもあるかもしれないが、映画やドラマシリーズは一本の時間が長く、ゆったり座って大画面で観たくなるので、大体はテレビやタブレットで観ている可能性が高い。
YouTube Redが目指しているものは、テレビの前に座っている視聴者ではなく、モバイルユーザーのニーズに合わせるということだ。YouTube のビデオは平均的なドラマや映画より短く、出先などでできた三十分程度の空いた時間に楽しむのに適している。
YouTube Redの会員になる魅力を高めるために、私たちはYouTube の特にビックなクリエーターを目玉にしたドラマ、映画、ドキュメンタリーなど、オリジナル番組の制作に投資を始めた。ここでもまた私たちは、NetflixやHBO、アマゾンでさえも進まなかった方向へと舵を切った。他社は主に、多額の制作費をかけた派手なタイトルを支援しているが、私たちはまず、すでにわれわれのプラットフォームで人気のあるスターやジャンルに力を入れようと決めた。これは、YouTubeファンの要求を満たし、すでに彼らが評価しているものを基盤にして築こうとするモデルだ。』

☆テクノロジーを駆使してニュースの真贋を判定する
『ニュースが本物であるかをどう見分ける。
経験を積んだジャーナリストとエンターテイメントを並んで座らせて、ある写真やビデオが本物であるかどうか調べて証明する。それが用いたプロセスは従来のジャーナリズムの技法とテクノロジーを合わせたものだ。アルゴリズムが自動的に、あるビデオに映っている行動の“クラスター”を特定する。もし何かの出来事がソーシャルメディアに湧き上がってきたのを察知すると、自動的に映像を調べてデータベースと突き合わせて、それが確かに新しいものか確認する。もしその映像が独自のものであれば、ジャーナリストがさらに踏み込んで、グーグル・アースやグーグル・マップを使い、さまざまなランドマークを特定する。またその場所の天気のデータと突き合わせて、影が適切な場所にできているか、風が適切な方向に吹いているかを確かめる。』

☆Z世代とYouTubeの未来
『私が考えるメディアの将来は、次のようなものだ。シネプレックスでは人気映画の続編が増え、すべてのストリーミング・サービスやネットワークでより質の高い番組がつくられ、テレビ番組のデジタル配信も増える。テレビの消費がさらにインターネット経由の配信サービスへと移行すれば、テレビ番組のプロデューサーや従来のセレブも、新しい視聴者を獲得し、与えられた時間枠を超えて、発信する範囲を拡大するために、しだいにネットに目を向けるようになる。
同時に、インターネット・クリエイターや、オウサムネスTVのようなで・ネットワークは今後も成長し成熟し、さらに好調に後押しされて、いまテレビで観ているような番組に近い、さらに思い切ったものが作られるだろう。これら二つのメディアが競って互いの長所を取り入れながら、やがて区別がなくなっていく方向に進化するだろう。
そのような進化はすでに始まっている。
ストリーミング・ビデオがメディアの状況を大きく変えたのは確かだが、現実を見れば、いまでもテレビはビデオを消費する重要な手段である。YouTubeは目を見張るような成長を遂げているが、エンターテインメントを生み出す主たる場所になる可能性はさらに大きい。そしてYouTubeはオープンなプラットフォームなので、かってないほど多様なコンテンツを提供することができる。
しかしオープンであるということは、満足させるべき人が数多くいるということだ。私たちの成功が続くかどうかは、十年前に比べてはるかに選択肢の多い現在のメディアの状況の中で、視聴者、クリエーター、広告主らすべてが、納得できるものをつくることにかかっている。YouTubeがうまくいっているときは、誰もが満足しているということだ。しかし、その一つでも満足できなければ、その影響はプラットフォーム全体に及ぶ可能性がある。
オープンであるということはまた、予想が難しくなるということでもある。どんな比較もYouTubeには当てはまらない。私たちは次のHBOにはなりたくない。次のMTVにもなりたくない。次のタイムワーナーであろうとなりたくない。YouTubeの将来は、世界の誰も見たことのないものだ。』

落合陽一「解説」より
『〈貧者のVR〉‥‥リアリティに対して、分断されたコミュニティや、もっと小規模の個人集団が浸れるような〈第二、第三のリアリティ〉を設定しうる社会変化を指している。
その変化によって生み出される既存の倫理を超越した集団や特定のクラスターに対するヘイトスピーチ、ソーシャルネット上の誹謗中傷などを目の当たりにしているとそれがものごとの捉え方についての視野狭窄という意味での〈貧者〉であり、不寛容と理解の狭さを集団的つながりの中で、自ら肯定し、〈反知性的イズム〉を信じることができるありさまを批判した言葉だ。』


確かに、YouTubeは、無料配信、YouTuberが定期収入を得る機会によって、また更に、高性能カメラや携帯電話の出現も相俟って、YouTubeという巨大なプラットフォームを世界に出現させた。
その上、YouTubeは、一個人が映像を使って世界に発信することで、時には人生を変えるようなチャンスに巡り合う可能性さえも生み出した。
しかし、一方、グローバルメディアという視点でみると、Googleが YouTubeを2006年に支配下に入れてからは、Googleのメディア戦略のなかで、今現在、YouTubeもその戦略の中で、重要な位置づけにあるということも事実だろう。特に、Z世代と言われている若者層への影響力に関して、YouTubeがどのメディアよりも多大であることは重大事実だ。だとすれば、ある意味、YouTubeが今後のグローバルメディアを制する企業となる可能性も十分ありえると、私は考える。


「YouTube革命  メディアを変える挑戦者たち」 著 ロバート・キンセル マーニー・ペイヴァン

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ototoyより

著者は、言う。
『宇宙全体から見ると、私たちの地球は実に特別な場所だ。
それは、宇宙には地球よりも物質やエネルギーの密集している場所があまた知られているが、地球よりも情報が密集している場所は知られていないからだ。
私たちの地球が特別なのは、地球が物質やエネルギーの特異点であるからだけではなく、物理的秩序、つまり情報の特異点だからなのである。
実際、宇宙と人類の歴史を特徴づけるのは、まさしくその「複雑性の矢」、つまり情報の成長なのである。数十億年前、ビッグバン直後の宇宙には、ボルツマンを驚嘆させ、現在の私たちが当然のように享受している「秩序」を生み出す能力はなかった。以来、宇宙はボルツマンの予測どおり無秩序への行進を続けているが、その一方で、膨大な量の物理的秩序―つまり情報―が集中するポケットもせっせと生み出している。そうしたポケットの主な例のひとつが、そう、私たちの地球だ。
とはいえ、情報はどこからやってくるのか?なぜ情報は地球に集中しているのか?生命は情報の成長をどう促すのか?社会のなかで情報を成長させ続けている社会的・経済的なメカニズムとは?社会に情報が蓄積されると、ますます情報の蓄積能力が高まるのはなぜなのか?そして、情報成長メカニズムは、世界経済の社会的・経済的な格差をどう助長するのか?などの疑問がわいてくる。
そこで、本書は、「情報とは何か」「情報はなぜ成長するのか」と問うことで、物理的秩序の進化だけではなく、経済的秩序の進化についても考察していこうと思う。
基本的な物理原理を情報理論だけでなく、社会関係資本の理論、経済社会学、知識の理論、そして産業の多様化や経済発展の知見と関連づけてみたい。「情報はなぜ成長するのか」と問うことで、繁栄の進化、富裕国と貧困国、生産性の高いチームと低いチーム、知識の蓄積において制度が果たす役割、物質として具象化された情報を生み出す人間の能力を制限するメカニズムについて考えてみたい。社会や経済の現象を理解するための従来の方法とは少し距離を置き、モノではない“あるもの”が一貫して成長していく理由を説明できるような、物理、生物、社会、経済の統一的なメカニズムを作り上げてみたい。その“あるもの”というのは、ボルツマンを魅了した物理的秩序、つまり情報である。』


『☆原子から人間、そして経済へ
「情報」という単語は、非現実なもの、非物理的なもの、デジタルなもの、重量のないもの、非物質的なものと同じ意味を持つようになった。しかし本来、情報は物理的なものだ。ボルツマンの原子やその運動エネルギーと同じくらい、物理的な意味を持つのだ。確かに、情報は触れない。固体でも液体でもない。情報の粒子があるわけでもない。それでも、同じく固有の粒子を持たない運動や温度と同じくらい物理的なものだ。情報は実体を持たないが、いつでも物理的に具象化されている。情報はモノではない。むしろ、物理的なモノの「配列」、つまり物理的秩序といえる。たとえるなら、一組のトランプを様々な方法でシャッフルした状態と同じだ。
意外なのは、情報自体は意味を持たないという点だ。しかし、情報の無意味性は、情報の物理性と同じように、実は多くの人に誤解されている。

☆情報の成長
情報を生み出すのは簡単ではない。宇宙は情報を生み出すのに四苦八苦している。情報を生み出し、私たちが繁栄と同一視するような品物、インフラストラクチャー、制度を作るためには、無秩序への行進に逆らわなければならない。無秩序への行進こそが宇宙の特徴であり、ボルツマンの頭を悩ませた事実でもある。無秩序と戦い、情報を成長させるため、私たちの宇宙はいくつかの秘策を用意している。
それは、「非平衡系」、「固体での情報の蓄積」、「物質の持つ計算能力」だ。人体や地球のように、情報がひっそりと身を隠せて成長していけるような小さな島やポケットのなかでは、この3つのメカニズムが連動して情報の成長を促している。
つまり、物理、生物、社会、経済のあらゆるものの成長の方向性を決めるのは、情報の蓄積、そして人間の情報処理能力の蓄積なのだ。そして、その蓄積は宇宙の誕生時から現代の経済までずっと続いている。生命の誕生と経済の成長、複雑性の出現と富の創造をひとつに結ぶもの―それが情報の成長というわけだ。

☆情報の「非平衡系」と「個体での情報の蓄積」と「物質の持つ計算能力」
非平衡系は、情報をエネルギーと結びつける。情報は非平衡系で自然に発生するからだ。非平衡系は多数の粒子からなり、多量のエネルギーが流入する系である。エネルギーの流入によって、物質は自己組織化できるようになる。プリゴジンが教えるとおり、系を非平衡系の状態に保つエネルギーの流入によって、秩序や情報の自然な発生が説明できる。非平衡系は、動的定常状態へと組織化するに伴って情報を自然と生じさせる。
エントロピーはひたすら増大に向かって行進していく。この事実は、情報が常に破壊の瀬戸際にあることを意味する。生き残るためには、情報はどこかに身を隠す必要がある。情報が短命な宇宙とは、裏を返せば、情報が成長しえない宇宙でもあるからだ。個体は、エントロピーの増大を払いのける強さを情報に与える。情報を生き延びさせることで、個体は情報の再結合を可能にする。この再結合こそ、情報が継続的に成長していくのに欠かせないものなのだ。
しかし、情報が爆発的に成長するには、もうひとつの要素が必要だ―物質の計算能力である。
プリゴジンとシュレーディンガーの考えを組み合わせると、情報の起源(=非平衡系の定常状態)と情報が持続する理由(=情報が個体として格納されるから)のふたつが理解できる。しかし、情報の成長は、結晶性の個体や動的な渦だけで完結する話ではない。情報が本格的に成長していくためには、宇宙にもう一つの仕掛けが必要になる。それは物質が持つ情報処理能力、つまり物質の計算能力だ。
物質に計算能力があるというのは、宇宙のもっとも驚くべき事実のひとつだ。考えみてほしい。物質に計算能力がなければ、生命は存在しない。細菌も、植物も、あなたも私も、みんな技術的にはコンピュータである。人間の細胞は私たち自身にもよく分からない方法で絶えず情報を処理している。
物質の計算能力は生命が生まれる前提条件といえる。また、物質の計算能力は、宇宙が情報を生み出す重要な出発点でもある。物質は計算能力を獲得するにつれて、蓄積する情報、複製する構造を厳選するようになる。突き詰めて言えば、情報が爆発的に成長できるのは、物質の持つ計算能力のおかげなのだ。

☆経済成長とは何か?
そして、経済における情報の成長も、この三つの基本的なメカニズムの結果なのだが、今日の大規模な社会や経済のシステムのなかでは、新しい形のメカニズムが働く。また、私たちが必死で解決しようとしている社会や経済の問題は、いかにして人間のネットワークに知識やノウハウを具象化するかという問題なのである。そうすることで、私たちは人類の計算能力を進化させ、最終的には情報を成長させているのだ。つまり経済の本質である情報の成長は、人類が持つ集団レベルでの計算能力と、(人間の)想像の結晶(たるモノ)がもたらす増強効果との共進化によって生まれる。
しかし、なぜネットワークを形成する必要があるのか?それにはひとつ重要な理由がある。―個人の具象化できる知識やノウハウの量には限界があるからだ。この個人の限界と戦うためには、共同作業が必要だ。私たちがより多くの知識とノウハウを具象化できるネットワークを築くのは、そうしなければ、情報を処理し、想像の結晶を生み出す能力が大幅に制限されてしまうからだ。

☆知識とノウハウ
知識とノウハウは、計算能力と関連するふたつの能力であり、どちらも経済や社会に情報が蓄積していくうえで欠かせない。ただ、知識とノウハウはイコールではない。単純にいうと、知識とは何かと何かの関係性のことである。
ノウハウが知識と異なるのは、行動する能力を含むという点だ。これは暗黙の能力である。例えば、ほとんどの人は、どうやって歩いているかは知らなくても、歩き方を知っている。それはノウハウがあるからだ。ノウハウとは、行動を可能にする暗黙の計算能力であり、個人と集団の両方のレベルで蓄積していく。

☆想像の結晶
製品を想像の結晶としてとらえることで、製品に具現化されている情報のみなもとが重要であることがわかる。複雑な製品とは、機能を果たす原子の単なる配列ではない。むしろ、人間の想像から生まれた原子の整然とした配列である。』


著者は、情報という観点それも情報の成長と秩序という独特の観点から、現代の社会的・経済的なメカニズムに迫ろうとしたのだが、特に本書の前半は、情報を3つのメカニズムを通して物理的に解釈しようというとても独創的な試みに思えた。
そして、本書の後半の内容、特に世界の経済における地域格差解消についての部分は、以前読んだパラク・カンナの『「接続性」の地政学』がインフラ投資的な経済活動こそがそれを解消するための鍵だと説いているのに比べて、インフラ投資に関してもう少し限定的に、情報が地域レベルに展開した形の「知識とノウハウ」の移転こそが、経済格差解消の鍵だと述べているように、私には理解できた。
更に、従来のマクロ経済学や社会関係資本的な考えに加えて、経済活動に多様性と洗練を与える集団レベルでの知識やノウハウである「経済複雑性」についても、本書では詳しく記述している。


個人的には、著者が、著者の妻のアンナが娘のアイリスを出産する時に感じた、「アイリスがその夜に遂げた旅は、数センチの産道を下る26分間の旅などではなく、遠い過去から異質な未来までの10万年の旅なのだ」という感慨に、私は意表を突かれた。
著者が、「その26分間で、アイリスは母親の子宮という太古の世界から、21世紀の社会という現代の世界へと旅をした。出産とは、つまるところタイムトラベルなのだ。」と、書いている部分はある意味神秘的ですらあった。

「情報と秩序 原子から経済までを動かす根本原理を求めて 」  著 セザー・ヒダルゴ

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YouTubuより「スーパーヒーローズ」

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