月別アーカイブ / 2018年01月

本書は、2016年6月に日本学術会議で開催されたシンポジウムを元に、加筆再編されたものだ。そのシンポジウムでは12のセッションが開かれ、現代の日本を代表する識者、ジャーナリスト、研究者が最先端の科学的意見を交換したという。
その中では、もちろん、人工知能やロボットについての意見交換も活発に行われていたが、この本書の監修をしているのが、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーであった川口淳一郎氏であることから、私にとっては、宇宙開発のセッションが一番興味を引く内容のものであった。

『☆宇宙の法整備
宇宙活動は比較的新しく、世界初の人工衛星であるロシアのスプートニク1号が打ち上げられたのは1957年だ。
そこで宇宙をめぐる国際法については、長期間かけて形成される慣習法ではなく、条約が中心になっている。
では、その条約がどこで作られるのかというと、たとえば国際宇宙ステーション協定のように、あるプロジェクトを開始する国々の間で作ることもあるが、中心は国連総会の補助機関である宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)なのだ。
そして、これまで5つの宇宙関係条約が作られてきた。
しかし、海洋や空については多くの条約があるのに比べ、宇宙は本当にまだルールが少ない。だから、何か新しいことをしようとしたら、まだ、ルールがないという状況になっている。
そして、宇宙に関する条約が5つしかないのは、宇宙空間平和利用委員会は、1962年に、すべての事項は加盟国のコンセンサス、つまり全会一致によって定めると議長の判断で決めたことが理由だ。
この委員会が1959年に常設委員会となったときには、宇宙空間平和利用委員会には24カ国しか参加していなかったが、5つ目の月協定が採択されたときには47カ国に増えていた。そして、現状2016年には83カ国がメンバーになっており、全会一致などほとんど不可能になっているのだ。

尚、【国連宇宙5条約とは  1、宇宙条約 2、救助返還協定 3、損害責任条約 4、宇宙物体登録条約 5、月協定  (日本は2017年1月現在で、5、月協定のみ未署名)】

☆地球外資源に関する国際間の取り決め
宇宙に関する条約の中で最も重要なのは“宇宙の憲法”とも言われる宇宙条約だ。
宇宙条約と月協定が、地球外資源の採掘に関係する。そして、地球外資源に関して最も参考になる条文は、宇宙条約の第2条だ。それは、2016年6月現在、104カ国が参加しているからだ。
その第2条には、次のような規定がある。
「月、その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用もしくは占拠、またはその他のいかなる手段によっても、国家による取得の対象とはならない。」
つまり、第2条は領有の禁止を意味している。
しかし、この第2条から問題になるのは、国家による取得を禁止してはいるが、では、民間企業による土地取得は可能なのかということなのだ。これが今まで長い間、議論の的になってきた。
宇宙条約は、宇宙を領有することを、国に対して禁止している。それに加えて、宇宙条約の第6条では、国は宇宙条約の内容を国民に守らせなければならないという規定がある。
そこから、第2条と第6条を組み合わせて、非常に強い通説として、「国が領有できないものを、私人が取得することはできない」と解釈されている。
もう一つ、16カ国しか加入していない月協定だが、こちらは宇宙の資源をどのように開発すべきか、明確な規定がある。
月協定は、「月」を科学での定義とは異なる形で用いている。「月」とは太陽系の地球以外のすべての天体と、その天体を周回する軌道、その天体に到達する飛行経路を含めて「月」と定義し、空間部分も入れて考えている。
そして、この「月」を人類の共同遺産と定めている。これは、自由な経済競争による開発を一切認めないという意味だ。また、開発が可能になった場合は国際制度をつくり、共同開発することが月協定には規定されている。
しかし、月協定は、自由な経済競争によって月の資源を開発することを禁止しているため、現在のところ、主要な宇宙活動国は1カ国も、その条約の批准をしていない。だが、条約に入っていないからといって、今後、月協定が慣習法となれば、条約の締結国以外も条約に拘束される可能性は残されている。

☆「米国の商業宇宙打ち上げ競争力法」が目指すもの
米国は2015年11月に、幾度かの挫折を経て、「米国商業宇宙打ち上げ競争力法」という法律を成立させた。この法律では、地球外資源採掘については、全部で3条しかなく、ごく簡単な規定になっている。
この法の第4編「地球外資源規定部分」は、最初に定義があり、小惑星資源とは非生物の宇宙資源と定義されているが、鉱物だけではなく、水を含むと明記されているところが注目される。この法律については、今のところ、宇宙から資源を採り、地球に持ち帰るというよりは、これからの10年は、宇宙空間で使う基地を運営したり、衛星の修理や補給をしたりするために宇宙資源を使うことを考えているようだ。

☆地球外の資源を利用する時代
最初は地球外の物質を、宇宙空間で活用していくことから始める。今までの宇宙開発は、燃料から何からすべて地球から持っていきましたが、これからは西部開拓時代のように、現地にあるものをいかに利用するかが重要になる。

☆小惑星探査のフロンティア
アポロをはじめ、現在までのロケットは多段式ロケットだ。多段式ロケットは、打ちあがったもののごく数%しか地球に戻ってこない。どうして多段式になるかというと、性能の悪いエンジンを使っているからだ。しかし、イオンエンジンやホールスラスタ、もっと効率のよいエンジン、原子力によるプラズマエンジンであれば、宇宙を往復することが可能になる。
小惑星の探査はデスティネーションだけではなく、フロンティアを考えなくてはらない。』


「科学技術のフロントランナーがいま挑戦していること」  川口淳一郎 監修

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NB Press Onlineより



『世界的な消費者調査の結果をもとにすると、今、消費者の価値観に大きな変化が起きつつあり、先進国の消費者における「無関心化」が顕著になってきている。
これまでは、情報の質と量の充実により自分が欲しいものを十分に比較・検討できることによって「わがままな消費者」の増加が顕著であったなか、自分で能動的に比較・検討するのが嫌で、自分が何を欲しいかや自分に何がフィットするかも他人に教えてほしいと考える「無関心な消費者」が増加しているというのだ。このような消費者変化は、先進国中心に商品の質が非常に安定的で、多くの商品でほとんど差を感じなくなっている点が要因の一つと考えられている。

また、消費者にとっては、商品に付随する実用性が高く、体験の充実した付随サービスのみならず、その商品の背景となるメッセージやストーリも大事であり、それらを通じて企業と消費者とのあいだに納得・信頼・共感が醸造されなければ、わがままでありながら無関心、そして優柔不断ながらこだわりもある気まぐれな消費者と企業が長期にわたって共存することはさらに難しくなっている。そして、こうした現代の消費者を「液状消費者」と呼んでいる。
このような消費者は、満たされた社会のなかで当たり前のように得られる欲求に対しては、満足さえ通り越し無関心化しつつあり、マズローの欲求モデルの最終段階に進んでいるが、他方、他人からの称賛や自身の存在価値・達成感には強いこだわりを持っており、いまや爆発的な波及力を持つSNSを通じて、共感した企業や商品・サービスの能動的な伝道師になってくれるという一面も併せ持っている。
つまり、今までのように企業の広告をかたくなに信じて、ブランドを重視するロイヤルカスタマーが無関心化により減っていく一方で、共感に値する商品やサービスはもちろんのこと、それを提供する背景にある企業の理念や哲学を含めたメッセージやストーリが、消費者には非常に重視されるようになっているのだ。

しかし、このような消費環境下において、「今後12ヶ月で競合企業が現在の市場環境を一変させるような製品・サービスを打ち出すようなことを考えているか」という設問に対し、世界の企業の62%が「はい」と回答しているのに対し、日本企業では16%にとどまり、日本企業の危機感が海外企業に比べ大きな後れをとっていることが懸念される。

☆液状消費者の願望
液状消費者には3つのはっきりした願望がある。それは「わたしを驚かせてほしい。わたしを知ってほしい。わたしと“交流して”ほしい。」というものだ。この3つのすべてを実現する助けとなるのが、プラットホームである。

☆ブランド・プラットホーム 
「ブランド・プラットホーム」という言葉の意味は、デジタル技術が出現し、急速に広がるにつれて変化してきた。
デジタル以前の「ブランド・プラットホーム」は、政治的な方針と同様に、製品が表すものを伝えるメッセージだった。企業が約束をし、それを守って効果的なマーケティングを行えば、顧客ロイヤルティが築かれた。満足した顧客が繰り返し製品を買い、企業は収益をあげた。
だが、デジタル時代のブランド・プロミスはもっと複雑で微妙な違いがある。
今わたしたちが「ブランド・プラットホーム」というときは、消費者が自分自身で製品から、あるいはデジタルによるつながりを通して企業から、より多くの価値を引き出せる環境を意味する。デジタル・プラットホームは、双方向のサービスを強化したり、消費者がプラットホーム上で他の消費者や製品に触れるのを促したりすることができる。
デジタル・ブランド・プラットホームのねらいは、従来のブランド・プラットホームと変わらない。
顧客がある製品を繰り返し購入し、同じブランドの製品も繰り返し購入することで、顧客にとってのブランドの価値が高まる。それによって企業に対する顧客の生涯価値も高められれば、顧客ロイヤルティを確立できるだろう。だが、手法と生み出される価値の性質はまったく異なる。

☆二つのエンジンで革新を起こす
今日の消費財メーカーには、2つの変革エンジンが必要なのだ。
1つは、効率性を優先しながら少しずつ製品・サービスを改善してマーケットシェアの維持に注力すること。
もう1つは、最前線で世界初のコンセプトやルールをまったく変えてしまうようなアイデアを試すことだ。
「リノベーション」のエンジンはどんな消費財メーカーにもあるが、多くは時代遅れになっている。また多くの消費財メーカーには、補完となるべき「イノベーション」エンジンがない。
「イノベーション」エンジンが活躍する環境を提供できる、柔軟で多機能な部門がある企業はもっと少ない。

☆ハイブリッド型アプローチを考える
マーケティングは、中央で厳しく管理されれば効率的だ。しかも潜在的に相反するメッセージを送る危険がなく、品質管理もやりやすい。しかし、当然ながら消費者から遠くなる。個々の市場にふさわしくない活動をする恐れも常にある。
反対に、局所的にすなわち国や地域ごとにマーケティングを行えば、企業はターゲットとする消費者に近くなる。だが、同じことを繰り返すために時間・エネルギー・資源が無駄になる危険がある。
では、デジタル技術を活用して両者の良いところを取り入れるハイブリッド型アプローチを考えたらどうだろう。

☆日本における液状消費者の特徴
1、相対的な日本の裕福さの低下
世界各国の総合的な購買力を比較する際に参考とされる、英国の経済紙「エコノミスト」のビックマック指数によると、2017年の日本の順位は33位であり、対象となる55カ国のなかで中位にある。アジアのなかでも21位のシンガポール、24位の韓国に続く3番目であり、40位の中国にも肉薄されている。2000年には27カ国中5位であったことを考えると、その落ち込みは歴然としている。
2、「デジタル・リテラシー」という側面で見ると、日本はむしろ大幅に遅れている。経済産業省の調査によると、日本における物販のEC化率は2015年において4.75%にとどまっており、これはEC化率の高い中国の15.9%、英国の14.5%の三分の一にも満たない。他の欧米諸国や韓国の5~11%台と比較しても低い水準にある。
さらに若者の実態を見ると、日本におけるデジタル化の遅れは顕著といえる。日本経済新聞社による「アジア10カ国の若者調査」においては、アジアの若者が中国と韓国を筆頭に相当な頻度でEC利用している一方、日本の若者はアジアの中では突出してEC利用頻度が低いという傾向が出ている。加えて、英国の市場調査会社が行った34の国・地域を対象にした調査によると、SNSの利用時間にいたっては、日本は世界で最下位であるうえ、一日19分という下位5カ国のなかでも圧倒的に短い利用時間となっている。こういった、相対的な購買力の低下と日本のデジタル化の遅れは、裏返せばアジアの新興国の躍進の裏返しでもある。

このように商品の液状化と関係性が深いデジタル化という観点に絞ると、日本はアジアをはじめとする他の国々と比較して特異な状況にあるといえる。むしろ多くの日本企業の経営者が感じている日本の若者とそれ以外の世代のデジタルギャップは、グローバルの潮流と比較すればむしろ小さなものでしかない。つまり、グローバル市場では日本の消費者を観察しているだけでは測り得ない、その想像をはるかに超える大きな消費者の購買行動の変化に直面しているといえよう。
日本国内のビジネスにおいても、ますます加速するデジタル技術の進化のなかでは、これまでのデジタル化の遅れが大きな反動となって、今後急速にデジタル格差が是正される可能性も否定できない。国内における現段階の消費者変化への対応にさえ苦労している日本企業は、まさに今、強い危機感を持ってこの環境変化に真剣に取り組むべき事態にあるだろう。

☆特徴的な日本の液状消費者を生み出した背景
日本版の液状消費者を語るうえで欠かせないのが「リアル・チャネルの圧倒的な充実」だといえる。それによる高い利便性が、前述したEC化率のようにデジタル化の遅れの大きな要因ともいえるだろう。日本におけるリアル・チャネルは、その代表格であるコンビニはもちろんのこと、食品スーパーや飲食店といった我々が常日頃接する購買接点のすべてにおいて、世界に類を見ないほど、量的・質的に充実しているといっても過言ではない。
このように充実したリアルなの顧客接点がもたらしてきた圧倒的な利便性が、消費者のデジタル活用、ひいては液状化を抑制してきたという見方もでき、今後もその傾向が続く可能性がある。しかしながらクロスボーダー化が進む世界での圧倒的なデジタル進化の前では、デジタル格差を是正する反動ともいえる消費者の急激な変化が待ち受けていると認識し、備えを始めるべきであろう。時代に順応した形でデジタルの圧倒的な利点をリアル・チャネルに組み込めなければ、充実ではなく過剰なリアル・チャネルとして衰退の一途をたどることになりかねない。

☆日本企業が液状消費者と向き合うために
マーケティングの組織論や最先端のマーケティング・テクノロジーの活用はもちろん重要だが、液状消費者に伝えるべきメッセージ自体の発想を大きく変える必要もある。従来成功してきた、マスマーケティングのインプレッションに重きを置いた刷り込み型のブランドマーケティングでは液状化した消費者の心をつなぎとめておくことは困難であり、企業は信頼に値する理由・根拠を拠り所として消費者の納得・信頼、そして共感を獲得することが非常に重要になってきている。企業に対して共感した消費者は、周囲が液状化している状態のなかでむしろ自分のこだわりへの誇りを持ち、情緒的なブランドイメージが絶対的に重要であったブランド絶対主義時代よりもはるかに高いロイヤルティによって企業や商品と向き合ってくれるはずである。彼らは、自身のロイヤルティのみならず、SNSを筆頭にデジタル環境が発展した現代社会で消費者が得た強い発言力、爆発的な波及力を活かし、共感した企業や商品のすばらしさを必死に広めようとしてくれる。心を動かされ、納得・信頼・共感さえすれば、そのために尽くすのも液状消費者の特徴なのだ。』


この本は、おもに消費財メーカーと消費者との関係を基本として書かれている。しかし、そこに描かれている消費者の姿は、今の時代の消費者全般に当てはまり、また、デジタル革命の及ぼしている影響力というものも、メーカーや販売店といった分野だけに留まらないことは言うまでもない。 
よく、今の時代の消費者は、今までのようなブランド・ストーリーではなく、顧客接点の体験価値に結び付くピープル・ストーリーを求めていると言われている。それは、商品にそれほどの差を見出せないのであれば、自己の体験に直接結び付くようなイメージを与えてくれる商品に共感を覚えるからだろう。
ますますマーケティングは変わっていかなければならない。
中国を筆頭に加速しているキャッシュレス化においても、日本が遅れ気味なのは、その保守的な気質とともにリアルな市場がそれだけ充実しているという要因があるからだろう。しかし、デジタル革命の加速は、いずれそれをも侵食していくだろう。また、遅れ気味の状況に対する急激な反動もあるかも知りない。しかし、日本的なリアルな市場の優位性は、それもひとつの個性であって、それを否定する必要もない。だとすれば、デジタルな部分と非デジタルな部分をどう融合させていくのか、知恵を絞ることが必要だろう。
そういう中で、日本市場の特異性は、考えようによっては、リアルな市場を発展させているホスピタリティという国民性やモノづくりにこだわる職人気質など、その利点をデジタル市場とうまく調和させることによって、他の国々にはない特異であるからこその個性として、そして魅力として、消費者の共感を生む武器にもなるのではないか。


「気まぐれ消費者 THE FLUID CONSUMER」 テオ・コレイア著 日本版追加章 関 一則 著 より

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のんちゃんねる より

今の時代を読み解き、今後を見通す為のいくつも示唆に富んだヒントがちりばめられていて、2018年の初めにふさわしい1冊だった。
だが、最近の邦題は、なぜか著書の本質からずれている場合が多いが、本書も副題である「労働力余剰と人類の富」を、ちょっと堅苦しいイメージになったとしても表題にすべきだったように思う。

『☆デジタル革命と労働力の余剰
今起こっているデジタル革命は、過去最大の労働力余剰を生み出していて、それは今後さらに加速化するだろう。
労働力余剰を生み出した三つの要素。
1、自動化。 2、グローバリゼーション。 3、テクノロジーによるスキルの高い少数の人間の生産性向上。

世界の労働人口は過去30年間で10億人増加した。そして更に30年間で同程度増加する。
世界のグローバリゼーションとデジタル革命とそれがもたらす労働力余剰が絡み合って、格差や貧困の問題を複雑にしている。

☆雇用のトリレンマ。
将来の雇用の機会は、仕事を自動化するテクノロジーと労働力の余剰によって大きく制約されるだろう。
この二つの要因によって、雇用はトリレンマ【三つの条件すべてを同時に実現できないこと】の状況に追い込まれるだろう。
新しい仕事の形は、 (1)高い生産性と高い給料、 (2)自動化に対する抵抗力、 (3)大量の労働者を雇用する可能性、という三つの条件のうち、最大でも二つしか満たせない可能性が高い。
そして、それは教育や医療のような分野にも及ぶだろう。こういった分野は、将来的に雇用が増えるとして、かねてから有望視されてきたが、その期待はこうした業界の生産性が低いままであることが前提になっている。だがそうでないかもしれない。教育や医療の仕事の未来は、社会がトリレンマをどう解決するかにかかっている。
もし雇用のトリレンマが解消されるとすれば、それは超専門家社会が到来したときだ。ウェブの市場拡大力、売り手と買い手を結び付ける力が、世界に数十億人いる労働者の大半が小さくとも食住を賄えるだけは稼げるニッチを見つけられる所まで行きついた世界だ。ただし、これは結局、ソフトウェアでは実現できない。この不思議な面白い世界に希望を持つことはできるが、おそらくあまり期待するべきではない。

☆ギグエコノミー
ウェブによって市場の規模が拡大し、しかもその市場の中でまさに探しているものが見つかりやすくなったことで、確かに面白い新たなニッチが生まれている。
市場が拡大すると、専門化する余裕が広がる。潜在顧客の数が増えれば、生産者は利益を上げるために全体市場で大きな割合を占める層にアピールしなくてもすむ。このようなギグエコノミーが今後広がるかもしれない。しかし、問題は、ギグエコノミーが雇用のトリレンマの解消につながるかどうかだ。
トリレンマを考えると、十分な数の消費者を「ギグ」需要に向かわせるには、価格が安くなければならない。となると労働者の報酬も安くなければならない。

☆デジタルエコノミーの力学
歴史的に、労働市場の命運は、労働力が生産要素としてどの程度希少か、あるいは豊富かに大きく左右されてきた。労働力が希少であれば、経済成長の果実の分け前を大きく取ることができる。その成長がテクノロジー色の強いものであったとしても。
現代の労働者は労働力余剰の世界で働いている。そのため、他の労働者の排除、差別、免許による希少性の維持といった防御策が取られることもある。
というのも、企業との直接交渉にしろ、政治的交渉にしろ、自分たちの目的を推進するのに強大な労働組合の政治力に頼ることもまずできないからだ。
となれば、労働者は政治システムに救いを求める以外に選択肢はほとんどない。既存の政治機関から受ける援助が少ないほど、個々の労働者は政治的意思の表出や経済的な力を持つ可能性をさしのべてくれる急進的な政治運動に傾きやすくなる。
また労働力余剰によって一般労働者賃金に直接の下方圧力がかかっている。
他のより希少な生産要素に対して労働者の相対的な交渉力が弱まり、他の生産要素が成長の果実の法外に大きな分け前を獲得できるようになった。
しかし低賃金は持続的な経済成長を可能にする市場経済システムの土台をむしばむ。また、低スキルの労働者に取って代わったりするテクノロジーの投資インセンティブが下がる。
だが生産性が上がり続けることこそ、結局は全人類にとって暮らしが向上する道なのだ。全員により多く生き渡るようにと、より少ない資源からより多く生産することに知恵を絞るのが生産性の向上なのだから。

☆ソーシャル・キャピタル
ソーシャル・キャピタルは新しい概念ではない。社会的ネットワークとその中で流通する情報の種類―信念や価値観など―を指すものとして、数十年前から使われてきた。そして、実際どんな社会でも、所得のレベルの伸びと配分を決定づけるうえで最も重要なのが、ソーシャル・キャピタルの深さ―定量化できるとすれば労働者一人当たりのソーシャル・キャピタル―なのだ。
ソーシャル・キャピタルはインダストリアル・キャピタル(産業資本)とは多くの点で異なる。
目に見えず、物々交換できない。簡単に数字で測れない。
国家のソーシャル・キャピタルから各都市のソーシャル・キャピタル、また企業文化としてのソーシャル・キャピタルまで、多種多様なソーシャル・キャピタルが存在する。
労働者が産業資本の展開から大きな恩恵を獲得する力がここ数十年あやしくなっているように、現在の経済制度を大きく変えないかぎり、ソーシャル・キャピタルも大半の人の経済状況を改善しないことを危惧すべきだ。
今の時代、ソーシャル・キャピタルの重心が、成熟産業の収益を万人に受け入れやすい形で分配することを重視する連帯から、新種のビジネスに新しいテクノロジーを活用して利益をあげることを重視する、より自由で起業家的なソーシャル・キャピタルに移るのは避けられないのかもしれない。
そして、テクノロジー革命の最前線にいる企業や都市では、新しいシステムで最高の実績を上げてきた同僚や隣人とミッションを共有する意識、向上心が個人のアイデンティティとして優勢になるのも避けられないのかも知れない。このような社会気質が、おそらく経済成長を最も促すのだろう。しかし分配についての考え方は平等主義を志すものとはならない。

☆ハイパーグローバリゼーションと発展しない世界
ハイパーグローバリゼーションは、発展途上国に早すぎる「脱工業化」をもたらし、産業空洞化の危機さえももたらそうとしている。
豊かになるとは急成長することではない。発展途上国は往々にして急成長する。ところがその後成長が止まり、成長が止まってからのパフォーマンスは全くふるわないことが多い。
豊かになり、豊かさを維持する決め手は一貫性だ。地味でも平均以上の成長を長期にわたって続けていけるかどうか、長期にわたるテクノロジーの進歩と政局の安定が両立する社会状況を実現できるかどうかなのだ。それにはソーシャル・キャピタルの育成と定着が欠かせないのだ。
そのうえ、豊かな国で時間をかけて育成されたソーシャル・キャピタルというものは、簡単には発展途上国には移せないものだ。それはまた、企業文化でも同じことが言える。
先進諸国が貧しい国々を豊かにすることはできないし、自力で豊かになろうとしている貧しい国々の絶対失敗のない秘策もない。
実現可能で、かつ確実に実現されてきたのは、貧しい国々の住民を強靭なソーシャル・キャピタルのある場所に迎い入れることによって、彼らが豊かになる手助けをするプロセスだけなのだ。』


著者は、『エコノミスト』で世界経済を担当しているシニア・エディターである。長年の経験からの発想はとっつきやすく、分かりやすい。
まず、産業資本としての希少性に着目して、労働力というものの価値が歴史的にどう変遷してきて、今デジタル時代にどういう位置づけられているのか、そして今後どう予測されるのかを述べている。
次に、ソーシャル・キャピタルというものが、いかに企業・国家で違い、その育成には時には数世紀かかることもあり、簡単に移動したり、模倣できるものではないと述べている。そして、更に、著者は、いつの時代においても経済的に成功するためには、その人独自の能力や努力だけではなく、その人が基盤とする社会のソーシャル・キャピタルがしっかり確立していたからであり、そこから生み出された人類の富ともいうべきものは、再分配のシステムによって広く多くの人々に行き渡らなければならないと考えている。そして、富の再分配のためには、近接性と排除という点でのトレードオフについて注視するべきだと考えている。
そして、豊かな国への近接性とは、豊かな国に発展途上国からできるだけ多くの住民を移住させて、その豊かな国のソーシャル・キャピタルを受け入れさせることだと述べている。だが、そういう移住に対しては排除が実行されているのが現実だ。豊かな国に住む元からの労働者の余剰といった雇用のトリレンマがまだ解決されていないからだ。しかし、世界全体が豊かになるためには、この方向性で、英知を集めていくしかないと考えているのだ。


「デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか 労働力余剰と人類の富」 ライアン・エイヴェント著より

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SWITCHより

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