久しぶりに、読み応えがあるAIに関する本だった。
学術的でもなく、文明論的でもない、経済的側面からのAIに関する論考だった。

最近のAIの進歩は、AIの「予測」技術の進歩と言ってもよい。
AIの予測コストが飛躍的に低下したことで、今まで以上に多くの分野で採用され、その結果として、更に日々新たにデータを獲得しながら、AIはその予測の精度を上げつつある。
また、予測のコストの低下は、「価値」のシフトも生み出している。
人間による予測の価値が下がる一方で、予測に基づく「判断」や「行動」の価値は上がっていく。
今はまだ、総合的な「判断」力において、またデータが十分に揃っていない時の「判断」力においては、人間の「判断」はAIの「判断」よりもかなり優位にあるという。
しかし、将来的には、この「判断」やそして「行動」というタスクにおいても、AIが人間に伍して働く世界またはAIが優越する世界が訪れないとは言えないかもしれない。

更に、本書は「トレードオフ」について着目している。
AIによるそれの影響をピラミッド型の五段階に分類している。
それは、1予測、2意思決定、3ツール、4戦略、5社会の五段階だ。

本文キーポイントより抜粋、
「予測は意思決定に欠かせない入力情報だ。経済学では、意思決定について理解するための枠組みが十分に発達している。まだ新しく理解が不十分な予測技術の進歩に込められた意味を理解するためには、経済学でかねてから採用されてきた意思決定理論と組み合わせればよい。
何が最善のAI戦略か、AIのツールをどう組み合わせれば最善の結果が得られるのかという問題には、正しい答えが一つだけではないことが多い。なぜなら、AIにはトレードオフが関わっているからだ。スピードを上げれば精度が落ち、自律性を重んじれば統制が利かず、データを増やせばプライバシーは失われる。」
「最近の機械学習の進歩は、しばしば人工知能の進歩として言及されるが、それには以下の3つの理由がある。
(1)この技術に立脚するシステムは学習し、時間とともに改善していく。
(2)特定の状況において、こうしたシステムはほかのアプローチよりも著しく正確な予測を行う。一部の専門家は、予測が知能の中核を成していると指摘している。
(3)こうしたシステムは予測の精度が向上した結果、翻訳や車の運転など、かつては人間の知能の独占領域と考えられていた分野のタスクをこなせるようになった。しかし、今はまだ、予測と知能の関連性について分からない部分がある。本書は知能のコスト低下ではなく、予測のコスト低下がもたらす結果に焦点を当てる。」

「予測マシンは以下の3つのデータを利用する。
(1)AIを訓練するための訓練データ (2)予測を行うための入力データ (3)予測の精度を改善するためのフィードバックデータ」

「予測マシンはスケールする。予測の頻度が増えれば、予測当たりの単位コストは下がっていく。人間の予測は同じようにスケールすることができない。しかし人間は、世の中の仕組みを解明するために役立つ認知モデルを作り出し、少量のデータに基づいて予測を立てられる。したがって、これからは人間が例外予測を行う事例が増えると予想される。この場合、機械は日常的な通常のデータに基づいてほとんどの予測を行い、稀な事象が発生すると、予測に自信を持てないことを認識し、人間の助けを求める。すると人間は、求めに応じて例外予測を行う。」
「機械は人間の判断を学習することができる。一例が車の運転だ。起こり得るあらゆる状況についての判断をコード化するのは難しい。しかし、自動運転システムに多くの事例を示し、人間の判断を予測できるように訓練することは可能だ。この状況で人間ならどうするか、予測させるのだ。」
「AIがタスクに導入されても、そのタスクの完全な自動化が必ずしも実現するわけではない。予測は、タスクを構成する要素のひとつにすぎない。人間による判断と行動が未だに必要とされるケースは多い、しかし、時には判断をハードコーディングすることが可能だし、具体例を十分に提供されれば、機械は学習を通じて判断を予測できるようになる。さらに、機械は行動をとることも可能だ。タスクを構成するすべての要素を機械が引き受けるようになれば、そのタスクは完全に自動化され、人間は蚊帳の外に置かれてすっかり排除されてしまう。」
「予測マシンをどの部分に採用できるか理解したければ、ワークフローをタスクごとに分解しよう。そうすれば、予測の改善によってもたらされる利益だけではなく、予測に伴うコストも評価できる。適切な評価を下したら、AI導入によるROI(投資対効果)をランク付けし、最上位から順番に、予想されるROIが理に適っているかぎりは実行に移せばよい。」
「AIの登場によって、社会は多くの選択肢を与えられるが、そのどれにもトレードオフがつきまとう。目下、このテクノロジーは未だに初期段階だが、社会レベルで3つの顕著なトレードオフが存在している。
●第一に、生産性と分配のトレードオフだ。AIによって私たちは貧しくなり、生活が悪くなると指摘する人たちは多いが、それは真実ではない。技術の進歩によって私たちは豊かになり、生産性は向上する―経済学者の意見はそのように一致している。AIは確実に生産性を向上させるだろう。問題は富の創造ではなく、富の分配だ。AIが所得不平等の問題を悪化させる理由は二つ考えられる。まず、AIが一部のタスクを人間から奪えば、残されたタスクを巡って人間同士の競争が激化して、賃金が低下する。しかも、資本所有者の所得に比べ、労働者の所得は減少するだろう。つぎに、コンピュータ関連のほかの技術と同様、予測マシンはスキル偏向型なので、AIツールが導入されると、高度なスキルの労働者の生産性が不相応なほど向上する。
●第二に、イノベーションと競争のトレードオフだ。ソフトウェア関連のほとんどの技術と同じく、AIでは規模の経済が働く。しかもAIツールは、しばしば見返りの増加を特徴とする。予測の精度が上がればユーザーが増え、ユーザーが増えればたくさんのデータが確保され、データが増えれば予測の精度が上がるといった具合だ。大きな支配力が手に入るのであれば、企業には競うかのように予測マシンを構築しようとすると誘因が働く。しかし規模の経済においては、独占状態が引き起こされる可能性も考えられる。急速なイノベーションは短期的には社会に利益をもたらすが、社会への長期的な影響に関しては最適とは言えないかもしれない。
●第三に、性能とプライバシーのトレードオフだ。データが増えるほどAIの性能は改善される。個人データへのアクセスが簡単になれば、個人向けの予測を立てる能力は向上するだろう。ただし個人データの提供は、しばしばプライバシーの侵害という犠牲を伴う。ヨーロッパなど一部の国では、国民のプライバシーを守る環境が整備されている。このような環境は国民に利益をもたらす可能性もある。個人情報を対象とするダイナミックな市場が生まれる条件が整い、個人データの取引や贈与に関して個人が決断しやすくなるかもしれない。しかしその一方、データにアクセスしやすいAIが競争力を持っている市場では、ヨーロッパの企業や国民はオプトイン〈企業などが個人情報を収集・利用しようとする場合、事前に本人の許可を必要とする仕組み〉にコストがかかるために不利な立場に置かれ、障害が生ずる可能性が考えられる。
●以上三つのトレードオフのすべてを考慮するなら、国家はトレードオフの両面を比較したうえで、全体的な戦略や民意に最も適した政策を考案していかなければならない。」


「予測マシンの世紀」  アジェイ・アグラワル / ジョシュア・ガンズ / アヴイ・ゴールドファーブ 共著
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マイナビニュースより