困っている人が世の中には、きっとたくさんいる。

「きっと」と書いたのは、僕が想像できない部分で困っている人がいるはずだからだ。

世の中に存在する全ての困っていることを把握することは、きっと誰にもできない。

困っていることは、基本的に自身が困ったときに初めて理解できる部分がある。

僕が今NPOを作って、活動を始めることができた理由の一つは、僕自身が母子家庭で育ったという原体験があること。

この原体験があったからこそ、母子家庭の子どもたちの状況にアンテナが立ち、必要な支援を考えることができているのだと思う。

こう考えたときには、自身が困らないと困っている人に支援をしようと決断できないことになる。

しかしながら、困っている人が困ったままになるケースは多く存在する。
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例えば母子家庭で育った子どもは、頼れる大人が身近にいなかったり、お金がないことを理由に教育機会等を受けることができないなどして、大人になったときにも社会関係的にも、経済的にも困ってしまう、世代間連鎖という問題がある。

この場合 彼らは困っているので、母子家庭の子どもが困っていることを知っていたとしても、自分自身が困っているので、困っている人に支援をすることは難しい。

その結果 今存在する母子家庭の子どもは困ったままになってしまう。

つまり、困っていることを知っている人の大半は困っている人を救えない仕組みがある。

だから 僕は困ってはいけないと強く思っている。
僕は困ったら活動ができなくなる。
活動ができなくなれば、子どもたちを救うことができなくなる。

本来は政治的な面で解決できることが有効であると思うけれど、政治家になるには、また政治家を続けるには「票」が必要であり、また困っている人の大半は社会少数派であることを考えると、なかなか難しい。

世襲議員であれば基盤を持っているため、「票」を考えずにすむ場合もあるかもしれないが、しがらみもあるだろうし、また家庭環境が恵まれているケースもあり、本気で政策を実行することは難しいかもしれない。


長くなりましたが、こんな仕組みがあるのかなと考えてみました。だからこそ僕たちがやる必要はあるのかなと思っています。

応援よろしくお願いします!

ちゃんちゃん(終)