月別アーカイブ / 2018年06月

前回のPTA会長を務めた僕が思うこと①(仕事編)はたくさんの方々が読んでくれたようで、良くも悪くも、PTAって関心が高いんだなぁと改めて思いました。

今回は良かったこと編です。
多分ほとんどの方は、PTAに対して良いイメージを持っていないのではないでしょうか。

僕は正直言うと、何にもイメージを持っていませんでした。ただ僕が子どもの教育に関するNPO活動を行なっているため、学校教育について知りたいと思ったことと、学校や教育委員会とつながりがうまくできればなぁと思い、会長に立候補したに過ぎません。(つながりはお陰様で持つことができました!!)

ですので、ある意味フラットな状態、良いイメージも悪いイメージも持たずに飛び込んでいきました。

そして今、僕は本当にやって良かったなと思っています。その理由を3つ書いていきたいと思います。
_var_mobile_Media_DCIM_105APPLE_IMG_5721.JPG
1 地域と繋がれる。
僕は大学時代を除き、ずっと県内に居住しております。いや、正確にいうとずっと市内であり、町内にいます。完全な地元っ子にも関わらず、PTA活動を始めるまでは、地域とのつながりを感じたことがありませんでした。

みなさんはどうでしょうか?

僕はPTA活動をとおして、地域の方々に存在を認知してもらうことができたおかげで、町内会や子どもの保護者の方々から声をかけてもらえるようになり、地域の一員になった感がありました。

人見知りの僕にとってはものすごくありがたく、新しいつながりが勝手にできていきました。

地域の方々と交流する時間は新鮮で楽しく、貴重な機会であったと思います。

そして一度つながってしまえば、今後もつながっていける。これは大きなメリットではないでしょうか。

2 学校•先生と繋がれる。
男性の皆さん最近学校行ってますか?
最近はイクメンブームなので、もしかしたら授業参観などで行かれている男性も増えているかもしれません。

僕はしょっちゅう行っていました。
だから、学校の様子、子どもたちの様子、先生の様子を近いところで見ることができました。

また 先生方とも気軽に話せる関係にもなりました。もちろん、学校にも気軽に行けます。

自分の子どもがどんな場所で、どんな人にどのように育てられているのかを知ることができます。

子どもたちは家庭と学校では様子が違います。
それもまた面白い。

自分の子どもの教育に関心がある方にとっては、大きなメリットになると思います。

3 難易度が高い組織運営を学べる。
PTAはボランティア団体です。役員の方や委員会の方、会員の方に報酬は支払っていません。

自身の子どもが通う学校のため、子どものための活動なので、すごく参加する意義はあると考えることができるのですが、役員を決める際には、すさまじい押しつけ合いが発生することもあります。

そのため 役員の方々も、望んでやっていないケースもあり、組織運営としてはかなりの高難度です。無報酬で、やらされているという感覚を持っている組織運営は大変ですよね。

また僕の場合は僕以外女性であったこともあり、その部分も大変ではありました。

ただ ボランティア団体といえど、組織の長になり、みんなをまとめて引っ張っていくという経験はとても貴重でした。

いかにして気持ちよく業務に入ってもらうのか?
いかにして負担を軽減していくのか?
いかにしていい経験であると捉えてもらえるか?
いかにして組織を改善していくか?

僕自身は業務負担軽減に取り組み、会議時間等の削減に取り組みたいと思いました。

負担を軽減することができれば、本部役員として従事することへのハードルを次年度以降下げていくことができると考えたからです。

会議のスケジュールを書き出し、集まる回数の削減に取り組みました。また グループウェアを取り入れるために、使い方を1人1人に説明し、情報共有を円滑にし、簡素化しました。

実施したことは大したことではありませんが、合意形成を行いながら、だんだんと進めてきたからこそ、出来たことであると感じています。

以上がPTA会長をやってよかった3つのことでした。

悩まれている方は是非一回やってみてください。

「なんで自己犠牲をしなくてはいけないんだ..」

と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、利害関係もなく、フラットな関係、まるで学生時代のとき何にも気にせず友達になれたような感覚、それはとても心地いいものです。

きっと最後は「やってよかったPTA」になると思いますよ。

終わります。
次回はPTA活動の問題点から改善案を書いて行きたいと思います。

ちゃんちゃん(終)






「学校に行けないことはなぜ辛いのか。」

昨日 改めてこの問いを考えていたときに、ふと昔の記憶が蘇り、思考の結果出た僕の一つの結論は、「普通じゃないと思うから」だ。

学校に行くことは普通だ。当たり前だ。
それはほとんどの方が思っているはず。

それは親であれ、子どもであれきっとそうだ。


•••••••••••
僕は大学1年生の頃、オーストラリア人が経営するダーツバーのホールスタッフとしてアルバイトをしていたことがある。

僕はオーナーに嫌われており、一ヶ月も経たないうちにもう行きたくないなと思うようになった。

そんな思いから、ある日アルバイトに行かなくなった。そしてその後そのまま辞めた。

でも 僕は不登校と同じような気持ちにはならなかった。なぜだろう?

多分それは、当時の僕にとって、アルバイトすることはお金を稼ぐことが目的であって、アルバイト先は他にもたくさんあると知っていたからだ。

もし アルバイトする場所がほかになければ、我慢して続けていたかもしれない。

この僕の経験から考えられることは、
目的を達成するために選択できる環境があれば、行かなくなることや辞めることに対して、特に何も思わないということだ。

この考え方はすごく大事だと思う。

改めて学校の目的ってなんなのだろう。
勉強するところ?友達を作るところ?集団生活を学ぶところ?習慣を作るところ?

たくさん浮かんでくるものの、どれもピンとはこない。そして、上記の目的を達成する手段は学校だけとは考えづらい。学校だけでしか目的を達成できないことなんてないような気がする。

でも 学校に行けないことは辛いと思う子どもが多い。なぜだ。

もしかしたら、そもそも学校に行く目的なんてあんまり考えておらず、また持っていないのはもしれない。

だとすると、やっぱり普通じゃないと思えてしまうから辛いんだろうな。

学校に行くことってみんながすること。
みんなが当然にすること。

それができないから辛い。
学校に行く目的?意味?そんなんはきっとどうでもよくて。

普通になりたいってよく聞く。
普通が人を苦しめている。
普通ってなんだ。なんなんだ。

学校に行くことが普通って思わなくなれば、行かないことで辛さを感じることもないのに。

学校に行くことが本当の意味で、選択になればいいのに。

今は唯一無二の存在になっちゃってるんだ。
それは社会が作り上げたもの。

社会全体を変えるには時間がかかる。
今苦しんでいる子どもには間に合わない。

今できることは、家庭という社会が変わること。
家庭が変われば、子どもたちは救われる。

保護者や親族が本気で学校に行くことを選択と思えるかどうか。

そのためには、学校に行くことを普通と思う考えを壊さなければならない。

なかなか難しいはず。
でも子どもの社会、当たり前が作られる場所は家庭。まずはそこからやるしかない。

ちゃんちゃん(終)


↑このページのトップへ