月別アーカイブ / 2017年12月

僕は格差の固定化に問題意識を持ったことが今の活動の原点です。

そして格差の固定化をぶち破るために必要なことの一つが、公平な教育機会の提供であると考えていて、ミッションとして活動しています。

公平とは平等とは似て非なるもの。
義務教育は「平等」に定義されるものであると僕は考えており、現体制の義務教育では格差の固定化を断ち切ることは難しいです。

断ち切るために必要なことは公平な教育機会です。足りない人に手厚くする。それが最も有効であると考えています。
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そもそもなぜ格差の固定化は起こるのか?

格差の固定化を簡単に文章にすると、
「お金持ちの家庭に生まれた子どもは将来お金持ちになり、お金がない家庭に生まれた子どもは将来お金がない人になる」
そんなイメージで大丈夫です。
カエルの子はカエルというわけです。

このしくみについて今回2つの家庭環境を例にとって考えてみます。

1つめの家庭。
父、母ともに有名大学卒業。
日々の生活の中で親の姿勢や習慣などの文化資本を家庭内で享受することができる。
有名大学卒業したことから、世間一般以上の収入がこの家庭にはあり、学習や体験などの教育機会が与えられている。
家庭内だけではなく、あらゆる機会を獲得することができる環境が整っている。

2つめの家庭。
母は高校卒業、父はいない。
生活は厳しく、多忙である。時間に余裕がなく子どもと関わる時間も取れず、また生活に余裕がないため、心身ともに疲弊している。
ストレスは溜まり続け、時には子どもに強い言葉が向けられ、子どもも同様にストレスを感じている。親にも子どもにも余裕はない。
そして もちろん、経済的事情により学習や体験などの教育機会は与えられていない。

この2つの家庭を比較して格差の固定化が発生する要因が2つあることがわかると思います。

1つは、家庭内環境
家庭の中で養われる習慣や姿勢、教養を得られる環境の有無、また家庭が不自由なく安心していられる場所となっているかどうか。
家庭内環境は、子どもの意欲や胆力、自己肯定感など学力とは違う部分に影響を与えています。

よく学習塾などに行かなくても優秀な子どもはいますが、そうした子どもたちは、このようや家庭で育っているのかもしれません。

2つめは、家庭外の教育機会
日本には義務教育制度があるため、学校という教育機関には平等に9年間行くことができます。
しかしながら、今は学校だけが教育機関ではなく、学校だけに行っていればいいとはいえない社会になっています。
代表的な学習塾などの学力向上を目的としたものもあれば、体力を向上させるスポーツ活動や、表現力を養う絵画やピアノなど多岐にわたります。
こうした機会は、子どもの可能性を広げるとともに、子どもの能力を向上させるはずです。

そしてこの2つの要因はまるで箸のようです。
つまり、家庭内環境がよければ、家庭外の教育機会を獲得できる可能性が高まり、家庭内環境が悪ければ、家庭外の教育機会を獲得できる可能性が低くなるということです。

その結果 格差の固定化は生まれているのです。


格差の固定化をぶち破るために必要なことは、家庭内環境が悪い子どもたちにこそ、家庭外の教育機会を提供すること。
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このイラストのように、足りない子どもたちにこそ、家庭外からの機会を提供することが重要であると考えています。

ちゃんちゃん(終)

12月に入ってから体調が優れず、昨日今日と完全に寝込んでしまいました。

2日間、仕事のことも、家族のことも、何にも考えずに(考えられずに)、ただただ時間が流れていく、そんな時間を過ごしました。

こんな時間はいつぶりでしょうか。

昔はしょっちゅうこんな時間があったような気がします。不毛な時間だったなと思います。

しかし今回体調を崩し、与えられたこの時間によって私の心に変化がありました。

最近 立て込んでいたさまざまなこと。
正直 とてもしんどい気持ちを持っていました。

自分では頑張っていると思っていて、周りも言ってくれている。でも 自分が思うような結果が出なかったり、うまくいかない。

そんな状況から気持ちは、テンションは落ちていく。そんなスパイラルに入っていたかもしれません。

しかし今回体調を崩したことに得られたこの時間によって、久しぶりの感覚、「意欲」を自分の中で感じることができています。

明日からまた頑張れる気がしています。

私はまだまだ自分を信じることができていないから、結果を求めてしまっているのだと思います。

もっと自分を信じてみよう。そう思いました。

あとは、「休む」って大切なことだなぁと思います。 
でもなかなか難しいですよね。

もっと「休む」について学ばなければならないと感じています。

今回の学びは、何にもない不毛な時間を過ごすことで、意欲が生まれることがあるということ。

ヒマを感じるまでいきませんが、体調が回復するにつれて、ヒマを感じる状態に近い状態になれたことがよかったのかもしれません。

まとまらない文章ですが終わります。

ちゃんちゃん(終)











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