偏見です。
多分偏見です。

タイトルのとおりの話なんですけれど、
人って自分より下、下という定義はなんでもいいです。そのときの状況によると思います。

おっと、つまり自分より下がいると安心する生き物であるように感じます。下といっても、今いる組織の中の物差しだったり、社会通念上の物差しだったり。

下がいることで自信を形成している人が多いのではないかなーと感じています。

その根底には
自分はダメな人間ではない。
その根拠として 物差しの中で自信を形成する人が多いように感じています。繰り返しですね。

でも それって寂しいですね
とてと寂しい

だって それは誰かの犠牲の元に手に入れているものです。つまり 誰かは失っています。

誰かが下がって、上がることって寂しい。
そんな風に思います

社会のそれは一定ではないと僕は信じています。
つまり 誰かが下がらなければ上がることはできないという考え方です

ただ 実際 ファーストフードなど、あの価格で提供できている理由は誰かが損をしているような気がしてなりません。

消費者が強いからでしょうか

経済的な物差しだけではなくて、みんながそれぞれ幸せになる方法を考えていかなければいけないような、そんな気がしています。

利己よりも利他。
利他よりも超利己。

自分がしたいことが相手の幸せにつながる状態が最も幸せであると聞いたことがあります

社会は自分だけ、家族だけでは完結しません。
もっともっと広い視野を持って 世のために、坂本龍馬が言うように、なにかを成し遂げる人生を送ることが本当の幸せにつながる気がしてなりません。

ちゃんちゃん(終)