みなさま こんばんは
体調崩されていませんか?
僕は冬はいつも胃腸の調子が悪くなります...

さて前回のブログでは社会課題を解決するための必要な考え方として、

社会課題にほとんどの人は興味がない

ということをお伝えさせていただきました。

だから?そんなの当たり前じゃん!
いやいや、そんなことないって!

そんな声ももしかしたらあったかもしれません。

ただ僕は活動をとおして この事実に気づいたとき、ものすごく楽になりました

さあ ここからが本題

「社会課題にみんなが興味がないことはわかった。じゃあどうすりゃいいねん!」

に答えます。

答えはめっちゃ簡単です。

あなたです
あなたなんです

社会課題に興味を持ってもらうことは難しいです

でも あなたに興味を持ってもらうことはできるはずなんです

そして あなたを応援してもらえればいいんです

あなたが何しているかはよくわかんないけれど、
あなたを応援したいから

それでいいんです

その結果 社会課題は解決されます。
なぜなら あなたが取り組んでいるから

あなたを知っている人が増えること
あなたのことを好きな人が増えること

僕はそれがすごく大切だなって思っています

最後になりますが 正直 僕もまだ足りていません
ただ 思っているよりも応援してくれる人はいるはずです。
ブレずに行動を続ければ 気づいてくれる人はいます。

信じて 一緒に行動を続けましょう

ちゃんちゃん(終)

みなさん こんにちは
寒い日が続いていますね...
インフルエンザも流行中とのことなので、手洗いうがいはしっかりっっ!!やってくださいね

さて 今回は
「社会課題を解決するために必要な考え方」
という大それたテーマで書いていきたいと思います

僕は今年度でNPO法人を運営して3年になりました。
まだまだ「解決したぜっ!!」と言い切れるものもないのですが、活動していく中で今年度ようやく気づけた大事なことがありました。
もっと早く気づけばよかったなと思っていることです。

これから 社会課題を解決するために活動する人ももっと出てくるかもしれないし、その人のために書いていきたいなと思います。

さていきなり結論から書きます。

社会課題にほとんどの人は興味がない

これが社会課題を解決するために必要な考え方です。この言葉がそうだなって心から思える人は社会学をしっかり知っているか、それとも課題感をそこまで強く思っていないかどちらかだと思っています

僕はNPOタイプというものが存在するとしたら、「原体験」タイプです。

自身が育った環境から課題感を感じ、その課題を解決したいと思い、発起しました。

「原体験」タイプの特徴は強い想いがあるということです。なぜなら当事者であるからこそ、知っているし、わかっていることがあるからです。

例えば貧困世帯に属する子どもたちへの無料学習支援についてであれば、

「お金がなく、教育機会を獲得できない子どもたちの可能性を伸ばせる素晴らしい取り組みである」

こう思います。
すごく腑に落ちます。
なぜなら 価値がわかるし、実際に知っているからです。だから 僕はこの価値は当たり前に伝わる、そう思っていました。でも そんなことはありませんでした

僕はビジョンを語ります
夢を語ります

でも 響かないこともある
なんでだろうって思ってました

話すことが下手なのかな?
ロジックがおかしいのかな?

でも そういうことじゃなかったんです。
言い表すことが難しいんですけれど、近い表現は"ピンとこないという感覚"ですかね。

あるとき気づきました

子どもの貧困 不登校
僕が関わる課題は ほとんどの人にとって 直接的な関係がないんだってことに

気づけば特別なことではなく、当たり前のことです。僕にも興味がないことはたくさんあるし、関係ないと思っていることもたくさんある。

それと同じじゃんと思います

でも やはり 社会課題があって、
解決していかなくてはいけない、と発したときに
どこか わかってくれると甘えていたような感覚が僕にあったんだと思います

ただ それは理想だったんです

だから

社会課題にほとんどの人は興味がない

この前提を意識しながら 活動していくことが大切です。

そしてこの前提がわかった上で重要で大切な考え方があります..!!
続きは次回に書こうと思っています。

読んでくれてありがとう

ちゃんちゃん(終)






偏見です。
多分偏見です。

タイトルのとおりの話なんですけれど、
人って自分より下、下という定義はなんでもいいです。そのときの状況によると思います。

おっと、つまり自分より下がいると安心する生き物であるように感じます。下といっても、今いる組織の中の物差しだったり、社会通念上の物差しだったり。

下がいることで自信を形成している人が多いのではないかなーと感じています。

その根底には
自分はダメな人間ではない。
その根拠として 物差しの中で自信を形成する人が多いように感じています。繰り返しですね。

でも それって寂しいですね
とてと寂しい

だって それは誰かの犠牲の元に手に入れているものです。つまり 誰かは失っています。

誰かが下がって、上がることって寂しい。
そんな風に思います

社会のそれは一定ではないと僕は信じています。
つまり 誰かが下がらなければ上がることはできないという考え方です

ただ 実際 ファーストフードなど、あの価格で提供できている理由は誰かが損をしているような気がしてなりません。

消費者が強いからでしょうか

経済的な物差しだけではなくて、みんながそれぞれ幸せになる方法を考えていかなければいけないような、そんな気がしています。

利己よりも利他。
利他よりも超利己。

自分がしたいことが相手の幸せにつながる状態が最も幸せであると聞いたことがあります

社会は自分だけ、家族だけでは完結しません。
もっともっと広い視野を持って 世のために、坂本龍馬が言うように、なにかを成し遂げる人生を送ることが本当の幸せにつながる気がしてなりません。

ちゃんちゃん(終)

↑このページのトップへ