木村花さんの件で発信者情報開示請求に関して注目が集まっています。
裁判所は皆さんが思っているよりも名誉毀損等を認めず、例えば以下の第一人者の対談記事にもあるように、匿名で「死ね、気持ち悪い、消えろ」と書いても、すぐに違法だとは言い切りません。
清水先生と深澤先生が取材に応じた記事です

しかし、少なくとも「匿名書き込み」については、裁判所の考え方は、現代社会の、「誰もが世界に届かせることが出来る表現の自由を手に入れ、万人の万人に対する闘争」が起きている環境においては、既に間違った考え方だと言えます。

それはなぜか、裁判所の考え方は古い考え方が前提になっています。それが「言論の自由市場」という考え方で、言論の自由を広く認め、誤った表現は対抗する表現によって消されていくことにまかせよう、まさに市場原理において神の手が働くように自由に任せようという考え方です。これは言論の自由を対国家をメインに捉えている状況では正しかったと言えます。

しかし、言論の自由市場論の前提は、「言論の自由を行使した者もまた言論の自由の行使にさらされること」、つまり、「死ねって行った奴が死ね」って実名顔出しで言われる時代を前提としています。
逆に、匿名性の笠に隠れて人を闇討ちするようなことが可能なことや、人数を水増しできることは想定していないし、そういう匿名言論は、昔はトイレの個室にしか書いていなかったので誰も信じない。ということが前提にあったのでしょう。

しかし、現代社会においては、匿名性の影に隠れて、さらには人数すら水増しして言論の自由市場に誰しも参入することができ、市場において不正取引が行われている状態です。レッセフェールに任せてはうまくいかないことと同じように、言論の自由市場論も修正されるべきではないでしょうか。


現状の法制度と裁判所の判断の問題点

現在の制度はある意味匿名性を保護する方向性となっていて、しかも裁判所によっては被害者に酷な判断をしていることを知っていただきたいです。
そして、発信者情報開示請求がもっと簡単に認められ、簡単に認められることが世間に広まることで、今回の事件の再発防止につなげるべきです。
手続き的煩雑さ等問題点は多いですが、一番問題だと思うのは、ログイン時間と書き込み時間とが離れていると、「別人による書き込みの可能性がある」と裁判所が安易に認めていることです。
変な話、わざとログインして数日たって名誉毀損書き込みをし、かつその前後に無関係な書き込みをしておけば、発信者情報の開示を裁判所が認めないことが十分にあり得ます。
こんなことを許すのは制度的欠陥か、判断に欠陥があると言わざるを得ません。
「この方法とられたら仕方ないね。」と法改正をしない国や解釈をする裁判官は木村さんに向かって言えるのかもう一度手を心に当てて考えてみてください。
論理的にも、その人が書いたかどうか?は損害賠償請求訴訟の場で争われるべき論点で、どの契約者のデバイスから書き込まれたかを明らかにする手続きでは本来無視されるべきか、別人であることが明白な場合に限って除外するべきです。

人の死はいつでも悲しいですが、時間を巻き戻すことは誰にも出来ません。しかし、人の死に意味を与えることはできるし、それが生き残っている人間の役目ではないでしょうか。今回の死を意味のあるものにする法改正を期待します。