月別アーカイブ / 2015年10月

ロボットが人間のようになるとかなって良いのかという話の前提として、人間とはなにかという問題が生じます。
人間とはなにか?
生物的に人間と他の生物とか分ける決定的な(複数の)鍵はなにか?
逆に「お前ら!人間じゃねえ!叩っ斬ってやる!」と言われるときの、人間の形をしているけれども人間と認めてもらえない状態とはどのような状態なんだろうか?

pepper等のコミュニケーションロボットが認知度の割に購入意欲が低いというニュースが出ていました
http://kaden.watch.impress.co.jp/docs/news/20151020_726497.html?utm_content=bufferfe9e3&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer
人とロボットが同じことを出来るとしても、「人にやってほしい」という部分は人間の感情として今は残るんだろうなと考えています。
ただ、生まれた時からロボットに囲まれた人類が出てきた場合はもう慣れてしまって人間の曖昧さは逆に忌避されるような気もします。また、経済的効率性のみを考えるとロボットにはどうしても負けてしますでしょう。
ロボットが発展する世の中では最も人間らしい仕事が出来るようにならないと仕事や社会での居場所を奪われるのではないかと思います。
結局、人間らしさとは何か、経済的価値を離れて人から必要と思われる人間性とは何かを考えて身につけることが今までと同じように今後も必要だということをロボットと向かい合うことで再認識させられる時代だと思います。

↑このページのトップへ