今日は、コンピューター将棋ソフトとプロ棋士の対決「電王戦FINAL」の最終局でした。学校から帰ったら終わってた汗
(メディアでも取り上げられることも多かったので、将棋をしない方もご存じでいらっしゃるかもしれません。)
「FINAL」の「最終」というと、もう本当に終わりです!と宣言されているような気がします。 
これで終わってしまうんだなあと儚く思う自分と 
いや、これはまだFINALの序章にすぎない「OWARI NO HAJIMARI」ー終わりの始まりー
なのではないかと淡い期待を抱く自分がいます。 
期待しているだけで、きっともう続きはないのでしょう。 
そんな風にさびしさが訪れるくらい電王戦は様々なことを考えさせてくれました。 

将棋界では、ビッグな対局が行われると 
プロ棋士が進行中の将棋を検討する「検討室」という部屋が設けられます。 
第2回、第3回の電王戦最終局の検討室には、恐縮ながら私も加わらせて頂きました。 
そこで、プロの先輩方の見解、もっと言えばプロ側から見たその将棋の捉え方を生できくことができました。 

しかし、学校へ行くと、その見解は一変しました。 
学校では、ソフト側、つまりプログラム開発者側からの視点の話が主流なのです。

私は、はっとしました。 
それまで片方の話だけをきいて納得していた自分に気付かされました。 
プロの検討室では、どうしても人間が有利であってほしいという願望から、どちらかというと主役は人間。 
一方、学校では、プログラム開発に加え、電王手くんなどの話題が中心で、主役はコンピューター。 

ものの見方、捉え方は実にさまざま。 
一つの視点だけで善悪を判断したり、すぐに納得したりすることは実に恐ろしいことなのではないかと、 
そんなことも考えた私にとっての「電王戦」でした。