月別アーカイブ / 2019年09月


配信シングル「入道雲」をリリースして、楽曲やMVについて色んな感想をいただいたりして、夏はレコーディングがメインでそんなにライブもなかったから夏らしい賑やかさを今から感じられればいいなぁと願いながら、北海道に行った。

ライブは土曜日だったけど、俺はラジオ出演などがあったので木曜日の25日から北海道に入った。
FM NORTH WAVEの番組でパーソナリティの加藤ジュンさんと初めてお会いした。ジュンさんオンエアで話したこともそうだったけど、特にオフトークの時の話が好きな音楽が似ていたり

ジュンさん「あの曲を聴いてあのバンドを思い出したんですよ」

俺「あのバンドのサウンド感にしたくて作ったやつです!!!!」

みたいなことが多くて、あっという間の30分だった。高校生が多く聴いているラジオ番組だったので自分の学生時代の話をしたりしながら、やっぱり日々の小さな選択が枝分かれしていって今になってるんだなぁと改めて感じていた。
(この日記でも過去を振り返ることが多いけど、書いてるうちにまた軸を確認できるので楽しい)

北海道のライブではちょうど曲終わりの時にアンプから音が出なくなってしまって、あぁトラブル〜と思って対応しているうちにかつ丸が中心になって間をつないでくれた。ナイス。(対応に追われてほとんど聞いていなかったんだけど)
楽しかったし、もっと来たいと思う場所が増えて、増えて、でもなかなか行けなくて、そのうちまた増えて、っていうことが多い。くやしい。

北海道から帰って来てからは1日の半分以上を布団で過ごした。

今日「チケットが売れないから、売れないとお終わるかもしれないからライブに来てください」というツイートが流れて来てたので意図を見たけどあんまり理解できなかった。

「チケットが売れてないから来てください」ってそれはファンがどんな気持ちでライブ会場に足を運んで、どんな気持ちでライブを見るんだろう。そもそもそんな「あなたたちが来ないと僕たちはダメかもしれない」っていう脅迫概念が詰まった現状維持をするための意志のバンドにどんな気持ちを乗せればいいんだろう。

言いたいことはすごく分かるし、俺も、お客さんが離れてしまったらすごく怖いし、そりゃバンドを継続することも難しくなるかもしれないし。
でもなんていうんだろう、そのメッセージは反則だよ俺の中では。

3年前新宿ロフトで1000円チケットのワンマンをライブをして100人もお客さんが来なくて、前から4列目以降の人がまばらなフロアスペースを見て「あぁ終わるのかな」と怖くなったけど、でもその時来てたお客さんは、中には確かに「これしか人が入らないのは悲しい」と思った人もいると思うけど、でもみんな満員の時のライブハウスとおんなじぐらい良い顔をしていたし、その時のお客さんはあれからもずっとライブに足を運んでくれる。ライブ当日を迎えるまでものすごい焦ったし、フォロワーさんにDMを送ってライブのお誘いもしてたし、そんなDMもTLに晒されて「DMきたんだけど行くかよフォロー外すわ」とも言われたこともあったし。それもショックだったけど、でも「売れてないから来てください」っていうお願いはしなかった。そりゃまぁ、迷惑だよなぁ、とも思いつつそれぐらい、俺もなんとかしたかったんだよねごめんね当時のフォロワーさん。

良い音楽や楽曲を作るっていうことだけ単体で考えたら極論、お客さんは関係ないかもしれない。でも、活動していく中での意識にはお客さんがいて、メンバーがいて、スタッフがいて、それは音楽ではなくて人間として、関係がある。メンバーが抜けても当時サポートとしてかつ丸を紹介してくれた仙台マカナの店長さんが、寂しいフロアでもワンマンを底抜けで楽しんでくれたお客さんが、「こいつの作る音楽には未来がない」と心の中で思ったかもしれないけどついてきてくれたメンバーが、結果論かもしれないけど、あの時の数からファンを増やしてくれた。少ないと感じるかもしれない10人が20人にしてくれたし、20人が40人にしてくれたし、だから俺たちはライブに来てくれるお客さんにも、もちろんそれ以前に自分たちにも先々の夢を見ていられるようにしたいと思っているから、「チケットが売れていないからライブに来てください」にはなんの未来も感じないし、それはファンにも自分自身にもとても失礼だと思う。俺がバンドのファンなら「チケット売れてなかったけど来てくれてありがとう!」じゃなくて「俺たちの音楽を見に来てくれてありがとう!」が聞きたいし。

なんてのも、結果論かもしれないし、確かに俺が今リアルタイムでそういう状況だったらこんなこと誰かに言われたときに「うるせーよ綺麗事言ってんなよ」とかしか出てこないのかもしれないけど、でも、根底の部分は変わらないし。

ファンにバンド存続の責任は本来1ミリもない。
いつだって自分たちが決めること。

でも、バンドが続けられるのはお客さんのおかげ、の部分はある。けどそれは、「大学に受かったのは予備校のおかげ」とおんなじもんで結局「予備校で自分がどれぐらい勉強をしたか」なだけでバンドが続いているのはお客さんのおかげもあるけどそれは「どれぐらい音楽に向き合えたか」だと思う。

客が入らないってことはだめな音楽なのか、というと、全然そういうことじゃない。良い音楽が知られていないことも多いと思う。でも良い音楽を広めてくれるのは色んなプロモーションや戦略もあると思うけど、一番は自分たちが自信を持って「良いでしょ!」というものに反応してくれた10人、20人で、それは数の問題ではなくて好き濃度だと思う。新曲を出すたびに怖い、ライブを迎えるまで怖い、でも俺たちは現状維持のためにお客さんと時間を過ごすんじゃなくて、その先のもっと大きな未来を生きたいと思えるライブに出来ることが一番、来てよかったの感動を感じてもらえるんだと思う。だから俺は俺が「最高」と思う音楽を作りたい。

と、いうことも改めて感じることの出来た北海道でのライブと、今日だった。


次は福島、仙台、岩手の三連ライブ。東北!


2月のチケットみんな無くしてないよね😠?


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日曜日にバンドで外出する用事があったのに、台風で天気が荒れるから、という懸念もあって土曜日のうちに中止。いざ日曜日になってみたら全然雨は降らないし、空は青いし、曇りになってきたなぁ、と思ったらまたすぐ晴れ出すしで「こんなんだったら強行すればよかった」と思っていた。

昨日の夜からはさすがに風が強くなってきてるのがわかったけどそういうんじゃないんだよ雨風。

自然のことだし、天気予報だって外れてなんぼだし、そういうもんだってわかってるからこそ、このなんとも言えないモヤモヤをどうしてくれるんだ。と思いながら寝た。

お昼前に起きたらカンカンに晴れてた。
しかも、暑かった。


9月にもなっているから、日が暮れるのは早くなった。
たまーに「あ、晴れてても秋の感じだ」と思うこともここ数日あったけど、今日は暑かった。というかこれを書いてる今も寝室が暑い。



夕方、歩いて15分くらいある最寄りのスーパーマーケットに行って食材を買い込みに行った。
随分軽装で、まだなにも入ってなく小さく畳んだエコバックをポッケに入れて。夜中の強風で折れた木の枝があちこちに歩道に散らかっていて、色んなひとに踏まれたりしたのかベタベタと地面にこびりついていた。

スーパーに着く頃には15分歩いただけで汗ばんでしまっていたけど、店内はキンキンに冷えていて幸せだった。必要なものや食材をカゴに入れながら店内をぐるっと一周する最後のコーナーのお惣菜コーナーに「秋刀魚のフライ」が半額になっていたから、もうサンマが売ってるんだー、と反射的にカゴに入れた。レジに向かうと、だいたい俺がいくときにいつもいる高校生ぽい男の子が今日もレジに立ってお会計をしていて、先週見たときは黒かった髪が今日は茶色になっていた。
暑かったので帰ったらアイスを食べよう、と思ってカゴに入れてたアイスのバーコードを読み取ってもらった後「アイスにスプーンはお付けしますか?」と聞かれたけど今まではそんなこと聞かれたこともなかったし、なんなら俺が「アイスのスプーンください」と言って渡されることの方が多かったからこの男の子が成長したのか、単純に俺が「アイスにスプーンを入れないともらいに来るやつ」として覚えられているのかと思うと少し恥ずかしかった。


スーパーに向かうときはまだ明るかった空はスーパーを出るともう薄暗くなっていて、またそこでも日が短くなっていることを感じたのにやっぱり暑さはそのままで秋を感じたいのに夏のままな何かにモヤっとした気持ちのまま、中身の入ったエコバックをぶら下げて来た道を歩いた。


高校生のこの時期に髪を染められるのだとしたら3年生でもう推薦受験が終わって進路も決まったのか、就職先が決まって残りの高校生活を少し大人な気分で過ごそうと思ったのか、どういう心境だったんだろうと考えて、知らないことが多いのは、なにかを知ったときの感動を味わえる率が高いんだなぁと思った。


体験して感じたことは経験値として積み重なっていく分、もう経験する前の自分には戻れない。

「髪を染めたらどうなるんだろう」と思って、感じていた時の自分の気持ちには戻れない。知ってしまったから。

高校一年の時に1年5組の男子で「キスをしたことがあるか」っていう話題になったとき、当然そんな経験もない連中ばかりだから「やっべーよどんなだよ」だけでばかみたいに盛り上がってたけどそんな盛り上がりはもう、出来ない。
唯一入学して1ヶ月で同じクラスですぐにカップルになった男子に「キスはしたのか、手は繋いだのか、その先はどうなんだどこまでいったんだ!」という話をして、聞いて、ありもしない経験を自分に置き換えて想像して、っていうあの頃の感性には今はもうなれない。


インスタライブで弾き語り配信を毎週するぞー、と言ってからリクエスト曲を集めて、教えてもらって知らない曲は可能な限り全部聴いて、歌詞を見るけど全然批判でもなく、「失恋の歌多っっ」と思った。

それぐらい、所詮他人が作った失恋の歌にひどく共感して、自分の気持ちが救われる人がいるのがどうとかではなく、失恋や叶わなかった恋でひどく落ち込むのは、その逆に相手の存在や相手との時間や出来事に感動することがあったんだと思う。


それぐらい感動するのは、感動する前までは当時の1年5組の男子たちが「キスってどんなんだ!!!手を繋ぐってどうだ!!彼女の家まで自転車で帰って送って近くの公園で何時間も話し込むってなんだ!!!!」のとおんなじぐらい知らないことがあったから。


感動出来る心があったから。

その分、悲しむ心もある。


悲しんだ経験は自分の中で次の感動に触れることを怖がらせてくるかもしれない、また傷つくのが辛いから、また傷つくうちに、傷に慣れてしまううちに、感動することからも遠ざかってしまうこともあるけど、そんなのは16歳のあの男子たちにしてみれば「全然わかんねぇよなんだよそれ!!!」なわけで、知れば知るほど、もう無鉄砲な自分の感性に100%戻ることは出来ない。


レジの男の子はどう思ったんだろう、自分の髪が茶色に染まったことに「おぉ〜✨」と目を輝かせたのか、「こんなものかー」とあっさりしてたのか、どっちにしてももう染髪したことのない自分はいない。


感動ごとを感じる時を取っておきすぎれば時間だけが過ぎていくし、手っ取り早く感動を手にした時に後悔してしまうときもある。


でも日常の中でいくつもある感動を、感動として感じることの出来る心だけはこれからも持っていれるように、と思う。


1000人キャパのライブハウスでワンマンをする景色はどんなだろう、武道館の景色ってどんなだろう、アリーナの景色ってどんなだろう、グラスステージから見た景色ってどんなだろう、知ってしまった後に何があるのかは当然わかんないけど、そのどんなだろうに、夢を一緒に見てくれる人がいること。


そんな日。


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