月別アーカイブ / 2019年02月



2/9、2/10と大阪、岡山でのサーキットイベントだった。

バンドとしては2回目、3回目のライブになる。

大阪のミミノコロックフェスは全体の大トリの時間帯だった。主催者の方がここに入れ込みたいという気持ちがあったので嬉しかった。
自分の出来だけでいうとその気持ちに応えられなかったライブだった。というと見てくれた人に失礼になるかもしれないけど、30分の時間の使い方に対する感覚が鈍っていたこと、サーキットイベントはワンマンライブとは違って初めて見てくれる人がいて、その方にも向けるライブ感の感覚も鈍っていたこと、これがうまく掴みきれなかった。単純に実力不足。
でも折れたりすることはなく一生懸命やった。こういう時に思うのは、サーキットイベントとかでアンテナを一番に目当てにしてリハーサルから待機してくれる方がいることの心強さで、なにもかもが「初めまして」だともしかしたらただ空回りに終わってたかもしれないし。(もちろんどの状況でも自分たちの地力で空間を巻き込んでいく、っていうバンドの力がないといけないし、甘えたいと思っているわけじゃない)

感想で「心地良かった」、「おしゃれだ最高だ!」という感想も多くてそこは「最悪だった」よりもよっぽどいいけど(最悪だったらそもそも書く気にもならないかもしれない)感想よりもそもそもの自分たち自身のサーキットイベントの感覚が抜けてしまっていることが一番の反省点だった。主催者の方にも申し訳ないと思う反面、出番が終わったあと「ありがとう!」と握手をしてくれて、こちらこそありがとうだけど次はもっとその気持ちに応えられるようにしたいと思う。

メンバーみんなで楽屋で話し合って翌日の岡山の話をした。イメージの共有とライブ感の共有と、1/19の時のウズウズ感の共有と。「分かってるだろう」という阿吽の呼吸は確認しないといつのまにかそれぞれ違う形に気持ちが化けてしまってることがあって、そういうのがよくバンドと恋愛の例え話みたいに恋人のようなのかもしれない。


翌日、岡山も寒かった。
岡山のサーキットイベントmachiotoの主催者の方も活動休止中も俺自身のことをずっと気にかけてくれたり、活動再開をすごく喜んでくれたり、だからマチオトに誘われた時も「絶対に出たい!」と出演させてもらった。

machiotoも、出番はトリだった。

ココロオークションのあわちゃんやウソツキ竹とお昼を食べたりして、出演するライブハウスに向かっていると同じ会場のThe Floor御一行に出会ったので機材搬入を一緒にして楽屋にいた。

その時、アメノイロが出番だったので楽しく見ていた。

The Floorのライブを久し振りに見て、そもそも曲もタイプなんだけど、お客さんの巻き込み方がすごいなぁと思って見ていた。知ってる曲ばかりだしお客さんがなによりもみんな笑顔で会場の一体感が気持ち良かった。

なんだかんだ初めて見る超能力戦士ドリアンが個人的にはハッとさせられることばかりで、全部書きたいんだけど書いたらダメだと判断して書かないけど、ドリアンは前日うちらの大阪の反省点としてあげた点を全部完璧に武器にしていて、サーキットイベントであることの特性、30分という時間の使い方とか、地頭の良いバンドでいてそもそもが「音楽好き」だった。

Twitterにも書いた、ドリアンのやっさんが「他ジャンルでも仲良くしてください〜」というのがアンテナ含めて、バンドや音楽をジャンルとしてじゃなくて音楽として感じてくれてる発言だしそういうちっさいところに人柄が出る、と思ってるけどとにかくドリアンを見れてよかった。


前日のメンバーとの確認なども含めて自分たちの時間もすごく楽しかった。
それは自分たちだけではなくて、The Floorを見ていたり、超能力戦士ドリアンが受け渡してくれた空気感であったり、そういう空気感が手伝ってくれたものも作用していると思っている。

「目当てのバンドを見る」というのは当たり前のことなんだけど、タイムテーブルの流れってとっても大事で、単発単発のバンドごとに終わってしまってはなんか雰囲気がちぐはぐになる。(と感じてる)それはお客さんが入れ替わるからリセットされるのはもちろんそうなんだけど、バンド同士の空気感であったりお客さんが残していく空気感であったり、そういう目に見えない「雰囲気」の感覚があって、だからサーキットイベントでタイムテーブルを組む人は大変だけど、そこのこだわりも多分感覚的にその「良い雰囲気」を想定出来る嗅覚を持っている人が多い、と思う。

ドリアンとアンテナは前後感でもちろんジャンルは違うけど、ジャンルは関係なく「良い雰囲気」を残してくれたのでやりやすかったし、サーキットイベントはお客さんを楽しませるっていう大前提の他に、演者同士のそういうバトンの受け渡しも楽しめるのが出番前にも感じれたのでよかった。

自分たちだけでは決して作れない雰囲気がタイムテーブルやライブハウス、スタッフさん、イベント全体に「良い雰囲気」があちらこちらにあって気持ち良かった。


出番が終わるとドラマストア海ちゃんが楽屋に入ってきてハグしてきた。
「ほんまによかった、泣きそうやわ」と言うので「泣いてないじゃん、嘘泣きじゃん」と返した。本当は嬉しい。

ライブ後、去年10月から岡山に転換になった仙台の同級生がいるので全体打ち上げまでご飯を食べた。サーキット会場となったエリアから歩いて15分の場所に住んでるらしくて近かった。
岡山に来たら同級生にも会える。幸せだ。途中、The Floorのハヤト氏も参加して3人でご飯。2人は初対面なのにペラペラ喋ってた。今思えば不思議な図。

全体打ち上げも楽しくて、帰るのが名残惜しかった。珍しく池田さんやかつ丸やごんたも最後の最後まで楽しんでいた。

ドラマチックアラスカのトシくんにも久々に会えたし、あわちゃんもニコニコだったし、WOMCADOLEのみんなにも会えたし、CRAZY VODKA TONICのゆーととも話せたし、初めて紹介してもらったバンドさんも知れたし、楽しかった。

最後まで俺の隣にはハヤト氏がいた。


アンテナがライフソングを心地よく届ける、というスタイルはこれからもずっと伝染していくように、と願っていて、早く岡山もツアーに入れられたらと思うし、だからそれまではアンテナのライフソングを浴びに遠征してもらえるぐらいアンテナが染み渡るように、と改めて思える二日間だった。

大阪も岡山も、それぞれ全部意味あるものになった。もちろんそれぞれ一回しか自分たちにはない時間だから「反省点が多かった」というのは単発としては結果としてはよくない。響かなかった人がいたら1人の人を夢中にさせるチャンスを自分たちで減らしてしまったことになる。そういう大事さも改めて感じた。
だからもっと、日々を感じる、30分を感じる、空気を感じる、そういう音楽を鳴らしていけるようにと改めて思う。


今日は案の定、活動不能だった。

いい加減にしろとむぎが痺れを切らしたので散歩に行った、尻尾をピンと上を向けて早足で歩いてた。

早くまたライブしたいなぁ、と思ったら次はもうツアーだったので少し遠い。
この二日間で出会ってくれた方とまた、今度はツアーで会えますように。





寒い。とにかく寒い。

明日は東京でも雪が降るらしいけど、大阪は大丈夫なようで安心。なんて言うと自分勝手な意見過ぎるのかな。


明日も東京では沢山のイベントがあって、それを楽しみにしている人がいて、でも仮に、万が一大雪が降って交通機関が麻痺してしまったら楽しみがなくなって人がいて、かたや俺は「大阪は雪が降ってないからライブが出来る」と喜んでいたら「私は見れないのになんなんだ」と思う人もいるかもしれなくて。
こういうの言い出すとキリないけど、そういう感覚は、東日本大震災の時もそうだった。

「こんな時に音楽だのライブだのバラエティだの、不謹慎だ」という不謹慎という言葉をやたら聞くことが多くて、当の本人の俺は「全然いいと思うんだけど」と思っていたのは実際に家族や親族を亡くしたり、家が流されたりしてないからだ、と言われてしまえばもちろんその通りだし、それほど沢山の数の命や思い出とかがなくなってしまって日本中が大騒ぎしているときに「娯楽」というものを楽しむのは不謹慎だったのか、電力不足があんなに懸念されていたのに東北ではなく東京のライブハウスが運営をするのは「無駄」だったのか、今もピンと来てない。

数の多さでことの大きさを計るというよりも、例えば今日どこかで交通事故で亡くなった人がいたとして、その家族が夜に、実際に俺がゲラゲラ笑いながら観ていたバラエティ番組を「それどころじゃない」と思うかもしれないし、俺はそういう誰かの悲しみを知らないだけ。警察署の前を通ると「昨日の県内交通事故数」と「死傷者数」が数字で出ているのを見て「こんなに亡くなってるんだ」といつも驚く。俺まで降りてこない知らない感情が多すぎる。もちろん知る必要もないのだけれど。

「大震災で何万人が犠牲になった」と言われて初めてことの大きさに気づくのももちろんそうだけど、今日も島国の、小さな日本でそれこそ何千万単位で喜びと悲しみが生まれてる。

俺はそれを知らないだけ。

俺の喜びと悲しみも、大半の人が知らないのと同じように。

くら寿司が話題になってたけど、アンテナメンバーで平気でくら寿司に行ってお寿司を食べたし、店内には平日のお昼だけど沢山お客さんがいたし。美味しかったよ。

表に出てこないだけで、自分が知らない喜びや悲しみの重さに優劣はなくて、どれも平等に誰かにとって大切で、それは数の多さではなくて一個一個が大切で。そういう感覚。


例えとしてでも、震災震災って言葉にして、それこそ気分を害してしまった人がいたら申し訳ない。

表に出るから大事、出ないから大事じゃない、ってことじゃない。
だからせめて、自分が今見れる範囲の景色の中にある人は喜びでいっぱいに出来るように、大事に出来るようにと思う。


大阪は雪じゃないからイベントが中止になるようなことはよっぽどのことじゃないとないと思うし、東京も雪が降らなければ沢山の楽しみが叶う可能性が増えるし、(それでも人身事故や個人の都合で行けなくなる、とかはあると思うけど。あぁキリないねこれ)だからせめて、明日俺は大阪に行くので自分の見てる世界だけは精一杯楽しめるように頑張る。

1日1日、1人1人、そこに優劣なんてない、みんながそれぞれ大事なものが一番大事。

気持ちに優劣も全くない。



J-WAVEの「SONAR MUSIC」という番組に出演が決まって、生放送中に4曲演奏出来るというので、最終練習を朝からメンバーで行った。

オフコースの「言葉にできない」
美空ひばりさんの「川の流れのように」

をコピー&アレンジした。

どちらも練習含めて楽しかった。
「知らず知らず 歩いて来た 細く長いこの道」という出だしの川の流れのように、もう一行目でよくて。

美空ひばりさんの曲に「車屋さん」という曲がある。祖母は日本舞踊の先生をしていたので、小さい頃から稽古部屋で祖母と生徒さんが稽古をしているのを眺めていることが多かった。
その時よくラジオカセットから流して舞踊曲としてたのが美空ひばりさんの「車屋さん」だった。

「ちょいとお待ちよ 車屋さん」

という歌詞と歌のリズムが楽しくて、何度も口にしていた。楽しくてゲラゲラ笑っていると、祖母もつられて笑っていた。

大人になってから「そういえば美空ひばりって有名な曲しか知らないなぁ」と、漁るようになって初めて「車屋さん」を聴いたときに「あーーー!!!」と嬉しくなった。

何度もこのブログでも書いているけど、音楽や匂いは当時の記憶とリンクしやすくて、その音楽を聴くまではカケラも思い出しもしなかったことを思い出す。

「SONAR MUSIC」では今日、MCのいきものがかりの水野さんとご一緒させてもらえた。
そしてその本人を前にして、ラジオでも話したいきものがかりのシングルイメージイラストを描く遊びを高校生になってから密かにしていたことを思い出した。

サクラの木の上にハナビが上がってて、そのサクラの木の下にコイスルオトメがいて、「で、次どうなるかな?」みたいなシングルタイトルから自分たちの妄想を混ぜながらイラストを描くみたいな遊びが楽しかった。
誰に見せるわけでもなく、教科のために買ったノートの何も書いていないページに休み時間のたびに描いて。

自分たちの曲は、そういう、人の記憶を呼び起こすきっかけのものになれているのか。っていうのは何年後かにやっと答え合わせが出来るのだろうからそうなれるように頑張ろうと思う。

SONAR MUSICをきっかけに、アンテナを知ってくれて4月の東京ワンマンも申し込んだ、とツイートしてくれてる方がいた。
出会いのタイミングは色んなところに転がっているけど、J-WAVEでラヴ ラヴ ラヴが推し曲になっていたかったら巡り会えなかったかもしれないし、でもまだ、記憶とリンクするほどの歴史は重ねられてないから何年後かにまたアンテナを聴いて「あの頃」と思い出せるようにしていきたい。

テレビドラマも、バラエティも、漫画も映画も写真も、全部そうなんだよね。


えーっと、明後日から大阪、岡山。

多分、この遠征が終わったらまた泥のように寝てるはず。何年後かに答え合わせをして記憶を呼び起せるような、良いライブにしたいと思う。


待っててね、おやすみ。


↑このページのトップへ