月別アーカイブ / 2019年02月



これから、NACK5のラジオに出演するために埼玉へ向かっている。
今日はかつ丸と二人稼働、待ち合わせ場所まで歩いて行った。金曜日だから(?)飲み歩いている人が多くて繁華街を抜けてすぐに始まるひっそりとした住宅街を歩いていた。

住宅街の中にある個人経営の居酒屋の中からお客さんの笑い声が聞こえて来て、居酒屋の中から見てガラス一枚向こうの外はひっそりとしていて、俺はひっそりした外に小さく溶け込んでいくお客さんの笑い声を聞きながら「平和だー」と感じながら居酒屋を通り過ぎた。

いつも立ち寄るコンビニには夕勤でおなじみの石黒さんがレジ対応をしていた。もう名札をいちいち確認しなくても顔を見ただけで分かるぐらいで、多分石黒さんも俺がレジに行けば「いつもの人だ」程度には思えるぐらいなはず。
いらっしゃいませ、〇〇円でございます、ありがとうございました。だけの俺と石黒さんの会話は「今日は寒いですね」とか日常のことを話す気配も全くないし、それでもほぼ毎日顔を合わせることがあるのは不思議なことだ。
友達でもない、どちらかと言うと、というか、普通に他人なんだけどそれでも頻繁に顔を合わせる。

高校の同級生の会川くんからは「アンテナのワンマンいつだっけ?」と連絡が来た。会川くんとは元旦に銭湯に行ってから会ってない。でも、友達。

俺と石黒さんがもし、外でたまたまお互いなんでもない時に会ったりしたら「いつもどうも」とか話すのかな、いやないよなぁ、きっとお互い「いつもいる(来る)人だ」程度でそれ以上の関係になることもなく、また翌日からも「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」という会話のやり取りをするぐらいなんだろうなぁ、とレジ対応をする石黒さんを見ながらコンビニを通り過ぎた。


サイレンを鳴らしたパトカーが猛スピードで道路を駆けていく。「通ります、道をあけてください!!」の一声で信号待ちしていた車は両脇にジリジリと移動していってパトカーが通り過ぎたら何事もなかったかの様にそれぞれの道路を走り出す。

パトカーが向かう先では事件が起きているのかもしれない。あんなに急いでたんだからよっぽどのことかもしれない。

石黒さんはまだコンビニ勤務中でなにかめんどくさいお客さんの対応をしているのかもしれない、居酒屋で楽しんでたみんなはもっと笑い声が大きくなっているかもしれない。
俺はまた、ひっそりに戻った道を歩いて、「俺はこれからラジオだよ」と思う。

それぞれがそれでよくて

という、モーンガータの中に出てくる歌詞を書いた時の気持ちをなんとなく思い出した。



明日からツアーの一般発売が開始される。

みんなみんな、アンテナに会いに来てくれ。会いに来てくれた人とアンテナとの時間は、同じ時間にコンビニで働いている人には分からないことかもしれないし、居酒屋で飲んでいる人にもわからない、でも俺とあなたの時間が確かにある。


そういう、感覚。


ラジオ、今日も頑張ろう。誰かの日常とうちらの今が重なるのを楽しみにしてます。




人の不幸で飯がうまい(漢字合ってるかわかんない)って言葉があるぐらいだから多分いつの時代もその通りの感性で人出来ているのだと思う。

タレントさんが結婚発表しても素直に「おめでとう」だけを言えないのってなんなんだろう。
別に、自分の人生に何の得も害もないはずなのになんでなんだろう。

活動休止をしている間、ほとんどSNSも開かずでいたらたった半年で知らないバンドが話題になっていたし、知り合いのバンドがどんどん人気になっていた。世の中が流れていく速さが改めて怖く感じて、情報に追いつこうとした。

自分自身について自分の心が不安だと周りを確かめたくなるのは、受験の日でもそうだった、学校のテストもそうだった。いつも満点近く点を取っていた村上くんや高柳くんはテストが終わった後の休み時間に「あそこって答えどうなった?」みたいな確認のし合いは自分からせず毅然としていた。

確認をしたがるのはいつも、出した答えに不安を持つ組だった。(俺もそこにいたけど)

自分の出した結論が合っているか、「大丈夫だよ」と言ってもらいたいだけなのか、人を見て、人に聞いて安心するのは、不安心の方が多いからだった。


周りのバンドがノリに乗ってきているのを見るのは嬉しいし、怖い。「嬉しい」というのは綺麗事で、本当は「落ちてしまえばいい」と思うことが出てくるかもしれない。
自分の恋愛に満足いっていないときに恋人が出来て幸せな友達を見ると嬉しいけどどこかでは「どうせそのうち別れる」なんて思ってしまうかもしれない。

でも本当はそうじゃないのも分かってる。
自分の現位置を守るために人の不幸を望むのではなくて、自分の現位置から進むために人の幸せを喜べること、それだけでいいしなんなら、自分のやっていることに自信(というと大袈裟かもしれないけど)があれば他人なんて気にする必要もない。

自分に関係のない、一つの物事に興味が極端に湧くのはそれぐらい極端に自分の心が見えない不安に飲まれそうだからかもしれない。


俺も、怖い。
たった半年ちょっとの時間の流れと速さが怖い、未知数な未来が怖い。
でも間違ってない、と思えることが沢山ある。

活動再開を喜んでくれた人、活動再開をして出会ってくれた人、同じような志の音楽家、ライター、映像監督、ものづくりの人、みんなそう。

だから怖いけど怖くない。先を歩くバンドさんに早く追いつきたい、追いついてみんなでもっといい音楽を伝えていければいい。

今こうしてこんなことを言ってるのを見て、イライラする感覚を覚える人もいる。絶対なんて絶対ないから、みんながみんな「その通りだ!」なんてならない。でもそれでよくてイライラしても、同じように「まぁ無理だろお前らじゃ」と思ってもそれでよくて、そういう感覚を「間違ってる」なんても思わない。俺も何かに対してそんな風に思うことも沢山あったし、これからもあるかもしれないし。


バレンタインが大切な人に感謝を伝える日で、そういう対象の人がいるなら思う存分満喫したらいい。だってそういう日だから。


今日さ、エゴサしててさ、お正月のFMヨコハマの番組に出て「深い深い青」を聴いてくれた男性がCDを買ってくれてて、その人のプロフィールに飛んだら打首さんが好きな人だったんだけど、うちらを聴いてCDを買ってくれるほど好きを感じてくれたんだよ、すごいよねジャンルとか本当関係ないし、本当にありがとうございます。

そういう、そういう感想や反応が沢山ある。

今まで応援してくれた方もみんな、アンテナの感想を「ライフソング」という言葉で表現してくれる人が沢山増えた。届いてる。

自分たちと、自分たちに出会ってくれた全ての人の感覚は答え合わせをするまでもなくやっぱり100点。


「チャンネル一つ変えるだけできっと幸せ」


不安でもいい、不安は悪じゃない。
幸せでもいい、幸せは恥ずかしいことじゃない。

全部いい。


ね。





夜、もともと入っていた予定を流すことになってしまっていてしょんぼりしていたら、「ありんこ」のMVの監督をしてくれたかとうみさとさんから連絡が来て、ライターのカツセマサヒコさんと飲みにいきましょう。とお誘いいただいた。

カツセさんはつい最近、自身のTwitter音楽アカウントの方で定期的に公開しているプレイリストの中にアンテナの「深い 深い 青」を選曲してくれたり、文字好きの俺としては活動もそこまで深くは漁って来なかったにしても一方的に知っていたのでお会いしてみたかった。

先にお店に着いてしまって待っていると、みさとさんとカツセさんが2人で来て「はじめまして」の挨拶をしてから「2人は知り合いですか?」と聞くと「いや私たちも飲むのは初めてで」というのでまさかの3人とも仕事以外で会うのは初対面だったので「なんだこの会は」というのが可笑しかった。


映像監督さんとライターさんと話せるのはすごく楽しくて、正直なに話したかあんまり覚えてない。話すのに夢中になってしまったりしたけど、みさとさんもカツセさんもやっぱりそれぞれの分野での向き合うべき所の感覚が大胆で繊細で、すごく矛盾してるけどそのバランスがうまく取れてる人で、表現分野は違うけど根っこの芯の強さは太くて、「僕も見返してやりたい人がたくさんいる」と言って笑ってるのがとても印象的だった。

自分のプレイリストを作ってそれを公開してそれを見た人がサブスクを利用して聴く、というのは一昔前、CDを買ってオススメのものを友達に貸す、MDにプレイリストを入れてMDを貸す、みたいな音楽の共有の仕方に似ていると感じでいて手段が変わっていくだけでやっぱり心の楽しみ方はいつの時代も変わらなくて、「僕が(私が)良いと思うものを聴いてもらいたい!」という気持ちがまた新しい「僕も(私も)」を呼ぶ。
そもそも、カツセさんがプレイリストにアンテナを入れたのもアンテナのことを好きな方がカツセさんに「アンテナいいです!」とオススメしてくれて、それでカツセさんが聴いてくれたことがきっかけだからそういうところにも「自分のオススメをあなたに聴いてもらいたい」という気持ちがあるし、そのきっかけが今回の飲み会にも繋がったわけだからどなたがオススメしてくれたのかは分からないから歯がゆいけれど、オススメしてくれた方のおかげだし、あなたの好きはやっぱり間違ってなかったよ。(グッジョブだ最高だ)

「ありんこ」のMVが出来たときにみさとさんが「自分でも何回も何回も観ました」と言っていて、「この楽曲に携われてよかった」という風に言ってくれたのもそういうことで、「良いものを作ろう」「良いと思った気持ちを伝えよう」という気持ちの人に出会えるとワクワクする。

規模や知名度含めてやっぱりまだまだ足りないことばかりだけど、「そんなこと関係ないです、良いから良いんです」とクリエイターの方やリスナーさんが感じてくれていると分かるのは自分自身にもとっても勇気になるし、そういうのも全部ひっくるめて「もっと良いもの」という向上心にもなる。だから俺は色んな方面でとっても勇気付けられている。

ありんこを聴いて「雪」を連想してくれたみさとさんと、深い 深い 青を聴いて「冬空を駆ける流れ星のような30曲」というプレイリストの中に入れてくれたカツセさんがアンテナに持つ印象はやっぱり近くて、多分アンテナが好きなリスナーさんも「夜」や「冬」をなんとなくイメージしてもらえてると思うし、俺も自分でそう思うし。

お世辞抜きに、気の良い人たちだなー、と改めて思った。柔らかくて情熱的で、繊細で大胆で、俺も少しでも音楽という面でそうなれるように、あなたを連れて果てなき果てへ行かせてと書いた気持ちを大きくしていけるように、と思う。


自分で作っていく足場を、場所を、時には誰かと一緒に作りながら、それを楽しめるようなそんなことをずっとみんなで浮かべていよう。文字も映像も音楽もリスナーも、繋がっていることが沢山ある。 早くみんなに出会いたい。


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